酒蔵見学の経験がある人は、日本酒造りに使用する巨大なタンクを見たことがあるかもしれません。人間がすっぽりと入れるどころか、中に住めそうなほど大きなものもありますよね。今回は、そんな日本酒のタンクに潜入し、じっくりと観察してみましょう。

もっともポピュラーな「ホーロータンク」

ホーロータンクの写真

日本酒造りに使われるのは「ホーロータンク」が主流。全国の多くの酒蔵に、このような大きいタンクが並んでいます。

その素材はほとんどが鉄で、表面にガラス質の釉薬(ゆうやく)が焼き付けられています。鉄製なので、磁石をくっつけたり、チョークで文字を書いたりすることもできます。

しかし、かつては木製の樽や桶で日本酒を仕込んでいました。

しかし、日本酒が漏れ出てしまったり、木が液体を吸い込んでしまうなど、多くの問題がありました。さらに戦後、日本酒の需要が高まるにつれて、木製では不可能なサイズのタンクが求められるようになりました。

そこで登場したのがホーロータンク。容量が多く、手入れも簡単。戦後10年ほどで木製の道具はその需要を大きく落とし、現在ではホーロータンクが主流になっています。

プラスチックライニングタンクの写真

最近では、プラスチックライニングタンクと呼ばれるものもあります。強化プラスチックなどを吹き付けたタンクで、ホーローよりも衝撃に強いのが特徴です。

ホーロータンクは雑に扱うと、割れたりヒビが入ったりします。また、鉄製のため、手入れをしないでいると鉄分が漏れ出し、日本酒が着色する要因となってしまうのです。強化プラスチックを吹き付けると、強度に優れるだけでなく、タンクそのものの製造が簡単なため、大きなサイズや特殊な形状にも対応することができます。

ステンレスタンクの写真

ステンレス製のタンクを、大手メーカーの現場で見たことのある人もいるかもしれません。輸送しやすくするためにフレームが付いたものなど、さまざまな形があります。耐熱性、耐摩耗性、耐衝撃性に優れています。

その他に、サーマルタンクというものも。これはホーロータンクなどに温度管理機能を取り付けたもので、冷蔵管理や温度調整をすることができます。特に、醪(もろみ)は発酵中に熱をもつため、ある程度まで温度を下げてやる必要があるのです。

巨大なタンクに潜入!

ホーロータンクが並んでいる写真

日本酒のタンクには番号や検定日、最大容量などが書いてあるほか、製造元を示した銘板が貼り付けられています。このタンクはいったいどこからやって来たのか......思いを馳せつつ、いよいよタンクに潜入してみましょう。

とはいえ、仕込み中のタンクには入れません。仕込みの前や搾った日本酒を入れる前、瓶詰めをして空になった後は、タンクを洗って次の出番に備えます。汚染を防ぐためには、しっかりと洗う必要があるのです。バケツに洗剤やタワシを入れ、タンク洗い用の長靴と防水エプロンを装備したら、はしごをかけていざ潜入。

ホーロータンクの中の写真

内側は広々としていて、腕を伸ばして回転できるくらい。このタンクで、およそ7,000リットルは入るサイズです。もちろん、もっと大きいタンクももっと小さいタンクもありますよ。

ホーロータンクの中にある「上呑(うわのみ)」と「下呑(したのみ)」の写真

中には「上呑(うわのみ)」「下呑(したのみ)」と呼ばれる、日本酒の出て行く穴が2つあります。この外側に「呑み」と呼ばれる栓を付けて、日本酒を出し入れするのです。滓引きする時には「上呑」を、醪や日本酒をすべて出し切りたい時は「下呑」を使います。

ホーロータンクの構造図

タンクの底は山状になっていて、その部分は「坊主」と呼ばれています。日本酒が少なくなってくると、ジャッキでタンクを傾けて出し切るのですが、坊主のおかげで酒が残りにくくなっています。櫂入れの際に混ぜやすかったり、醪の対流を促したりという理由もあります。

角タンクの写真

次は巨大な角タンクへ。四角い形なので、蔵のスペースを有効に活用できます。ただし、四角いゆえに、発酵中の対流が重要な醪の醸造には向いていません。

角タンクの入り口の写真

蓋を開けると、中は真っ暗。日本酒は日光に弱いので、タンクの中は遮光されて暗くなっています。縄はしごを下げて、ヘッドライトとともに潜入します。

角タンクの中の写真

広々としたスペースで、まるでアパートの一室のよう。

角タンクの中の写真

こちらのタンクには「坊主」がなく、水切りに使う溝が付いています。タンクによっては、このような傾斜を使って日本酒を出し切る方式が採用されています。キレが良いためジャッキは不要ですが、醪の対流を促すために「坊主」があったのほうが良いという杜氏さんは少なくありません。

タンクの掃除は毎日の仕事

タンクをたわしで洗っている写真

肝心の掃除に取り掛かりましょう。水や湯で軽く流したあと、タワシでこすり洗い。醪がこびりついたままになっていると、カビが生えて次の仕込みに悪影響を与えてしまうので、掃除は念入りに。

タンクの上には「アトロン」と呼ばれるビニールのカバーをかけます。酒に異物が混入しないようにするためです。これも定期的に洗います。発酵中はサラシ布をかけて、酸素や二酸化炭素が抜けるようにしておきます。

木の蓋の写真

貯蔵する際など、木の蓋をしておく場合もあります。これがなかなか神経を使う作業。ひとりで持つには重く、バランスを崩せばタンク内に蓋が落ちてしまい、引き上げるのに一苦労。もちろん、日本酒や醪が入っている中へ落とすわけにはいきません。

ホーロータンクが並んでいる写真

酒蔵にどしっと佇んでいるタンク。使われなくなって、屋外に雨ざらしにされたタンクにも、どこか退廃的な趣があります。刻まれた製造日や、何かがぶつかったへこみ、たくさんの櫂入れで擦れた底面のキズから、そのタンクの歴史が浮かんでくるようです。

醸造に使われる機械や道具に注目してみると、日本酒の新たな一面を見ることができるかもしれません。

(文/リンゴの魔術師)

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