今年創業300周年を迎える、神戸市灘区の「沢の鶴」。前回の記事では、パック酒ながらも純米酒としての売上No.1ブランドである『米だけの酒』についてご紹介しました。

今回も引き続き、取締役・製造部部長の西向(にしむかい)さんにお話をうかがい、『米だけの酒』誕生の秘密を探ります。

米屋を発祥とする沢の鶴だからこその米へのこだわり、そして血の通った酒造りへの思いが見えてきました。

"ワンランク上のパック酒"を目指し、誕生した『米だけの酒』

西向さんたち開発チームが新しい商品づくりを模索し始めたのは、1995年のこと。当時の日本酒市場を見てみると、安価で手に入りやすいパック酒のニーズが高まり、スーパーには大手メーカーの名が入ったパック酒がずらりと並んでいました。

新たな酒質での取り組みとしてパック酒の開発に踏み切った開発チームは「他メーカーの後追いをするだけではおもしろくない。何か新しい切り口はないか」と考え、"ワンランク上のパック酒"という目標を掲げ、そのヒントを探るべくさまざまなリサーチを行ないました。

「当時からパック酒といえば、醸造アルコールなどの副原料が含まれる普通酒が当たり前。そんな背景もあり、スーパーのバイヤーさんからは『価格帯の変わらない、副原料を一切使わないパック酒なら価値があるのでは』というご意見をいただきました。それならばと副原料を使うのをやめ、米と米こうじ、そして名水『灘の宮水』、その3つだけを使ったパック酒を創ろうと決まったんです」

コストを抑えるため、麹米には酒造好適米ではなく酒米奨励品種の米を、掛米には一般米を使用。精米歩合は麹米57%、掛米78%としました(数字は発売当初のもの。現在は麹米65%、掛米75%)。

その頃、国税庁が定めていた「清酒の製法品質表示基準」では、精米歩合の値が70%よりも低くなければ「純米酒」と認められていませんでした。しかし、西向さんたちが目指していたのはあくまで"ワンランク上のパック酒"。普通酒に分類されてでも、「白く磨いた麹米で、重くない飲み飽きしないお酒を造りたかった」と言います。

"米と麹だけを使ったお酒"をわかりやすく消費者に伝えるため、商品名はシンプルに『米だけの酒』としました。

発売当初の『米だけの酒』

こうして沢の鶴の新しいパック酒として販売を開始した『米だけの酒』。そのコンセプトはスーパーなどの取引先にもすぐに受け入れられ、続々と店頭に並べられていきます。

「試飲販売をしたところ、お客様の反応も上々。一口飲んだ後に、そのまま買い物かごへ入れる姿が多く見られ、売上はみるみる伸びていきました」

やがて、この人気に追従して、他社からも"米だけの酒"を名乗る商品が次々に登場します。それほどに、沢の鶴の『米だけの酒』はパック酒市場に大きな影響を与えたと言います。

さらに、沢の鶴の『米だけの酒』が影響したのか、前述の「清酒の製法品質表示基準」が改正。純米酒の製法品質要件から「精米歩合70%以下」が削除され、2004年から適用されることになりました。これにより、『米だけの酒』は純米酒として販売することが可能になったのです。

これが追い風となり、人気を後押し。普通酒から始まった"ワンランク上のパック酒"は、純米酒として国内売上No.1ブランドという大ヒット商品へと成長していきました。

約130年前から続く農家との関係が、安定して美味しいお酒を造る

美味しいお酒を造るために米選びや磨きにこだわっているのは、『米だけの酒』だけに限りません。西向さんは「米屋が始めた酒蔵なので、沢の鶴のお酒はまず米ありき」と話します。

それを象徴するように、沢の鶴の商品パッケージには「※」のマークが用いられています。シンプルながらメッセージ性のあるマークは、最近つけられたものかと思いきや、なんと創業時の300年前から採用されているのだとか。

また米農家とも契約を結んでいる沢の鶴。兵庫県三木市吉川町にある実楽(じつらく)地区とは、およそ130年に及ぶ長い付き合いがあるのだそう。

実楽地区は山田錦の産地のなかでも特に歴史が古く、弥生時代から米作りをしていたと言われている集落。沢の鶴とは明治22年から酒米を取り引きしており、現在もその関係は続いています。なぜそれほど長く、同じ農家の米を使い続けるのでしょうか。

「お酒の造りを安定させるために一番必要なのは、産地を限定した米。地域が違えば日照時間や水の管理などが異なるので、同じ山田錦だからといって混ぜてしまうと、どうしても味にばらつきが出ます。灘五郷では、産地のなかでも比較的安定して良い米が獲れる地域の農家さんと酒蔵が村米契約を結んでいるところが多い。安定して美味しいものを造るために、沢の鶴にとって実楽という地域は非常に重要なんです」

実楽との関係を大切にする沢の鶴は、ここ数年さらに力を入れて絆を深めています。若手社員が2名ずつ実楽地区の米作りに参加するプログラムを実施しているのです。

種まきから田植えや稲刈りまでを手伝い、自分たちが収穫した米で造ったお酒を販売する。実に1年をかけてじっくり農家の方々とふれあいます。米づくりの現場に立ち、作り手とコミュニケーションをとることも、酒造りには大切なことだと西向さんは言います。

「ものづくりは、"ただつくっている"ということではありません。ひとつひとつが人間を育てることにもつながっているのだと思います」

目で見て、手で触れ、肌で感じることによって初めてわかることがたくさんある。実楽地区での研修を通して、若手社員の酒造りの意識も大きく変わると言います。

「日本酒は造るものではなく、育てるもの」

農家の思いに触れることで米へのこだわり、ひいては酒造りへのこだわりも一層深化していく沢の鶴。西向さんをはじめ、沢の鶴で働く人々が自信を持って自社のお酒を勧められるのは、そのこだわりがあるからこそ。そして何よりも、お酒に対して我が子を育てるような愛情を持って接しているからに他なりません。

そんな姿勢が伝わってくるような、印象的なエピソードを教えていただきました。

「以前、社内で醪(もろみ)の発酵管理の自動化を検討したことがありました。最初の仕込みだけを人力で行ない、残りの温度管理などはすべて機械に任せるというものです。

そのとき、当時の上司に『西向くん、醪を仕込んだ後ずっと放っておいて、搾ったらお酒になっているってどう思う?働いてて楽しいと思う?』と聞かれたんです。自分で分析の結果をチェックして、醪の様子を見て、香りを嗅いで、これでいいのかと考えながら少しずつ調整して...みずから感じたり考えたりしながら造ることで、その人の技量も深まるし、働くことの楽しさも得られるんじゃないのか、と。結局、機械化の話はなくなりました」

すべて機械任せにせず、自分たちの頭で考え、感じたことを酒造りに生かす。酒造りにとことん愛情を込めて向き合うからこそ、醸されるお酒も良くなっていく。『米だけの酒』の根底にある、沢の鶴の基盤となる考え方であることが伝わってきました。

さらに「お酒を工業製品だと思ってしまうと、夢がない」と西向さんは続けます。

「お酒が美味しいものになるよう"自分たちの手で育てていく"という考え方が必要ですし、それによって造る人も育っていくという相乗効果があると思うんです。だから、"自分たちが美味しいお酒を造っているか"と絶えず自問自答することも大切。自分で飲んで美味しいと思えないお酒を造り続けるというのも、夢のない話ですからね」

沢の鶴では、酒造りにどう向き合うべきか、また灘本流の酒造りとはどういうものかを改めて見直し、"日本酒は造るものではなく、育てるもの"、"自分が美味しいと思える日本酒を醸しているか"などの心得を、沢の鶴の「醸造十三則」としてまとめています。沢の鶴で酒造りをする人たちはこの十三則を胸に、それが瓶詰めのお酒であってもパック酒であっても、より美味しいお酒になるよう今日も心を込めて"育てて"いるのです。

(取材・文/芳賀直美)

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