2018年2月7日、酒造メーカー・沢の鶴株式会社と機械メーカー・ヤンマー株式会社が「酒米プロジェクト」発足の合同発表会を行いました。2社の共同研究による、"今までにないまったく新しい酒米を開発する"という壮大なプロジェクトです。

合同発表会の様子

ヤンマー アグリ事業本部・新村副本部長(左)と、沢の鶴・西村社長(右)

沢の鶴は、これまで連載で紹介してきたように、300年前に灘の西郷で米屋の副業として創業して以来、米にこだわった酒造りを続けてきました。今回タッグを組むヤンマーは発動機をはじめ、建設機械や船舶、農業機械の研究・開発を続けてきた、こちらも創業100年を超える老舗メーカー。業種の異なる2つの民間企業が、"新しい酒米をつくる"という、都道府県や国が主導してもおかしくない規模のプロジェクトに挑戦しています。

発表会では、沢の鶴の西村社長から「日本一の酒米で、日本一の酒を造る」という大きな目標が語られました。そんな今回の取り組みについて、SAKETIMESはいち早く取材を開始。前代未聞のプロジェクトの全貌を明らかにしていきます。今回はプロジェクトの概要、そして両社の目指すゴールについて、探っていきましょう。

農業の未来を見据えて着手した、酒米プロジェクト

今回の酒米プロジェクトについて、第一線で関わっている方々に話をうかがいました。

沢の鶴から、取締役・製造部部長兼総杜氏代行の西向賞雄さんと、製造部醸造課課長代理の森脇政博さん。ヤンマーから、バイオ関連技術の研究開発および普及拠点である「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」で所長を務める小西充洋さんと、酒米の研究開発リーダーを務める和久田真司さんです。

ヤンマー「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」所長の小西充洋さん、酒米プロジェクトのリーダーを務める和久田真司さん。沢の鶴からは、取締役・製造部部長兼総杜氏代行の西向賞雄さん、製造部醸造課課長代理の森脇正博さん

左から、西向さん、森脇さん、和久田さん、小西さん

ヤンマーといえば、トラクターやコンバイン、田植え機など、農業に欠かせない機械の開発・製造などをメインに行ってきた企業。農業への関わりは深いものの「新しい品種をいちから開発する」というのは、今回の酒米プロジェクトが初めてなのだとか。どのような経緯から、このプロジェクトが発足したのでしょうか。

「我々ヤンマーは機械の製造販売だけでなく、アグリ(農業)事業にも力を入れています。スローガンは『農業を、食農産業へ』。農作物の生産量減少や後継者不足など、悲観的なことばかりがささやかれているなかで、種まきから収穫までではなく、その先の食卓まで、つまり消費者の口に入るところまでサポートできないかと考えていたんです」(ヤンマー 小西さん)

ヤンマー「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」の小西充洋所長

ヤンマー「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」の小西所長

今まで農業機械の開発など、製造面で農家を支えてきたヤンマー。食卓までサポートすることで、消費の面でも農家をバックアップし、農業の未来を明るくしたいと考えていたのです。

そこでヤンマーが注目したのが、近年、海外輸出で伸びを見せる日本酒の原料「酒米」。酒米の育種(遺伝的な性質を利用して、作物などの開発・改良を行うこと)に取り組むことを決意し、まずは育種の専門家である名古屋大学の北野英己教授を訪れ、共同研究への協力を打診しました。ところが、北野教授は難色を示したのだそう。その理由は、大きく2つありました。

ひとつ目は、研究用の日本酒を仕込もうにも、多くの蔵が大きなロットで仕込むため、複数の種類を仕込んで比較するような試験醸造に対応できないという点。ふたつ目は、新しい米を酒蔵に持ち込んでも「伝統的なやり方にそぐわない」などの理由で断られてしまうのではないかという点。

「酒蔵と強い協力関係をつくっていかなければ失敗する」と指摘されてしまったのです。

大型タンクで酒を仕込む酒蔵

大型のタンクで酒を仕込む様子

「小ロットの仕込みに対応し、ヤンマーの取り組みに協力してくれる......その条件に当てはまる酒蔵を探すことが、プロジェクトの条件でした。それからいろいろな人に相談した結果、沢の鶴さんにご協力いただけることになったんです。小ロットで仕込めるだけでなく、もともと米屋だったこともあって、『新しい酒米をつくる』という我々の取り組みを受け入れてもらえました」(ヤンマー 小西さん)

「当社としても、以前から酒米づくりへの関心は強かったんです。しかし、道を拓くためには米づくりのプロが必要。これまでは、酒米づくりに関わったとしても、県の農業試験場などが品種開発したものを仕込んでフィードバックするぐらいのもの。まったく新しいものにチャレンジするのは初めてでした」(沢の鶴 西向さん)

沢の鶴の総杜氏代行を務める西向賞雄さん

沢の鶴で総杜氏代行を務める西向さん

沢の鶴には、通年のレギュラー商品を造る「瑞宝蔵(ずいほうぐら)」と、冬の期間に大吟醸酒などを手作業で造る「乾蔵(いぬいぐら)」があります。後者では、仕込む量に合わせた臨機応変な対応ができるようになっています。

小ロットでの仕込みに対応でき、プロジェクトに賛同してくれた沢の鶴の存在によって、北野教授も共同研究を承諾。前代未聞のプロジェクトが幕を開けたのです。

目指すのは、既成概念を変える品種

こうしてスタートした酒米プロジェクト。発足からまだ2年あまりですが、具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。要となるのは「探索型」と「改良型」の開発コンセプト。良いお酒をリーズナブルな価格で食卓に届けることが、商品化に向けての目標です。

酒米プロジェクトで試験的に作付けを行っている田園

新しい米を育種するときは、父親・母親となる品種の遺伝的性質が重要。子どもが両親に似るように、新しい品種も両親の特徴を引き継ぎます。「探索型」の開発コンセプトでは、酒米以外の品種を両親にすることで、これまでの酒米が持たない良い性質をもつ、新たな品種を生み出していきます。「改良型」の開発コンセプトでは、両親のどちらかのみを酒米にすることで、酒米が持つ性質をベースにさらに良い品種を生み出すのがねらいです。

2つのコンセプトで進めることで、酒米の王様・山田錦と一線を画す、まったく新しい品種の開発を目指しています。山田錦は、日本酒造りの良質な原料として広く栽培されていますが、稲が倒れやすく育てるのが難しい品種。その課題を解決し、"酒造りに適していて、かつ育てやすい"という、これまでになかった酒米をつくるのです。

ヤンマーは栽培・加工・醸造の各段階で、さまざまな測定と化学的な分析による定量的な評価を行い、沢の鶴は試験醸造の仕上がりをヤンマーへフィードバックしていきます。この一連の流れを繰り返すことで、酒造りに適した米を取捨選択し、商品化が進められてきました。

ヤンマーで酒米プロジェクトのリーダーを務める和久田真司さん

ヤンマーで酒米プロジェクトのリーダーを務める和久田さん

「新しい酒米を開発するにあたって、既成概念にとらわれることなく、新しい可能性を追求しています。酒米はある程度、血統が限られてしまっているんです。多くの酒蔵が『独自のお酒を造っていこう』と考えているなかで、新しい血統が入った酒米を使うことでお酒の味わいを多様化させ、いろいろな嗜好が楽しめるようになるといいですね」(ヤンマー 和久田さん)

新しい酒米で、農業の新しいポテンシャルを示す

今回のプロジェクトで大いに意識しているのが、山田錦の存在。しかし「山田錦を越える米を!」とライバル視するのではなく「新しい可能性のひとつとして、新しい酒米を開発したい」と、両社のメンバーは口を揃えます。

「山田錦が80年前に誕生して以来、ずっと酒米のトップに君臨してきたのは、それだけの価値があるということ。安易に越えようとは考えていません。我々は、山田錦とは違う酒米をつくって『この米も良いよね』と、農家や消費者の方々に思ってほしいのです。そのためには、山田錦に合わせて洗練されてきた、栽培や酒造りの技術を参考にしつつ、新しい酒米の開発にヤンマーが培ってきた効率的な米の生産技術を結びつけることで、新たな農業のポテンシャルを見つけていこうという思いもあります」(ヤンマー 小西さん)

ヤンマー「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」の小西充洋所長

「長い付き合いのある兵庫県三木市吉川町実楽地区(山田錦の特A地区)で農家の話を聞くと『山田錦は欠かせない収入源で、山田錦のおかげで"損をしない農業"ができる』と言うんです。でも、地球温暖化や気候変動などの影響で、いつまでも今のまま山田錦が収穫できる保証はありません。需要を見据えて、きちんと売れるものをつくることで、農家が『農業をやっていて良かった』『次の世代に安心して任せられる』と考えられるようになれば、農業が継続していくと思うんです。新しい酒米が、そういう存在になれたらいいなと思いますね」(沢の鶴 西向さん)

「今回のプロジェクトで、米の栽培は滋賀の農家に協力していただいています。収穫前に、他の米が混ざらないようにコンバインを分解して掃除して、収穫が終わったらまた分解して掃除して......普段やらない手間をかけて作業していただいているんです。それだけ今回のプロジェクトに理解を示されていて、『新しい酒米をつくることで、日本の農業がより良くなるんじゃないか』と、期待を寄せていただいているのをひしひしと感じています」(ヤンマー 和久田さん)

まだ市場に出回っていない酒米をつくるべく、栽培されているお米

山田錦の上を目指すのではなく、別の角度から新しい価値観を提供する。今までなかなか実現されてこなかった"新しい酒米をつくる"という試みによって、農業の未来を担う唯一無二の存在が生み出されるかもしれません。

理想は、"磨かずに大吟醸酒が造れる米"

栽培・醸造・品種登録などの必要な工程を考えると、酒米の誕生までには、少なくとも4,5年がかかるといいます。「まだ富士山の1合目から遠い山頂を見上げているところ」と西向さんが語るように、このプロジェクトはようやくスタートを切ったところ。しかし、現場ではすでに手応えを感じ始めているのだとか。

「ちょうど、開発中の米と山田錦のお酒をそれぞれ仕込んでいます。醪の段階で、香りが全然違いますね。山田錦は溶けやすい品種ですが、今回開発している米は硬さがあって溶けにくい品種。その特徴を活かすことで、山田錦以上に香りがよく出て、今までとは違ったお酒になりそうです。今後、さらに新しい米をヤンマーさんにつくってもらうので、いろいろな精米歩合でいろいろなタイプのお酒を造っていこうと思っています」(沢の鶴 森脇さん)

沢の鶴の製造部醸造課課長代理を務める森脇正博さん

沢の鶴で製造部醸造課 課長代理を務める森脇さん

早速の好感触で、期待に目を輝かせるプロジェクトメンバーのみなさん。新しい酒米にかける思いも高まります。

「一番の理想は、磨かずに大吟醸酒が造れる酒米。余分な雑味や脂肪分、タンパク質を精米によって削り落とすのではなく、余計な成分が最初から含まれていない米はできないだろうかと夢見ています」(ヤンマー 小西さん)

「弊社の『米だけの酒』という商品は、75%精米でも美味しい純米酒が造れるというのが強み。さらにその上を行く、"磨かなくても美味しいお酒が造れる米"ができるというのは理想的ですね」(沢の鶴 森脇さん)

「『実楽山田錦』も、吟醸造りではなくあえて生酛造りを採用した精米70%の純米酒。米の美味しさを引き出すためには、あえて磨かずに、純米酒規格で造ったほうが良いんです。沢の鶴が米屋からスタートしているからでしょうか、あまり磨かずに良いお酒ができるというのは魅力的です。お客様に飲んでもらって、美味しいと思ってもらえたら大成功だと思います」(沢の鶴 西向さん)

沢の鶴×ヤンマーの酒米プロジェクト中心メンバーである「バイオイノベーションセンター倉敷ラボ」所長の小西充洋さん、酒米プロジェクトのリーダーを務める和久田真司さん。沢の鶴からは、取締役・製造部部長兼総杜氏代行の西向賞雄さん、製造部醸造課課長代理の森脇正博さん

技術と熱意の結晶「沢の鶴 X01」第2弾への取り組みも進行中!

合同発表会では、当プロジェクトによって生み出された、まだ市場に出回っていない新しい米で醸された純米大吟醸酒、その名も「沢の鶴 X01(エックスゼロワン)」が、初めてお披露目されました。従来の日本酒のイメージをがらりと変えるスタイリッシュなパッケージで、前代未聞のチャレンジを象徴するようなデザインです。

「沢の鶴X01」

洗練されたクールなデザインが印象的な「沢の鶴X01」※ 参考小売価格 1,500円(180ml・税抜)

ひと口飲んでみると、熟した果実を思わせる上品でフルーティーな香りが印象的です。沢の鶴らしい、米本来の豊かな旨味・甘味が口の中いっぱいに広がっていきます。新しい酒米のクオリティの高さを、充分に感じられる一品でした。

「X01」という印象深い商品名にも注目。「X」には「新しいもの、未知のものを生み出したい」「ヤンマーと沢の鶴が"掛け合わさって"できた」という意味が込められているのだとか。さらに、チャレンジを続けていく決意の表れとして、「01」というナンバリングがつけられました。すでに第2弾に向けた動きも始まっており、今後は酒米と日本酒のさらなる品質向上・販売量増加を目指して、米の栽培もお酒の仕込みもスケールアップしていくといいます。

既成概念を大きく変え、農業に、そして日本酒の未来に新しい可能性を与える今回の酒米プロジェクト。今後、どんな発展を遂げていくのか、SAKETIMESも大いに期待しながら、その取り組みを追っていきたいと思います。

「沢の鶴 X01」は、限定4,000本の販売です。現在、沢の鶴オンラインショップで予約受注を受付中。2月14~16日に千葉県の幕張メッセで開催される「スーパーマーケットトレードショー」内の2社共同ブースでは、いち早く商品に触れることができます。さらに、同23日には、発売&リリース記念ペアリングディナーパーティーを東京で開催予定。ぜひ足を運んで、新しい時代の幕開けとなる、未知なる日本酒との出会いを体感してみてください。

(取材・文/芳賀直美)

sponsored by 沢の鶴株式会社

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