関内駅の近くにある人気ラーメン店「丿貫(へちかん)」。昼はラーメン屋として営業していますが、夜はラーメンと日本酒を合わせて飲む居酒屋になります。

提供する日本酒は「残草蓬莱」や「昇龍蓬莱」で知られる大矢孝酒造のお酒のみ。なぜラーメンに日本酒を合わせ、大矢孝酒造だけにこだわるのか。その真相に迫りました。

はしご酒の聖地「野毛」が誇る名店

「丿貫」の外観

横浜市・関内駅から歩くこと5分。はしご酒の聖地とも言われる野毛飲屋街にひっそりとお店はあります。夜営業時は、場所の関係で並んで待つことができないため、満席の場合は電話番号を控えて、空き次第連絡するという野毛らしいシステムをとっています。

店内の壁は黒く塗られ、調理場と客席の間を隔てるのは9席のカウンターテーブルだけ。落ち着いて食べられるように、店内に張り紙は一切しないそうです。細かい所にまで行き届いた配慮と、ラーメンが目の前で作られるライブ感。内装からも、お店のこだわりをひしひしと感じます。

旨味が凝縮された濃厚なスープと「残草蓬莱」

丿貫では、旨味たっぷりの濃厚なラーメンと、大矢孝酒造が醸す日本酒をいっしょに楽しむのが売り。そのこだわりのラーメンと日本酒を紹介します。

浅蜊そば ×「残草蓬莱 純米大吟醸 秋田酒こまち」

「残草蓬莱 純米大吟醸 秋田酒こまち」と「浅蜊そば」

まずは、「浅蜊そば」(950円)をいただきます。魚介のまろやかな香りが湯気とともに立ち上り、食欲が掻き立てられます。

スープを飲むと、貝の甘みとコクが重なり、口の中に旨味が広がります。素材がそのまま濃縮されて、スープになっているような味です。麺は、コシの強さとなめらかさを兼ね備えており、濃厚なスープと相性抜群でした。

合わせた日本酒は、「残草蓬莱 純米大吟醸 秋田酒こまち 四割精米」。食中酒として、あえて香りを抑えた純米大吟醸酒です。大矢孝酒造が使う、丹沢の水のおいしさを感じるような、澄んだ味わい。淡白でありながら、ほのかな甘味もあります。濃厚なあさりの余韻に、さらりとした日本酒がよく合います。

牡丹海老と甘海老の合わせそば ×「残草蓬莱 特純 四六式 槽場直詰生原酒」

「残草蓬莱 特純 四六式 槽場直詰生原酒」と「牡丹海老と甘海老の合わせそば」

続いて、「牡丹海老と甘海老の合わせそば」(900円)をいただきます。スープを飲むと、想像を上回る海老の存在感。強い甘さと、クリーミーな余韻が続きます。濃厚で上品な味に、海老の力強さを感じました。

合わせて飲んだのは、「残草蓬莱 特純 四六式 槽場直詰生原酒」。白麹が使われており、爽やかな酸味と微発泡性は、飲みごたえと清涼感を両立させます。スープのジューシーさが四六式の爽やかな酸味と溶け込み、日本酒のさっぱりとした飲み口はエビの濃厚な旨味を引き立たたせる。その相関関係は、極上のペアリングでした。

ラーメン以外にも、こだわりのメニュー

丿貫のメニュー

ラーメン以外にも、居酒屋らしくさまざまなおつまみが用意されています。ここにも、丿貫のこだわりがありました。

金華鯖の生ハム

金華鯖の生ハム(580円)

「冷燻することで、刺身と燻製の間のような状態で提供している」という金華鯖の生ハムです。鯖の脂の旨味とスモーキーさが絶妙。口に入れると、舌の上でほろりととろけます。日本酒が鯖の脂とマッチし、味を強調しつつもサッと脂を流してくれます。

豆腐のもろみ漬け

豆腐のもろみ漬け(480円)

こちらは豆腐のもろみ漬けです。食感は、まるでチーズのようにずっしりと濃厚。アボカドのような滑らかさも感じます。日本酒の軽さに、もろみから湧き出る大豆の深みが合い、お酒が進みます。

理想のスープは「食材を液体化したもの」

スープにこだわり続け、ラーメンと日本酒を合わせる新しいスタイルを提案してきた丿貫。オーナー店主の佐藤義大さんにお話を伺いました。

大学生の頃からラーメンのために遠出するほど、ラーメン好きだった佐藤さん。友人と作ったラーメンが美味しくなく、以来、趣味として美味しいラーメンを作る研究を重ねたそうです。

その後、本業でコンサルタントの仕事をしていた佐藤さんの元に居酒屋から経営の相談が入り、昼の時間にラーメンを提供することになりました。それから4年間ほど、いくつかのスナックで間借り営業を続け、2016年に今のお店をオープンしました。

煮干しそば

煮干しそば

「僕は『食材を液体化したもの』が理想のスープだと思う。素材の煮干しはいいものを選び、丸ごとスープにしている」と語る佐藤さん。丿貫のうまみが濃縮されたスープは、研究の末にたどり着いた答えです。

「どうやったら素材の味を抽出しやすいかを考えて勉強しましたね。理屈を学びました。コーヒーを作るとき、豆をそのまま煮ることはしないですよね。豆を挽いて、粉々にします。それは、豆の表面積を増やすことで、味を抽出しやすくしているからです。煮干しも同じように粉々にし、表面積を増やすことで味を抽出できると考えました」

他のお店では、煮干しの頭やハラワタは苦いから、取り除いてしまうところもあるそうです。しかし、素材が良い煮干しは、すべてスープにできると言います。丿貫では、日本各地から美味しい煮干しを選び、年間で約10トンも使っているそうです。

「丿貫3号店である『米子さっかどう』は、鳥取県にオープンしました。それは、鳥取の煮干しがすごく美味しいから。鳥取は日本で一番魚が美味しいと思います」

江戸時代から続く、和の文化をラーメンで再現

ラーメンだけでなく蕎麦も大好きだという佐藤さん。

「日本には、蕎麦前という江戸時代から続く文化があります。それは、蕎麦に乗せる天ぷらなどの具材をつまみにして、お酒を飲むというもの。そして締めに蕎麦を食べます。丿貫では、蕎麦前をラーメンで表現しました」

ラーメンと日本酒という変わった組み合わせは、江戸時代に根付いた文化に基づいているのですね。

うずらの卵と低温調理した肉

丿貫では、トッピングにするような肉やうずらの卵が別皿で出てきます。さらに、日本酒は蕎麦猪口で提供されます。蕎麦前文化を再現したからこそ、このような新しいスタイルを実現させています。

「丿貫で出している肉は、低温料理をしています。パサパサの肉になるのは、高すぎる温度で調理をして、旨味が出てしまっているから。適切な温度で調理をすれば、旨みは逃げません。加熱する温度のデータを集め、おいしく食べられる温度を探しました」と調理のこだわりも教えていただきました。

ひとつの蔵が造る、さまざまな日本酒を楽しんでほしい

丿貫では、「残草蓬莱」や「昇龍蓬莱」を醸す、神奈川県にある大矢孝酒造の日本酒のみを提供しています。

「残草蓬莱 純米大吟醸 秋田酒こまち」と「残草蓬莱 特純 四六式 槽場直詰生原酒」

「同じ人が数ある日本酒の中からお酒を選ぶと、自然と似たような傾向のお酒ばかりになってしまいます。大矢孝酒造では純米や生原酒、スパークリングなど様々な種類の日本酒を造っています。蔵をひとつに絞って日本酒を出すことで、バリエーション豊かな日本酒を楽しんでもらえるのではないでしょうか」

さらに、蔵と強い関係でタッグを組むことができたと言います。「この日本酒と合うのはどのラーメンかな?」という話もしやすく、企画を組んだこともあるそうです。

「大矢孝酒造の蔵元は飲み友達でした。飲みながら、こいつの酒を使おうかなと考えていたんです。ダジャレ好きで、白麹で仕込んだ日本酒には、四六(よんろく)式という名前をつけるなど。面白くて頭の回転が速い男でした」

「残草蓬莱 純米大吟醸 秋田酒こまち」と「残草蓬莱 特純 四六式 槽場直詰生原酒」と「浅蜊そば」

大矢孝酒造では、洗米からお酒ができるまでの過程を伝えるため、酒造りの様子をFacebookで公開するなど、面白い試みをしています。

丿貫がひとつの蔵にこだわり、現在の素晴らしい関係を築けているのも、大矢孝酒造の挑戦的な姿勢があってこそなのですね。

こだわり抜いた濃厚なスープのラーメンと、その旨味をさらに増幅させるお酒のペアリングは、良い意味で野毛の喧騒を忘れる上質な体験でした。野毛のはしご酒に新たな定番を加えてみてはいかがでしょうか。

(文/大戸麻矢)

◎店舗情報

  • 店名:丿貫 福富町本店
  • 住所:神奈川県横浜市中区福富町仲通2-4
  • 電話:045-251-2041(夜は席予約制)
  • 営業時間:[昼]11:00〜15:00,[夜]18:00〜22:30
  • 定休日:日曜
  • Twitter:@mw164

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