酒蔵の仕事といえば、米袋を担いだり、蒸米に麹を振りかけたり、醪を櫂棒でかき混ぜたり......そんな姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。
醪は大きな有機体。さながら生き物のように、成分がダイナミックに変化します。杜氏や蔵人の判断でさまざまな作業を行いますが、その判断に欠かせないのが「分析師」の仕事。今回は分析師に密着し、その仕事ぶりを紹介します。
醪の健康診断!分析師の朝は早い
分析師の朝は早く、醪を汲むために蔵の中を回ることから始まります。漏斗に濾紙を被せて、柄杓1杯分をサンプリング。米の形がまだ残っているもの、リゾットのような状態のもの、発酵が進んで炭酸ガスがぽこぽこ出ているもの、アルコール度数が上がって穏やかになってきたもの、メロンパンのような表面のもの、シャバシャバになってきたもの......見た目の違いは日によって変化します。
タンク1本分、つまり、1回の仕込みに対して、1〜2日に一度の分析を行います。醪の健康診断といったところでしょうか。「米がよく溶けているか?」「温度は適切か?」「酵母が元気に働いてるか?」「香りは良いか?」などを観察していきます。夜明けの蔵内は、発酵が進んでいる影響で二酸化炭素が充満しているので、酸欠にならないよう注意が必要です。
しばらくすると、酛屋が酒母のサンプルを持ち込んできます。これらの成分を分析するのが、本日の仕事です。
依頼があれば、なんでも計測します!
分析するのは、アルコール度数・日本酒度・酸度・アミノ酸度が基本。これらは、国税庁の所定分析法に準拠した方法で分析します
まずはアルコール度数を測ってみましょう。
- メスシリンダーに、15℃のろ液を100ml正確にとって、丸底フラスコに入れる
- メスシリンダーの中に残った酒を15ml程度の水ですすぎ、丸底フラスコに入れて、丸底フラスコを蒸留器の加熱部、使ったメスシリンダーを下部にセットする
- 冷却水を流し、蒸留する
- 丸底フラスコのサンプルが沸騰して蒸気になることで、冷却されたアルコールと水が採取できる
- 80ml程度を取得できたら、100mlになるまで加水をして、浮標か振動式密度計で測定を行う
アルコール度数は、米・麹・水を混ぜた時点では0%ですが、酵母がアルコール発酵を行うことで、18〜20%程度まで上昇します。酛の段階でも発酵が進むので、アルコール度数は毎日上昇していきます。
蒸留する作業は1サンプルあたり15分程度。その間に他の分析を進めていきましょう。
ボーメ・日本酒度は、発酵経過に欠かせない指標。浮標を使って測定することもできますが、振動式密度計のほうが早くて正確です。機械に数mlの検体を入れて、計測します。
ボーメは数値が大きくなるほど、糖をはじめとした、比重の大きいものが良く溶けていることを表します。麹の酵素がよく働いて、甘酒のような状態になった醪では、高い値を示します。酵母が糖を食べてアルコールを出すと、比重が次第に小さくなって、ボーメが3を下回ったときが、日本酒度−30程度。日本酒度はマイナスになればなるほど糖が多く、プラスになるほど比重が小さくなります。
毎日計測することで、ボーメの最高値がわかるため、そこからおおよその発酵経過が見えてきます。だからこそ、できるだけ毎日計測して、発酵の緩急を判断するのです。
次に、酸度とアミノ酸度の測定。こちらは滴定法を使用します。
酸度の滴定
- サンプルを10ml、三角フラスコにとる
- 混合指示薬を2~3滴入れて、よく撹拌する。液体が赤色に変わる
- ビュレットにN/10水酸化ナトリウム水溶液を入れる
- 滴定を行い、液体が黄緑色になった時点で、加えた水酸化ナトリウム水溶液の量(ml)を酸度とする
アミノ酸度の測定(フォルモール滴定)
- サンプルを10ml、三角フラスコにとる
- フェノールフタレインを2,3滴入れて、よく撹拌する
- ビュレットにN/10水酸化ナトリウム水溶液を入れる
- 滴定を行い、液体が薄い赤色になった時点で止める。その瞬間を滴定の始点とする
- サンプルにホルマリン溶液5mlを入れる
- ④で示した色になるまで滴定を行い、加えた水酸化ナトリウム水溶液の量(ml)をアミノ酸度とする
※最近は、ホルマリンの代わりに、99.5%エタノールを使う場合もある
やや煩雑な作業で、目視による判断が必要になるため、個人差の出やすい部分もあります。作業者が異なると、分析値にムラが出てしまうのです。常に正しい数値を出せる正確さが求められます。
正確な分析は醪の経過を判断する上でも大事ですが、清酒は課税物件、つまり国税に関わることなので、正しく行わなければなりません。
この4つの指標を組み合わせて、杜氏が醪の操作や上槽のタイミングを判断します。
日々変化する醪を理想の状態にするには、分析値を見極めた上で、酵母の調子を見たり、泡の出方を見たり、きき醪をしたりして、総合的に判断をする必要があります。
分析師は他にも、造った麹の糖化力を測定して、醪の溶け具合を推測する麹力価測定や、醪に溶けているグルコース量の測定、上槽タイミングの判断に必要なピルビン酸測定、山廃では欠かせない亜硝酸反応など、やらなければならないことがたくさんあります。
早く!正しく!正確に!
仕込みの作業が一段落して、蔵人が休憩室に戻ってきた段階で、分析値はすべて出そろっています。一息つきながら分析値を確認し、追水や上槽の段取りを組んでいきます。
休憩時間が終わっても、まだまだ続く分析。前日に上槽された酒を検定(数量や成分値を測って確定させること)するための分析や、濾過・割水・瓶詰めのための分析などを行います。
洗い物も毎日たくさん。日本酒にはかなりの糖が含まれているので、そのまま放置するとベタベタしてしまいます。その一方で、きき酒用のお猪口などは、洗剤で洗うと、きき酒に影響を与えてしまうそうで、気を遣って洗うのだとか。
明日の準備もしっかりと
分析や洗い物が終わったら、ノートや帳簿に分析値を記入して、翌日の準備をします。
翌日に分析する醪を確認しながら、新しい仕込みが始まったときはそのスペックを見ておきます。サンプルを取り違えないように、細かい確認をすることが重要です。
そのときにタンクが空になっていると、どこか寂しさを感じることも。醪がまだ水麹(麹に水を加えたばかりの、掛米が投入されるのを待っている段階)だったころから知っているのに、アルコールが10%にも満たないときから知っているのに、いまは空っぽ。雛鳥が巣立ったような、そんな気分になるのだそう。店頭で並んでいるのを見ると、醪だったころを思い出して、どこか親心を感じるようです。
酒蔵によっては、杜氏や酛屋が分析の仕事を担当していたり、自動分析機を導入していたり、パートにお願いしている蔵もあります。分析には個人のクセが出るので、ムラをいかに減らすかが大事です。仕込み作業のように筋力は使いませんが、蔵の中を歩き回って、かゆいところに手が届くポジション。 酒蔵にとっての重要な判断に必要な材料を計測する、大事な仕事です。
(文/リンゴの魔術師)