「辛いのください!」「辛いの飲みたいねぇ!」「辛い酒なんかない?」なんて言い回しを、居酒屋でも酒販店でもしばしば耳にします。辛い酒、美味しいですよね。喉越しよく、キレ味もまさに名刀正宗のごとく!そんな酒は、肴も進みます。

ところで、この"辛さ"の正体はなんでしょう?

カレーや麻婆豆腐の辛口であれば、スパイスや唐辛子の量が多いほど辛くなります。辛口の酒も確かに「辛いなー」となりますが、カプサイシンなどの辛味ではありませんね。"塩辛い"とも違うし、わさびっぽくもありません。いったい、日本酒の「辛い!」とは何のことでしょう?

「辛口ってのは、日本酒度がプラスのことだよ」は正しいのか?

店頭のポップや酒瓶の裏には「日本酒度」が書いてあります。日本酒度は +5 や -2 などの数字で表され、一般的にマイナスになればなるほど甘く、プラスの数字が上がると辛いと言われますね。この数値で甘口・辛口を判断している人も多いのではないでしょうか。

さて、この日本酒度とは何なのか。端的にいうと「酒に含まれる糖分の量」を指す指標なのですが...少し難しいので、詳しく説明していきます。

酒蔵では、醪(もろみ)や酒における"糖の割合"を計る際、日本酒度の分析に加えて、ボーメという指標も使います。ボーメは比重のこと。ボーメ3と日本酒度-30がほぼ釣り合います。ボーメは数字が増えるほど比重が大きい、つまり糖がいっぱい溶けてるよ、ということになります。

さて、比重についておさらいです。真水にウキを浮かせてみましょう。この水に塩を溶かし入れるとウキはもっと浮きます。これは水の比重が大きくなったので、比重の小さなウキがさらに浮くという現象です。

これは浮標という、日本酒度を分析する古い道具で、今は振動式密度計に道を譲りました。立ちウキのような形状で、上の細い部分に目盛りが付いています。

中には水銀が入っています。このウキの上方に日本酒度プラス、下方にはマイナスの目盛りが振られています。

日本酒度-30の酒で試してみます。分かりづらいですが、水面は目盛り -30 のところにあります。

ここに、エタノールを足してみましょう。

日本酒度はプラスに向かいました。エタノールの多い酒はプラスを指すのですね。

つまり、水より比重の大きな糖類が多いとボーメは高く、日本酒度はマイナスを指します。ややこしいですね。水や水より比重の小さいエタノールが席巻してくるとボーメは低く、日本酒はプラスに傾きます。

「醪の経過で、日本酒度はどう変わる?」

さて、醪の製造経過で日本酒度はどのように変化するでしょうか。

麹の力で米がよく溶けるとボーメは上がります。たとえば、蔵で造っている甘酒のボーメは10くらいでしょう。日本酒度-100ですね。糖の割合が多くなってくると液体の比重は大きくなります。

やがて酵母が増殖してくると糖を食べてエタノールを出すので、ボーメの数値も減少。酵母が糖を食べてアルコールが多くなると、液体の比重は小さくなっていきます。

このときの、ボーメが下がり具合を"キレ"と言います。味わいを表現するときのキレとは違うのでご注意を。「キレが悪い」や「毎日2ずつキレている」などと言い、キレるのは発酵が堅調な証拠。キレすぎるのもよくありませんが、キレなくなったら要注意です。発酵の見極めは杜氏の技術と言えましょう。

麹による糖化パワーと酵母によるアルコール発酵パワーのバランスがキレというわけです。おもしろいですね、並行複醗酵。

ボーメ3(日本酒度-30)を下回ると、「メーターに入った」と言います。ここから搾りまで、2日に一度は日本酒度を計測し、キレを把握していきましょう。日本酒度は酒造りの現場でよく使われる指標なのです。

やがて日本酒度はゼロになり、プラスになります。その頃にはアルコールもじゅうぶんに出ているので、そろそろ搾り時でしょうか。

つまるところ、日本酒度というのは液体の比重が大きいか小さいかを表す数値。日本酒度がプラスというのは「糖の割合が小さいよ!」ということであり、それを「辛い」と捉えているんですね。

「辛みの正体とは?」という答えになるのは「エタノール感」ということばが近いでしょう。日本酒のエタノール感を"辛い"と表現しているわけですが、それだけで単純に説明ができるものでもありません。

日本酒度がプラスでも「甘口」に感じられる「甘い罠」

酒を飲んでいるとき、「かなり甘口じゃない?」と思って、裏ラベルを見ると日本酒度がプラスだったという経験はありませんか?

日本酒度がプラスということは、糖の割合が小さいということ。ならば辛口になるはずですが、甘く感じるのは不思議ですね。そもそも個々人の感覚にズレがあるのは当たり前。でも、なんで甘く感じるのでしょう?

日本酒は工程の中で蒸留をしませんから、日本酒度がプラスでも糖(グルコース)は少なからず含まれています。辛口の酒であろうと、ちゃぶ台にこぼすと翌朝ベタべタしますよね。いくら辛口であっても糖があります。

さらに、人間は香りに騙されるようです。吟醸系の酒を飲むと、吟醸香と呼ばれる良い香りがしますね。これにはカプロン酸エチルだとか酢酸イソアミルだとか、さまざまな物質名が付けられています。

しかしながら鼻をつまんで香り高い吟醸酒を飲んでみると、甘いか辛いかまったくわかりません。つまり、酒を飲んでいるときに甘い香りがするので、なんとなく無意識的に、甘口だなぁと感じてしまうわけです。

甘くない糖もある!酸とアミノ酸も混ざって、味は複雑そのもの

日本酒にはさまざまな糖が含まれています。砂糖は甘いので、糖はすべて甘いと思われるかもしれません。しかし、フルクトースのように温度帯で甘みが変わるものや、D-グルコースのように他の糖に比べて甘く感じない糖もあります。

また、酸味が加わることで甘みの感じ方に変化が出ることも。酸でマスキングされてしまうと甘味はあまり感じられなくなってしまいます。日本酒においては、酸が高めだと辛口に感じられる傾向にあるかもしれません。飲む温度帯によって、辛みが引き立つこともありますよね。

さらに、日本酒にはアミノ酸が含まれています。アミノ酸といえば、旨味のグルタミン酸が知られていますが、グリシンやアラニンなどは甘みを感じるそう。

日本酒度の話に戻ります。

日本酒度は、酒において糖が席巻しているか、エタノールが席巻しているかで変わる指標。ですが、甘さも含めて、味を決める要素は酸やアミノ酸、飲む温度、香りなどたくさんあるのです。

そのため、日本酒度のプラス・マイナスだけで、その酒が甘口か辛口かというのは一概には言えません。日本酒度というのは甘辛の指標とイコールではないと考えていいでしょう。では何なのかと言われると、ただの「比重」でしょう。

飲みたい酒は、結局どうやって探せばいいの?

日本酒を表現する語彙は多種多様です。「辛口」だけでない表現を探してみましょう。「淡麗」「キレの良い」「爽やかな」など、さまざまありますよ。口の中での香りを楽しみたいのか、喉越しを楽しみたいのか、味を楽しみたいのかによっても変わってくるでしょう。

ぜひ、自分の言葉を探してみてください。

もちろん専門的な用語でなくとも、なんとなく伝わればフィーリングでも構いません。「飲み飽きしないもの」「味はしっかりあってキレの良いもの」など、自分なりの感覚でいいのです。

あるいは「カツオのたたきに合う日本酒!」「山菜採って来たんだども、どの日本酒合うべか?」と、"辛口"に合うだろうなという肴を想像してから注文してみましょう。きっとオススメを教えてくれるはずですよ。

(文/リンゴの魔術師)

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