「ふなぐち菊水一番しぼり」などの人気商品で知られる新潟・北越後の老舗酒蔵、菊水酒造。5代目当主である髙澤大介社長のもと、他社に先駆けた海外展開や、日本酒文化を伝えるための研究所の設立といった、独自の取り組みで注目されています。

そして、髙澤社長と長年の友人であり、菊水オリジナルピンバッジや、従業員の制服のデザインなどでコラボレーションをしてきたのが、世界的ファッションブランド「KEITA MARUYAMA」のデザイナー・丸山敬太氏です。今回は、日本を代表する"モノづくり"の担い手である両者の対談をお届けします。

日本酒と洋服──手がけるものは全く違いますが、根底にある「仕事」や「人生」に対する向き合い方や流儀には、多くの共通点があるようです。

「きっと2人は気が合うよ」10年前の出会い

菊水酒造の5代目である髙澤大介氏と、世界的ブランド「KEITA MARUYAMA」をつくり上げた丸山敬太氏。お二人が出会ったのは、元伊勢丹のカリスマバイヤーとして知られ、「藤巻百貨店」設立や参議院議員としても活躍した藤巻幸夫氏の紹介がきっかけ。2014年に藤巻氏が逝去されたあとも、親交は続き、今や10年来の付き合いになるといいます。出会った当時について、お二人に振り返っていただきました。

菊水酒造・高澤社長とKEITA MARUYAMA・丸山敬太

KEITA MARUYAMA・丸山敬太(左)と菊水酒造株式会社・髙澤社長(右)

丸山敬太氏(以下、丸山):藤巻幸夫という、共通の知人がいたんですよね。彼が紹介してくれたご縁で。

髙澤大介社長(以下、髙澤):そう、僕は菊水酒造の前に百貨店に勤めていたんだけれど、その時の同期に藤巻君がいたんですよ。売り場は違ったんだけど、妙に馬が合ってね。

丸山:僕も、デザイナーを始めた頃から百貨店で藤巻さんにお世話になっていました。多くの有名ブランドを立ち上げてカリスマバイヤーと呼ばれ、アパレル企業を再建して、参議院議員になって、早くに逝ってしまった。すごい人でしたね。

髙澤:彼は"人つなぎ"の天才だったね。彼が主催したパーティーに僕なんか呼ばなくていいのに、「暇ならちょっと来いよ」と声をかけられて、顔を出したら敬太さんがいたんですよ。

丸山:「絶対気が合うから」と引き合わせてくれたんですよね。最近、改めて人の縁について考えさせられます。藤巻さんが作ってくれたご縁が、彼がいなくなってからもつながっていくというのに感動するんです。

そのように知り合ったお二人は、仕事とは関係なく、純粋に友人としてのお付き合いが続いていたといいます。初めて仕事を共にすることになったのは、知り合って数年経った2011年のことでした。

デザインは"人"のためにある

髙澤社長が菊水酒造として初めて丸山氏に依頼した仕事は、オリジナルピンバッジのデザイン。営業先で何か会話のきっかけになるものを、と企画したものです。七福神や桜、ススキなど、日本文化や季節を感じられるデザインになっています。そして2015年には、従業員の制服デザインを依頼。生産スタッフ用、事務スタッフ用と2種類を制作、その後2017年には営業スタッフ用に法被コートを制作します。

髙澤:お願いするなら、敬太さんしかいないと思って。敬太さんのお話を聞いていると、「日本」「japan」というアイデンティティをものすごく大事にしているというのが、いろいろなところから伝わってくるわけですよ。ピンバッジを作るなら、我々のベースである「和」を大事にしたかったので、ケイタさんならきっとそこを生かしたデザインをしてくれるだろうと。

KEITA MARUYAMAがデザインした、菊水酒造オリジナルピンバッチ

KEITA MARUYAMAがデザインした、菊水酒造オリジナルピンバッチ

丸山:いつも本当に任せてくださって、ありがたいです。デザインを出すと「敬太さんがこれがいいと言うなら、これにしよう」って、決まるのがすごく早くて。

髙澤:だって、見た瞬間に「これ」って思うんですよね。敬太さんがすごいのは、現場の話を聞いてくれるところ。「どういう使い方をしているのか」「どんな現場で着るのか」と聞いて、その意見がみんな制服に反映されているから、「使いやすい」「着やすい」という反応になるんですよ。現場は体を動かすから、ちゃんとストレッチ加工がされているでしょう。敬太さんの仕事を見ていると、デザインってやっぱり人のためにあるんだなぁと思うわけですね。デザインがそれだけで一人歩きしているんじゃなく、常に人のためにある。

KEITA MARUYAMAデザインの菊水酒造のユニフォーム

KEITA MARUYAMAデザインの菊水酒造のユニフォーム

丸山:ありがとうございます。髙澤さんとは業種が全く違うので、一緒にお仕事をしていることを不思議に思われることもあるんです。でも、「商品を生み出す」という点においては同じですから、僕はまったく違和感がありません。それに、髙澤さんのやってらっしゃることを見ていると、 "品(ひん)"を感じるんです。昔、藤巻さんとよく「最終的に大事なのは"品"だ」という話をしていて、そこが彼と最も通じ合えたところでした。髙澤さんとお話ししていると、"品"が見えてくるのでいつもうれしくなってくる。だから、髙澤さんがこちらに望んでいることがすごくよくわかるんです。余計なことを考えず、素直に仕事ができる。

髙澤:"品"っていい言葉ですよね。一朝一夕にできるものじゃないし、もともとその人が兼ね備えているものかもしれないな…。

丸山:それから、髙澤さんから一番感じるのは、人や縁を大事にされているところですね。制服って、社員のためのものですよね。社員を大切にするって、言うのは簡単でも、行動に移すのは簡単ではないですよ。社員のみなさんのモチベーションを上げる、それが会社の発展につながる…という大事なお仕事をお願いされているので、すごくやり甲斐があります。

仕事の意義はモノから"コト"になる

続いて、お二人の仕事への姿勢を伺っていくと、新たな共通項が浮かび上がってきました。お二人の仕事は「良いモノをつくり、ただ届ける」だけではありません。その先にある体験や"コト"までを創り出すことにこそ、価値があるといいます。

丸山:僕は「気持ちが上がる」っていう言葉が好きなんですけど、そういう洋服を作っていきたいですね。モノづくりにもいろいろなパターンがあって、リーズナブルで手軽な「用を満たす」服もあれば、とっておきの時のための「心を満たす」服もある。もちろんどちらも素晴らしいですが、どちらかというと僕は「心を満たす」服を作りたいですね。

髙澤:心が満たされるモノに出会うと、その人の立ちふるまいまで変わってきますからね。

丸山:ええ。髙澤さんは今、どんな取り組みを?

髙澤:日本酒業界は、本当に正念場なんですよ。ボリュームゾーンだった55歳以上の人たちの飲酒量が明らかに落ちてきていて、マーケットが縮小している。危機的状況なんです。国内市場の維持と、海外市場の開拓、両方に力を入れていかないといけないと思っています。

丸山:ファッション業界も同じですよ、洋服も本当に売れないですから。

髙澤:だけど、こういう時にチャンスがあるわけなんですよね。親父によく言われていたんです。「人間というのは、困れば考えるんだ。考えて考えて、もし何も思いつかなかったとしたら、それは困り方が足りないんだ」と。だから、まだまだ困り方が足りないんだな。

丸山:ああ…そういう言い方、いいですね。なるほど。

髙澤:こういう状況になると、「これまで飲んでいなかった若い人に、飲ませろ」という風潮にとかく業界ではなりがちなんですが、「飲ませろ」じゃダメ。僕は、「日本酒って面白いね」「日本酒があると楽しいね」「日本酒を飲んでる人って大人ですよね」と言ってもらえるような場を作ることが大事だと思うんです。そういう体験をした人が、やがてお客さんになってくれるという…。

菊水酒造の「無冠帝」は、東京・南青山のジャズクラブ、ブルーノート東京(BLUE NOTE TOKYO)でも提供されている

菊水酒造「無冠帝」は、東京・南青山のジャズクラブ「BLUE NOTE TOKYO」でも提供され、日本酒への"間口"を広げている

丸山:考えがあまりにリンクしているので驚いています。おっしゃる通り、「モノを売る」だけじゃダメなんですよね。売るためには、何に触発されてもらうか、何に感動してもらうか、を考えなければいけない。最終的には、「コト」を作っていくっていうことです。僕が行っているのは洋服の製造販売業ですけど、販売業っていうのは、そもそも「どれだけお客様に満足してもらえるか」が始まりです。ただモノを売っていくだけじゃいけないということが、これからの一番の課題だと思っています。良いモノを大量生産して、チェーン店のようにするのはうんざりなんです。より濃いモノ、よりその人らしいモノ、より好きなモノとつながる、ということがこれからは大事だと思っていて。「丸山邸」というお店を作ったのも、そういう考えからです。

2016年9月にリニューアルオープンしたコンセプトストア「丸山邸 MAISON de MARUYAMA」

2016年9月にリニューアルオープンしたコンセプトストア「丸山邸 MAISON de MARUYAMA」

髙澤:そう、良いモノ、旨い酒は本当にいくらでもあるんですよ。だから画一化とかチェーン展開をしていてもダメ。コモディティ化させてしまったら、「ここで買う」意味がなくなってしまう。だから「コト」を作らなきゃいけないんだと思うんです。

丸山:ブランドの存続という点ではどうですか?自分がいなくなった後、「KEITA MARUYAMA」というブランドをどう残そうかということを最近よく考えていますが、髙澤さんのやっていらっしゃることはとても勉強になります。

髙澤:僕はね「5代目だからこういう実績を残さなきゃ」ってあまり思っていないんです。例えば、今日対談しているのは菊水日本酒文化研究所ですけど、この研究所を作った時のことを考えると、不思議なんですよ。「作ろう」って、意思決定したのはたしかに僕なんだけれど、「おまえはこう考えなさい」「こういうふうにしていかないと、蔵が続かないかもしれないよ」って、何かに"押される"ものがあったんじゃないかって。じゃあ何が押しているのかといえば、おそらく、過去に頑張ってきた先達たちじゃないかと。

丸山:ああ、本当に、不思議なことってたくさんありますよね。自分でやっているようで、「これはやらされている」と感じることって、あるじゃないですか。自分に来ている流れを見逃さないように、耳を澄まして、目を澄まして、心を澄ましておいて、「波が来た」と思ったら、ちゃんと乗ることがとても大事。たぶん髙澤さんは、いつも真剣に物事と向き合っていらっしゃるから、そういうふうに“押して”もらえることがあるんじゃないかと思います。

髙澤:やっぱり若い時は、「俺がやったんだ」と自慢したくなる気持ちもあったけど、でも時間が経つにつれ、それは違うって自然に気がつくわけですよ。よく「毎度お引き立ていただいて誠にありがとうございます」って言うけれど、本当に引き立ててもらっているんですよね。自分じゃなく、人がやってくれている。ここに気がつかないとダメだと思うんです。

"コトづくり"を通じて誰かの人生を変える

髙澤:「僕は服を通じて人の人生を変える」という敬太さんの言葉を聞いた時は感動したなぁ。なんと格好良い言葉だろうって涙が出た。「僕が変えます。変えてあげます」と続けていたんだけれど、そうだよなって頷いた。服を着ることで、その人の気持ちが上向きになる、気持ちが切り替わる、その結果、人生が変わる…、そんな素晴らしいことはない。「僕のデザイン、どうですか」と言う人もいますけど、そうじゃないと思うんです。「デザインを通じて何がしたいのか」がないと。

菊水酒造・高澤社長

丸山:「何の目的で作るか」ありきだと思うので、そこは独りよがりにならないようにいつも気をつけているところです。僕は、「着るものによって人生が変わる」と本当に思っています。日本には着物という文化がありましたよね。着物は、柄や色で季節を表現します。しかも、自分のためだけではなくて、お客様の目を楽しませるという性質もある。そういう素晴らしい文化や、根底にあった精神のようなものを、洋服でも継げるんじゃないかと。

髙澤:我々も「日本酒のおかげで人生が豊かになった」と言われるようにしないといけないと思いますよ。

丸山:洋服も日本酒も、目指すところは同じかもしれません。季節を表現したり、着るもので人を楽しませたりすることって、コミュニケーションにつながりますよね。3月に桜の柄をきていれば、「もうすぐ春だね」という会話になるじゃないですか。それってすごく素敵なことだと思っていて。そういうことが自分の作る世界で実現できたらと願いながら、いつも洋服を作っています。

髙澤:それ、敬太さんの洋服から感じますよ。敬太さんには法被も作ってもらったけど、あの法被を着てイベントに立つと、「これ、いいね」ってお客様から声をかけてくれるんです。「それ、欲しい!!」「ダメでぇす」なんて、身につけていることでフレンドリーなコミュニケーションが成立しちゃう。

菊水酒造とKEITA MARUYAMAが進むべき道を、語り合う高澤社長と丸山敬太

丸山:そういうことをどんどん取り入れていくのが髙澤さんの革新的なところですよね。伝統を大切にする日本酒業界で、トラディショナルなものを本当に大切にしながらも、新しいことも取り入れる。古いものと新しいもののバランスを取るのって難しいと思うんです。ブランドリニューアルをする時に、古いものを全て切り捨ててしまって、せっかくの宝物を失ってしまう企業もあります。髙澤さんは、常に前を向いていますが、後ろにあるものもきちんと大切にしている。すごく理想的な姿勢だと思います。

髙澤:敬太さんとは頻繁にお会いしているわけではないけれど、根っこのところでつながっているなという気持ちをずっと持っていました。今日お話ししてみて、改めてそう思いましたよ。新潟まで来てくださって、どうもありがとう。

丸山:僕も、考えていることが本当に同じなんだな、と何度も感じました。自分の進む方向が間違っていないと思えて、勇気をいただいた気がします。こちらこそ、本日はありがとうございました。

菊水酒造・高澤社長とKEITA MARUYAMA・丸山敬太さん一見すると全く接点のないように思える、菊水酒造とKEITA MARUYAMA。しかし根底にある価値観、そして商品を売ることの先を見つめるが姿勢からは、多くの共通項を感じ取ることができました。苦境に立たされていると言いながらも、「そんな時だからこそ」と新しい挑戦を続ける彼らは、きっとまた新たなコラボレーションを見せてくれることでしょう。

(取材・文/藪内久美子)

sponsored by 菊水酒造株式会社

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