岐阜県の北西部にあるのどかな山村・白川村。伝統的な合掌造りの家屋が点在する集落は「白川郷」とも呼ばれ、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。そんな日本の美しい原風景が広がるこの村で、新たな日本酒の酒蔵を建設する「白川村の蔵」プロジェクトが始動しました。

 

白川村の風景

その旗振り役として、白川村の村長 成原茂(なりはら・しげる)さんが白羽の矢を立てたのは、岐阜県飛騨市で「蓬莱」を醸す渡辺酒造店。

「エンタメ化経営」という独自の経営方針のもと、業界の慣習にとらわれないチャレンジを続けてきた同社の代表取締役社長 渡邉久憲(わたなべ・ひさのり)さんは、今回のプロジェクトを自分たちの使命と捉え、ともに新天地で酒造りに挑戦してくれる仲間を求めています。

今回は「白川村の蔵」プロジェクトの経緯と展望について、キーパーソンである白川村の成原村長と渡辺酒造店の渡邉社長に話をうかがいました。

「特産品がない」世界遺産の村が抱える課題

豊かな自然と田園風景、茅葺き屋根の合掌造りの家屋が立ち並ぶ白川村の主産業は、その美しい景観を軸とした観光業です。人口約1,500人の村に、年間で200万人を超える観光客が訪れ、その半数近くを外国人旅行者が占めています。

国内外の観光客を魅了する理由について、「世界遺産でありながら、実際に村で暮らしている人々の営みがある。そこに一般的な観光地とは異なる魅力を感じてもらえているのでは」と、白川村の成原村長は語ります。

その一方で、少子高齢化による人口減少のほかに、産業同士の連携不足で村内での経済的な循環ができていないことを、白川村の課題として挙げました。

岐阜県白川村の村長 成原茂さん

岐阜県白川村の村長 成原茂さん

白川村では農業や畜産業といった一次産業が盛んですが、地場産の食材を製品化して販売する仕組みが充分に整っていません。

そのため、村内で販売されているお土産品は「パッケージには白川郷が描かれているが、その中身は村外でつくられた」というものばかり。世界遺産として認められた村でありながら、特産品と呼べるものがほとんどない。この歯がゆい状況を打破したいという強い想いを、成原村長はずっと抱えていました。

そこで注目したのが、村の主産業のひとつである稲作です。

白川村の風景

白川村では、食用米のコシヒカリを栽培してきましたが、数年前から酒造好適米の代表である山田錦の栽培を開始。この酒米栽培が始まったころから、「白川村に酒蔵を建てて、日本酒を特産品に!」という構想が、成原村長のなかで大きくなっていったといいます。

「白川村にある5つの神社では、実に1,300年以上も前の奈良時代から、神事のためにどぶろくを造ってきた歴史があります。しかし、そのどぶろくは年に一度の祭りの期間に、神社の境内でしか飲むことができません。

また、100年以上も前に民間の酒蔵があった痕跡はあるものの、現在は途絶えています。日本酒文化をもっと身近に、そして一度潰えてしまった酒蔵を復興したいという想いも含めて、白川村での酒造りは悲願でした。何より、私自身も日本酒が大好きなんです」(白川村 成原村長)

白川村の伝統行事「どぶろく祭」の様子

白川村の伝統行事「どぶろく祭」の様子(写真提供:白川村役場)

「白川村の“光”になってほしい」

酒蔵建設の実現に向けて、成原村長は岐阜県内の酒蔵のなかで特に安定した売上を誇り、増益を続けている渡辺酒造店に声をかけて、「白川村の蔵」プロジェクトが発足しました。

白川村の現状と酒蔵への想いを成原村長から受け取った渡辺酒造店の渡邉社長は、「心に刺さった成原村長の言葉がある」と、当時を振り返ります。

「『観光という言葉は“光を観る”と書く。白川村には世界中から観光客が押し寄せているのに、この村には地場産の特産品がない、“光”がないんです。だから、渡辺酒造店さんに、白川村の“光”になってほしい』。その言葉を聞いて、白川村の発展に貢献することは、岐阜県を代表する酒蔵として我々が取り組むべき使命だと感じました」(渡辺酒造店 渡邉社長)

渡辺酒造店の代表取締役社長 渡邉久憲さん

渡辺酒造店の代表取締役社長 渡邉久憲さん

酒蔵建設のための住民説明会を何度も行い、「酒蔵が白川村の新たな誇りを創る」「農家の所得増にもつながる」「将来的な村の発展に期待できる」と、ていねいに説明を重ねることで、初めは抵抗感をもっていた村民の理解も得られました。

「酒蔵ができるということは、村に新たな職種が増えるということ。すなわち、村民や移住者の雇用の機会を増やし、さらには、これから大人になる子どもたちの仕事の選択肢が増えるということでもあります。

酒蔵で働く人たちに憧れて『杜氏になりたい』『お酒のことを勉強したい』という子どもたちが増えるかもしれません。夢を持ち、その夢を叶えるために学びを進めることは、未来を担う子どもたちにとって重要なことだと考えています」(白川村 成原村長)

「白川村の蔵」プロジェクトの成功によって、白川村の人口減少に歯止めをかけ、観光客を地場産の日本酒でもてなし、村の活性化につなげたい。成原村長のみならず、現在は村民のみなさんも「白川村の蔵」プロジェクトに大きな期待を寄せているといいます。

白川村の風景

「『白川村の蔵』の日本酒は、ここに来なければ飲めない、買えない。そういった特別感のある酒造りを目指していきたいです。合掌造りの家屋が並ぶ日本の原風景には、黄金色の稲穂がよく似合います。ここでしか見られない特別な景色を楽しみながら、白川村の酒蔵で造られた日本酒を味わう。そんな体験を実現させたいと思っています」(白川村 成原村長)

最高の環境で、心から納得するお酒を造る

渡辺酒造店の渡邉社長は、村の抱える課題や成原村長の切実な想いだけで、「白川村の蔵」プロジェクトに加わることを決めたわけではありません。酒蔵の当主としての経験から、「白川村の自然環境が酒造りに非常に適していると判断した」といいます。

「白川村のすべての根源にあるのは豊富な湧き水です。水質調査のため、村内を7か所ほど掘ってみたのですが、おもしろいことに、掘る場所によって硬水や軟水などの水質に違いがありました。共通しているのは、いずれの場所もたっぷりと水が湧き出ることと、日本酒の発酵の妨げになる不純物が非常に少ないということです。

さらに、積雪の多い地帯ということで、冬の気候は冷涼。酒母や醪の温度管理が容易で、雑菌の繁殖を抑えることができます。これらの条件を活かせば、素晴らしい日本酒が造れるぞ!と確信できる、絶好の環境です。蔵元として早く腕を振るいたいと、胸の高鳴りが抑えられないくらいワクワクしました」(渡辺酒造店 渡邉社長)

白川村の風景

村から酒蔵の建設予定地として紹介されたのは、旧白川小学校の跡地。ここに湧き出るのは不純物が非常に少ない硬水で、「酒造りにはもってこいの水」と渡邉社長は絶賛します。

白川村の風景

「『白川村の蔵』が目指すお酒は、香りは控えめで寄り添うようなイメージ。少しの曇りもない透明感のある味わいで、甘味と旨味が調和したキレのいいお酒。渡辺酒造店がこれまで造ってきたどの商品とも異なる酒質です」(渡辺酒造店 渡邉社長)

そうした新しい酒造りに挑戦できるのも、白川村という新天地でゼロから酒蔵を始められるからこそ。「白川村の蔵」は、渡邉社長が掲げる「エンタメ化経営」の理念を大事にしつつも、奇をてらわず、蔵人たちが心からおいしいと思う酒造りにフォーカスしていくといいます。

目指すのは、新しい楽しさを醸す場所

「白川村の蔵」は、2027年冬の稼働開始を目指して動き出しました。

白川村の蔵

酒米は、品質が安定している山田錦に限定。初年度の製造量は500石ほどですが、最大で年間1,000石まで増やす計画です。主に使用するのは白川村産の山田錦ですが、最初から村内で全量をまかなうことは難しいため、他の産地の山田錦も使用します。

製造設備は、通常の機械に管理しやすいようひと手間を加えたオリジナルの仕様。さらに湿度と温度を最適にコントロールできる空調設備も導入します。一方で、デジタル化を積極的に推進している渡辺酒造店の本社蔵とは異なり、「白川村の蔵」では、原点に立ち返った手仕事が中心の酒造りになるとのこと。

酒造りのスペースはワンフロアで完結し、2階から製造の全工程が眺められる設計に。試飲コーナーも充実させる予定で、村を訪れた人が気軽に立ち寄れるような場所を目指します。

「成原村長や村民のみなさんからは、『村に新しい風を吹かせてほしい』という期待を寄せていただいていることもあり、新たに『楽しさを、醸す』という使命を掲げました。

白川村に酒蔵ができることによって、今まで村で暮らしてきた方も、観光に来られる方も、村と何かしらの関係がある方も、みんなが新しい楽しさを見つけていける、そんな酒蔵にしていきたいですね」(渡辺酒造店 渡邉社長)

世界遺産の村で新たな酒造りに挑むメンバーを募集中

現在、「白川村の蔵」では、ともに働くスタッフを募集しています。最初は渡辺酒造店からも数名が出向して製造チームを構成し、チーム全体で日本酒の醸造から瓶詰めまでを担当します。

「入社した方は、まず渡辺酒造店の本社蔵にて、酒造りの研修を受けてもらいます。そのため、未経験でもまったく問題ありません。過去の経歴や功績、性別も年齢も問いません。

意欲的に酒造りに取り組んでくれる方、特に杜氏を目指す方は、リーダーシップをもってチームづくりをいっしょにやっていける人に来てほしいですね。私たちの酒造りに賛同し、ともに同じ完成図を目指してチャレンジしてくれる方を求めています」(渡辺酒造店 渡邉社長)

白川村は、飛騨や高山、富山など近隣エリアから通勤できるのはもちろん、村内の集合住宅を会社で借り上げるため、他県からの移住も歓迎しています。実際に、白川村の自然環境や村民同士の温かいふれあいに惹かれて移住してくる方が多く、村全体の7.2%にあたる105名(2025年6月時点)が移住者で構成されています。

白川村の風景

取材時は、すでに製造部門で1名の内定が決まっていました。白川村出身のUターン就職で、工場勤務経験はあるものの酒造りは未経験の方だといいます。

また、世界遺産の村で新たな酒造りに挑む「白川村の蔵」プロジェクトは、「ぎふちょく」にてクラウドファンディング型の寄付(ふるさと納税)を受付中です。白川村と渡辺酒造店の新たな挑戦に興味が湧いた方は、ぜひプロジェクトのページもチェックしてみてください。

あなたの応援の声が、世界遺産の村に新たな産業と光をもたらします。

(取材・文:芳賀直美/編集:SAKETIMES)

◎プロジェクト情報

◎採用情報

  • 採用職種:製造スタッフ(杜氏候補/蔵人)、販売スタッフ
  • 雇用形態:【製造】正社員、【販売】正社員
  • 採用人数:【製造】6名、【販売】2名
  • 基本給与:175,000〜250,000円/月
  • 各種手当:35,000〜40,000円/月
  • 休日:完全週休2日制
  • 備考:
    ・学歴・経歴・性別・年齢、すべて不問。
    ・2026年12月までは、渡辺酒造店の本社(岐阜県飛騨市)での勤務、2027年から白川村の蔵(白川村)での勤務となります。
    ・「白川村の蔵」の求人に関する募集要項やエントリーについては、渡辺酒造店の公式サイトをご覧ください。

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