こんにちは!SAKETIMESライターの梅山紗季です。昨月は中秋の名月とスーパームーンとが日を連ね、秋の深まりを感じる夜が続きましたね。

読書の秋にちなんで、SAKETIMESライター梅山紗季が、日本酒の登場する文学作品を作家ごとに見ていきたいと思います!

今回ご紹介するのは、英語の"I love you."を「月が綺麗ですね。」と訳した事でも有名な、夏目漱石の作品たちです。昨月の月を思い返しながら、ぜひ、お気に入りの表現を見つけてみてくださいね!!

酒によるコミュニケーション「それから」

まずご紹介するのは、夏目漱石の前期三部作のひとつ「それから」1985年に松田優作氏主演で映画化もされているこの作品は、主人公の代助と友人・平岡の対照的ともいえる人生を描いています。

2人はことあるごとに酒を飲んでは自身の今考えていることについて議論をするのですが、始める前に、代助は平岡のことをこう描くのです。

「平岡は酔うに従って、段々口数が多くなって来た。この男はいくら酔っても、中々平生を離れない事がある。かとおもうと、大変に元気づいて、調子に一種の快楽を帯びて来る。」

2人の間には日本酒やビールの瓶が置かれたりして、物語の中で幾度も議論を重ねます。

又酒を呑んで本音を吐こうか、と平岡の方からよく云ったものだ。」と、代助は友人との昔の思い出にひたります。

物語の中で、この平岡の妻・三千代に代助は思いを寄せてしまうのです。三千代と3人で酒の席にいると、平岡は切々と願います。

「今日は久し振りに好い心地に酔った。なあ君。君はあんまり好い心地にならないね。どうも怪しからん。僕が昔の平岡常次郎になっているのに、君が昔の長井代助にならないのは怪しからん。」

代助にも同じだけ酔ってくれ、と願う姿は、少し哀愁が漂っています。

現代の私たちも、お酒が入れば話せることというのは、確かに存在するかと思います。人間同士のつながりの一端を担う「酒」の姿を、漱石はよくとらえていたのではないでしょうか。

酒なんか飲む奴は……!「坊ちゃん」

次にご紹介するのは、漱石の有名な作品のひとつ、「坊ちゃん」。こちらは、ほとんどすべてと言っていいほど、お酒に関する表現がありません。主人公は強気で頑固、一本気な性格だということが描かれていますから、送別会に参加をすすめられた折、「飲む」ことに対しては、こんな持論を展開します。

「送別会は面白いぜ、出て見たまえ。今日は大いに飲む積りだ」

「勝手に飲むがいい。おれは肴を食ったら、すぐ帰る。酒なんか飲む奴は馬鹿だ」

酒飲みとしては「ひどい……!」と思わず抗議の声をあげてしまいそうになりますが、その後に文章はこう続きます。

「君はすぐ喧嘩を吹き懸ける男だ。なるほど江戸っ子の軽佻な風を、よく、あらわしてる。」

つまり、夏目漱石にとってこの「酒なんか」というセリフは、主人公の特徴を大いに表現するために使ったものだということがわかります。実際にこのあと送別会に参加もするのですが、酔っぱらった周りの人々を見て、どことなく手持無沙汰になってしまう様子が描かれており、酒への意識を、人柄を表すことに使う漱石の描写には、感服してしまいます。

酒は百薬の長「吾輩は猫である」

最後に取り上げるのは、書き出しの有名な「吾輩は猫である」。猫の吾輩の苦沙弥先生の物語なのですが、ある日、吾輩(猫)が苦沙弥先生の日記を見ると、こんなことが書いてあるのです。

「神田の某亭で晩餐を食う。久し振りで正宗を二三杯飲んだら、今朝は胃の具合が大変いい。胃弱には晩酌が一番だと思う。タカジヤスターゼは無論いかん。(中略)余は年来の胃弱を直すために出来る限りの方法を講じて見たがすべて駄目である。ただ昨夜寒月と傾けた三杯の正宗はたしかに利目がある。これからは、毎晩二三杯ずつ飲むことにしよう。」

この先生、胃が弱いことに悩まされているのですが、効くのは胃薬ではなく、二三杯の日本酒「正宗」だと書いています。少し言い訳じみて聞こえないこともないですが、二三杯の晩酌が、心にも安心をもたらすさまは想像できますね。

そして、この主人公の先生は、漱石自身がモデルだとも言われています。漱石も胃が弱いことに長く悩まされ、神経性の胃炎も患っています。そんな漱石にとって、日本酒の二三杯は、ストレスを和らげてくれる存在だったのかもしれません。

いかがでしたでしょうか? 最後に触れたとおり、夏目漱石という人は胃が弱く、お酒も大量には飲めなかったようです。しかし、だからこそ人とお酒を呑んで話す楽しさ、大勢で飲んで騒ぐことを冷静に見つめる目、そして、二三杯のおいしい日本酒のありがたさを、大切にし、それが小説にも反映されていると、私は思います。ぜひ、みなさま秋の夜長にお気に入りの日本酒と一緒に夏目漱石の小説を味わってみてくださいね!

次回は、夏目漱石と同時代に活躍した作家の「お酒」に関する表現をとりあげます。お楽しみに!

<参考文献>
・作家用語索引 夏目漱石 第五巻 1984年 教育社
・作家用語索引 夏目漱石 第六巻 1984年 教育社
・吾輩は猫である 夏目漱石 2003年 新潮文庫