2018年2月、日本酒造りに欠かせない「酒米」の開発プロジェクト合同発表会を行った、日本酒メーカー・沢の鶴株式会社と機械メーカー・ヤンマー株式会社前回の記事では、プロジェクトが発足した経緯や取り組みの状況、目指すゴールについて、現場に近い方々から話を伺いました。「今までにない新しい酒米をつくり、日本酒や農業の未来を切り拓く」という共通の思いを胸に、二社共同による前代未聞の取り組みは現在進行中です。

今回は、沢の鶴の代表取締役社長・西村隆氏、ヤンマーのアグリ事業本部 酒米プロジェクトリーダー・山岡照幸氏のふたりに、経営の視点から本プロジェクトについて語っていただきました。終始、和やかなムードで進む対談。その様子から、酒米プロジェクトにかける両社の熱意が伝わってきました。

沢の鶴代表取締役社長の西村隆氏、ヤンマーでアグリ事業事業本部 酒米プロジェクトリーダーを務める山岡照幸氏

沢の鶴の西村社長(左)と、ヤンマーの山岡リーダー(右)

それぞれが抱えていた、農業への課題意識

― 今回、酒米プロジェクトが発足するにあたって、日本酒業界や農業への課題意識などがあったのでしょうか?

沢の鶴 西村社長(以下、西村)「私たち沢の鶴は、米屋から始まっています。だからこそ、米にこだわった酒造りをするのが企業方針。つまり、酒米の安定確保や品質向上が常に大きなテーマなんです。兵庫県三木市吉川町実楽地区(山田錦の特A地区)の農家さんと、130年にわたって長くお付き合いをしてきたなかで、さらに多くの農家さんと情報共有や意志疎通ができるようになれば、より沢の鶴らしい酒造りにつながるのではないかと考えていました。『※』マークを「米へのこだわり」のシンボルにしていることもあって、『米や農業にさらに関わっていきたい』という思いがあったんです」

沢の鶴代表取締役社長の西村隆氏

ヤンマー 山岡リーダー(以下、山岡)「私たちの課題意識としては、国内において、米の消費量と農家の数が減少している点にあります。地方の過疎化や高齢化の影響で、農家戸数は1990年代から約30%も減少しています。一方で、『日本の農業を拡大していきたい』という熱い思いをもった若手の農家さんたちもいる。『日本の農業を見直して再興したい!』『一生懸命がんばっている農家さんたちを手助けしたい!』と日ごろから考えていました。そんななか、以前から交流があった西村社長と話をしていて、山田錦を栽培できる農家さんが減少してきていることを知ったんです。日本酒業界も、農業の先細りに危機感をもっていたんですね。そこで、ヤンマーがこれまで培ってきた栽培技術、機械技術、種子技術を生かせば、農家さんや酒蔵さんが抱えている課題を解決する手助けになれるかもしれないと考えたんです」

ヤンマーでアグリ事業部品質保証部部長を務める山岡照幸氏

西村「沢の鶴として『農家さんに協力する機会を増やしたい』『もっと大きい取り組みをしたい』と考えたときに、自社の力だけではどうしても限界がある。そんな折に、今回の酒米プロジェクトの話が持ち上がったんです。ここ最近、ヤンマーさんはアグリ(農業)事業に力を入れてましたからね」

山岡「農家さんの支援を本格的に始めたのは、5年ほど前からです。創業100周年を迎えるにあたって、機械の提案だけではなく、農家さんの負担を減らし、困りごとを聞いてあげられるようなパートナーになろうと。土づくり、苗づくり、栽培管理、資材調達、メンテナンス......繁忙期には、ゆっくり話す時間がないくらいに、農家さんはいろいろな人と商談して、あれこれ手配しなければなりません。そこで『私たちが、その窓口として、ワンストップで相談できるパートナーになりたい』という声が社内から上がっていたんです。農家さんにとって、頼りになる存在になりたいと考えています」

米が変わると、酒の味は変わる!

― 当プロジェクトによって誕生した酒米を使った日本酒「沢の鶴 X01(エックスゼロワン)」が、ついに発売されました。現時点で、どのような手ごたえを感じていますか?

山岡「開発中の酒米を栽培した農家さんからは『栽培の方法も収穫量も、普通の食用米と変わらない』という声をいただきました。食用米と同じくらい育てやすいというのは、酒米にとってはとても良い評価です。事前に想定していた以上の好感触だと思います。また、これらの米で造った酒の味わいにも驚きました。米の違いを比較するために、酵母と磨きはそのままで酒米だけを変えてみたいと、沢の鶴さんに試験醸造をお願いしたんです。11種類の異なる米の酒を飲み比べて『こんなに味が変わるのか!』と、本当に驚きましたね。香りや旨味、後味がすべて変わる。これはすごいなと思いました」

沢の鶴代表取締役社長の西村隆氏、ヤンマーでアグリ事業部品質保証部部長を務める山岡照幸氏

西村「酒米の特性を見るために、これほど多様な米を同条件で試験醸造することは、沢の鶴としても今までになかったことです。新たな知見が得られて、とても良い経験になりました。また、自分たちは業界内の人間なので、味の評価が偏ってしまいがちなんです。ヤンマーさんから、消費者としてのご意見をいただけたことで、さらに視野が広がりました」

山岡「日本酒は苦手と言っていた社員がおかわりしていましたよ。すぐになくなってしまい、飲めなかった社員から怒られました(笑)。それほどのインパクトがありましたね」

西村「ヤンマーさんのご意見も参考に、新しい酒米による酒造りを進めて、2018年2月26日に『沢の鶴 X01』の一般発売が始まりました。香りがとても高い、純米大吟醸酒です。灘の酒らしいコクや後味のキレがしっかりと出た、沢の鶴らしい酒になったと思います」

山岡「美味しくて、すぐに飲み切ってしまいました。私たちは、酒造りについては、酒造メーカーである沢の鶴さんに一任していますが、今後いっしょにプロジェクトを進めていくなかで、もし酒が美味しくなければ、いち消費者として正直に『美味しくない』と言うつもりです。社内には酒好きが多くて、農家の人たちといっしょに飲むこともあるんですよ。農家の方々は、昔から『米と酒と神様』を大切にしています。農業と酒は、親和性が高いんですよね」

西村「ヤンマーさんは日ごろから農家さんとコンタクトを取っているので、米に対する私たちの要望も、酒に対する農家さんの要望も聞くことができる。お互いの意思疎通が図れるのは、とても大きいと思います。さらに、ヤンマーさんを通して、酒米プロジェクトに協力してくれる方々の顔や名前を知ることができる。農家さんの顔が見え、その思いを消費者まで届けられることは、とても価値のあることだと思います」

消費者、農家、企業。「三方良し」のプロジェクト!

― 今後、この酒米プロジェクトで、日本酒業界や農業にどのような影響を与えていきたいですか?

山岡「酒米プロジェクトは、将来性のあるものだと考えています。たとえば、世界で『農業大国』と呼ばれているのは、ひとり当たりの農業生産額や輸出量が多いドイツ、フランス、スペイン、ベルギー、イタリアなど。いずれもチーズ、チョコレート、ワインなど、加工品を多く輸出しています。これからは、日本も付加価値をつけた輸出をやっていくべきですよね。現在、国内では日本酒ブームといわれていますが、どんな食事にも合い、冷やしても温めても美味しいというポテンシャルをアピールすれば、より多くの消費者に届くと思うんです。沢の鶴さんに良い日本酒を造っていただき、国内のみならず世界中に、日本食や日本文化とともに日本酒をどんどん広めていきたいですね」

まだ市場に出回っていない酒米をつくるべく、栽培されているお米

西村「最近は、海外で日本酒の売上が伸びてきていて、海外でもSAKEが造られるようになりました。私たちは、輸出という形で、灘で造った酒を世界に発信していきたいと考えています。原料も日本産にこだわりたい。そのためには、日本の農業や米の質が、もっと安定的に上がっていくことが必須です。『フランスのブドウで造ったワインは美味しいよね』と同じ感覚で『日本の米で造った日本酒は良いよね』と言われるようにならないといけません。そういう意味でも、この酒米プロジェクトを発展させていくことが大事だと思っています」

山岡「我々も、東南アジアやインドなどで現地の米づくりを見てきています。やはり、風土や気候、土地、さらに流通の面でもさまざまな特徴が出てきますよね。そう考えると、山田錦はたしかに唯一無二の存在ですが、他にもたくさんの唯一無二が日本にはあります。米によって酒の味が変わるという奥深さを、プロジェクトを通して多くの方に知っていただきたいですね。日本酒が、"一過性のブーム"じゃなく、"常に人気"の存在になることが私の希望です」

西村「山田錦と双璧になるような酒米を目指したいです。山田錦が80年もの間、酒米のトップに居続けるのは、それだけ品質が素晴らしいということ。しかし、山田錦の一強ではなく、新しい選択肢を提示するような酒米をつくりたいですし、つくる必要があると思うんです」

山岡「さらに言うと、万人受けするものではなく、沢の鶴さんが本当に欲しているピンポイントの酒米をつくりたいと思っています。日本酒って、本当に幅広いじゃないですか。飲み手の趣向も多様なので、それに合わせて、沢の鶴がこれまで培ってきた酒造りのなかで最高の評価を得られるものができたらと思いますね。すべてヤンマーがやるというのではなく、沢の鶴さんといっしょに取り組んでいきたいです」

西村「酒米プロジェクトによって革新が起こることで、日本酒のマーケットが広がるのではないかと思います。酒蔵だけではできないことを、ヤンマーさんというパートナーとともにチャレンジすることができるので、徹底的に追究していきたいと思います」

― 最後に、これからの酒米プロジェクトの展望を教えてください。

西村「目指しているのは『三方良し』。私たちメーカーはもちろん、農家の方、そして消費者の方、その三方にとって良いプロジェクトにしようとずっと考えてきました。どちらか一方や特定の対象だけが得をするような形では、長く続いていかないと思うんです。お互いにメリットが生まれるような、『三方良し』で発展していくプロジェクトにしたいと考えています」

山岡「日本酒って、飲むことだけでなく、料理や器、イベント、お祭りなどいろいろなものにつながっていますよね。日本酒そのものだけが売れるのではなく、関連する消費や産業を盛り上げられる。そんな『三方良し』も実現できればと思います」

異なる視点の課題意識から始まり、"農業の継続・発展"や"日本酒の可能性の拡大"というキーワードで両社が結びついて始まった今回の酒米プロジェクト。ふたりの熱い思いがこもった対談から、歴史あるふたつの日本企業がそれぞれ培ってきた技術や知見を活かし、同じ目標に向かって一歩ずつ確実に歩んでいく光景が見えてきました。果たして、歩んでいく先にはどんな未来が待っているのでしょうか?大いに期待しながら、プロジェクトの進展を見守りたいと思います。

西村隆(にしむら・たかし)
沢の鶴株式会社 代表取締役社長。甲南大学経営学部を卒業後、1999年に雪印乳業(現・雪印メグミルク)株式会社へ入社。営業職として4年間勤めた後、2003年沢の鶴株式会社に入社。製造、総務・経理、マーケティング、営業などの部門、取締役を経て、2017年6月に現職。

山岡照幸(やまおか・てるゆき)
ヤンマー株式会社 アグリ事業本部 酒米プロジェクトリーダー。甲南大学経済学部に入学後、アメリカへ留学。ミネソタ州にあるセントトーマス大学国際経営学部を卒業。帰国後、2002年にヤンマー株式会社に入社。アメリカの製造工場で工場長、北海道カンパニーで企画部部長などを経て、現職。

(取材・文/芳賀直美)

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