飛行機とともに育った酒蔵
濃尾(のうび)平野の北部に位置する岐阜県各務原(かがみはら)市。明治初期に旧日本陸軍の演習場として開発され、戦中は軍の飛行場も置かれていました。今でも、航空自衛隊の基地があります。そのため、市内には航空部品を取り扱う企業が多く、航空機ショーなども行われる、飛行機と工業の町です。
そんな各務原市で大正9年(1920年)、農家の生まれで米に恵まれていた初代・林榮一氏によって創業されたのが、林本店です。
創業当時の銘柄は「征空」。すでに軍の航空基地があったことから、"空を征服する"という意味を込めて命名されたようです。その後、4代目の時代、1990年代に「榮一」が誕生。級別制度が廃止され、特定名称酒の醸造に取り組み始めたタイミングでした。
女性の蔵元杜氏による改革
現在は5代目・林里榮子さんが平成19年(2007年)から代表取締役社長に就任し、杜氏を兼務しています。女性の杜氏や蔵人は全国で増えつつありますが、女性の蔵元杜氏は今でも珍しい存在です。
東京農業大学の醸造科学科を卒業後、大手ビールメーカーで営業として勤務し、平成10年(1998年)に蔵へ戻った里榮子さん。社長就任を契機に全国で飲まれる酒を造ることを目指し、蔵の改革に取り組みます。細心の温度管理を行うため、仕込み部屋の冷蔵化や冷蔵貯蔵庫の増設を敢行しました。
そして2012年、「百十郎」ブランドが誕生。「百十郎」という名前は、各務原市で明治から昭和初期に人気を博した歌舞伎役者・市川百十郎氏に由来します。同氏は昭和6~7年ごろに、1,200本の桜を地元の境川に植えた人物としても知られています。百十郎の植えた桜に多くの人が集まるように『一献の酒を通して安らぎとコミュニケーションを世界中の人々に提供したい』というコンセプトを掲げています。
ラベルが印象的な、極上の食中酒
冬季限定の「シルキースノータイム」は、五百万石を60%まで磨いた純米吟醸酒。うっすらと滓(おり)が混ざって、雪のようにも見えます。青地に白のラベルで、歌舞伎の隈取りと雪の結晶がデザインされ、インパクトは抜群です。
梨や完熟した桃のような穏やかな上立ち香。口に含むと、シルキーで繊細な米の旨味と上質な酸がバランスよく広がります。後口も適度な余韻を残し、スパッとキレていきます。凛とした、芯の通った味わいです。
新酒でも冷やおろしでもない"冬ひや酒"として、寒い冬でもキンキンに冷やして鍋料理や季節の食材に合わせてほしいと蔵が推奨しています。たしかに、上質な食中酒としてどんな料理にも合わせられる酒質です。
また、燗にすると、眠っていた米の甘味が出てふくらみが増し、燗上がりします。どんな温度帯にも対応できる、極上の食中酒です。鍋、珍味、刺身、塩味の焼鳥など、和食や酒肴と合わせていくらでも杯が進む、ちょっと危ない酒とも言えるでしょう。