日本酒と言えば、透明な液体をイメージする人が多いでしょう。どぶろくやにごり酒は濁っていますが、市販されているほとんどの日本酒は透明です。

日本酒の仕込は醪(もろみ)という、米・麹・水がドロドロに溶けた粥状のものを発酵させていくのですが、これを透明にするとすればどうしたらいいのでしょうか。

日本酒は完全に透明ではない!?

タンクに入った日本酒

日本酒は無色透明に見えますが、実際はどんな日本酒でもうっすら黄色がかっていて、完全に無色透明ということはありません。

色がつく主な理由としては、日本酒に溶け込む米の成分によるものや、メイラード反応と呼ばれる糖とアミノ酸が起こす変化によって、時間が経つとともに黄色くなることが挙げられます。貯蔵期間が長くなると、熟成とともに日本酒は濃い黄色や茶色になっていきます。

透明に近づけるカギは「滓引き」と「濾過」

タンクに入った醪と櫂棒

醪が出来上がったら搾りの工程。醪をお酒と酒粕に分けていきます。

しかし、完全に分かれることはありません。布の目をかいくぐった小さなデンプン粒やタンパク質がまだお酒に溶け込んでいるため、そのまま瓶に詰めると沈殿します。

これが「滓(おり)」と呼ばれるもので、スタンダードな日本酒の場合、ここから「滓引き(おりびき)」と「濾過」を行うことで透明に近づいていきます。ここからは、この2つの工程を解説します。

まず「滓引き」とは、タンクの温度を下げてお酒を少し静置することで滓をタンクの底に溜め、その上澄みだけを他のタンクや瓶に詰めること。最初の滓引きを「一引き」、2回目を「二引き」や「仲引き」、3回目を「本引き」と言います。手間はかかりますが、この作業を行うことで澄んだお酒になります。

透明に近づける「滓引き」を視野しくするための清澄剤

また滓がきれいに落ちるよう、清澄剤を使う場合もあります。柿渋に由来する成分が使われています。

一方で「あらばしり」や「おりがらみ」などの商品は、この滓を引かずに瓶詰めするので薄く濁っています。

滓が入っているのは悪いことではなく、搾ってすぐ詰めたという証拠だったり、濾過していないことの表れだったり、火入れをしていないお酒に発生する「生老(なまひね)香」を取るために入れていたり......さまざまな背景があるのです。

続いて「濾過」では、綿などのフィルターを通して滓を取り除いたり、お酒に活性炭を入れて色や香りを吸着させたりします。炭素の細かい孔には、お酒の色素や熟成した香りを取り除く働きがあるため、何層もの炭素で濾過することでお酒をきれいにするのが狙いです。

しかし、悪い香りが吸着される一方、良い香りも吸着してしまうので、炭素を入れる量は充分検討しなければなりません。炭素の量が多すぎると、味も香りも薄いお酒ができてしまいます。

そこで、通常は1,000リットルのお酒に対して数g程度を入れて濾過します。炭素の使用量は、少量のサンプル(300ml程度)を用意してそれらをきき酒し、味わいを検討したうえで本番用の濾過器にかけていきます。

活性炭の写真

かつて酒屋で怒られた蔵人が、辞める腹いせにお酒の入っている桶に炭をぶちまけて帰ってしまい、それを濾して飲んでみたらクセ香がとれていた!なんていう話が、活性炭を日本酒で使い始めた起源という説もあります。

その他にも、スーパーマイクロフィルターやウルトラマイクロフィルターという目に見えないほどの小さな滓や菌までもを取ってしまうフィルターもあります。活性炭ほど香りは取れないので、吟醸酒や仕込水にこれを通してきれいなお酒を造る蔵もありますね。

透明だったお酒を貯蔵すると濁ってくる?

こんな事例があります。きっちり栓をしている瓶でお酒を貯蔵中、詰めた時は確かに透明だったが、しばらく置いていると白くモヤがかかったように濁り始めた......さて、原因は何でしょう?

お酒の濁っているところを別の容器に取り分けて、60℃程度まで加熱します。ここで濁りが消える場合、これは「タンパク混濁」と呼ばれる現象です。

麹の糖化酵素が変化しタンパク質となり、お酒の中に現れます。普通は滓下げする段階で取り除けるのですが、麹菌が麹の内部まで入り込んでいるような、よく破精させた麹で造ったコクの強いお酒の場合に発生しやすい現象です。

一方、加温してもモヤが消えなかった場合はどうでしょう?

ひとつは「滓」。米の細かい粒と考えれば、滓は加熱したところで消えませんね。もう1つが「火落ち」です。

火落ち菌が発生したお酒の写真

火落ちと呼ばれる現象では、お酒に菌が入ることで、その風味を変えてしまいます。

この菌はよく「火落菌」と称されますが、乳酸菌の一種であるとわかりました。15%以上のアルコール度数にも関わらず、お酒に残っている糖をエサにしぶとく増えます。火落ちしたお酒は粘り気のあるモヤがかかり、きき酒すると誰でもわかるほど変質しています。

原因は火入れでの温度不足やリサイクル瓶の洗い不足、キャップの汚れ、あるいはタンクや道具の洗浄不足です。開けたてのお酒で火落ちが発生していたら製品の不備ですが、開けた後、保管中に発生することもありますので要注意です。

最近は、徹底した衛生管理を行なっているので減ってはいますが、なんとこの火落菌、進化しています。お酒を濁らせない乳酸菌や香りがわかりにくい乳酸菌による汚染が酒蔵で出ている例も聞こえてきているのです。

これに太刀打ちするのも、やはり衛生管理に限ります。作業前に漬物やヨーグルトを食べないことや道具を良く洗うことが蔵人には求められるのです。

タンクに入ったお酒をタメシ桶に淹れている写真

ところで、日本酒の定義には「濾したもの」とあるものの、巷では「無濾過」と書かれた商品も多く販売されています。一見矛盾しているようですが、なぜでしょう?

これは、お酒を搾る時が「濾す」ことにあたるから。大抵の「無濾過」と書かれたお酒は「搾ったあとの濾されたお酒に炭濾過をしていないこと」を意味しています。

瓶詰後のお酒に異物混入はないか検査している写真

お酒を瓶に詰めたあとは、目視によるチェックも欠かせません。詰め作業を行った数千本が断続的に流れてきます。そこで瓶を傾けたりしながらゴミをチェックしていくのです。ゴミの大きさは1mm以下の場合もありますが、毎日見ていると慣れてきて容易に見つけることができるようになります。

蛍光灯を背景に、光に透かしながら詰めたお酒を傾けて瓶内に水流を作ってやると、泡は流れに沿って浮きますが、ゴミはふわっと沈殿したりするのが見えます。繊維辺は反射率が違いますからそれで見分けることもできます。この微妙な差を検査で見極めていくのです。大手の酒蔵では検査器を通すことで、このような検査を行っているところもあるそうです。

このように、醪の状態からたくさんの作業を経て透明に近づいていきます。労力はかかりますが、やっぱりきれいな照りがあって、透明感のあるお酒は見た目にも美味しいですよね。飲む前にちょっとだけ、見た目も楽しんでみてください。

(文/リンゴの魔術師)

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