「造りの最盛期の2月に来てみてください!」
と、蔵元のご息女、知佐さんからお誘いを受け、茨城県古河市にある青木酒造へ行ってきました。蔵の代表銘柄は「御慶事」というなんともおめでたいブランドで、地元を中心に販売しています。
御慶事との出会いは、昨年10月。三鷹のとある居酒屋。酒に詳しい店のご主人が、青木酒造の杜氏と懇意にされているらしく、「都内ではほとんど飲めない貴重な酒」ということですすめてくれました。最初はその希少性に惹かれただけでしたが、飲んでみてなるほど、おすすめされた理由がわかりました。
うまい!
肴との相性はもちろんのこと、造りがしっかりしているため、多少の重い食事にも合う。それでいて品が良く古くさくない。一瞬で御慶事のファンになりました。しかも、本当に良いご縁があり、ちょうどその居酒屋で「御慶事の会」を近々やる、というのです。「それは行かねば!」と、即予約して参加しました。
そこで青木酒造の青木知佐さん、杜氏の箭内さんと初めてお会いしました。二人のお人柄はとても気さくで人情味があり、知佐さんはとにかく明るく元気いっぱいの器量好し。杜氏は古風で寡黙、と思いきやユーモアたっぷりのお話し上手。しかも良い酒を造ることに対しての強い情熱がひしひしと伝わってきました。
たちまち青木酒造のファンになったということは言うまでもありません。その場で蔵見学にお誘いいただき、今回の蔵訪問が実現したのです。
創業170年。地元に愛され古河と共に歩んだ青木酒造
「茨城って遠いよね?」東京・多摩地域に住む私が訪問を決めたとき、最初に思った感想です。
古河市は、埼玉県、栃木県、群馬県との県境にあり、都心から約1時間くらいで、東京北部であれば十分通勤圏内なのです。しかも、青木酒造は古河駅から徒歩5分くらいと近く、都内からとてもアクセスの良いところにありました。
蔵のたたずまいは、やはり歴史を感じます。創業170年と、全国の蔵の中では決して古くはありませんが、地元に愛され、古河と共に生き抜いてきた風格のようなものを感じます。
母屋を抜けて敷地の奥に行くと、少し広めの空間が現れます。ここには一番古くからあったメインの醸造蔵があったのですが、昭和30年代に奥に作った新しい蔵への導線を作るために取り壊されてしまったそうです。それを語る蔵元の少し残念そうな表情が印象的でした。
しかし、その昭和30年代に建てたという新しい醸造蔵が驚きの建築物でした。
昭和30年代から使われている5階建の縦型醸造ライン
それは、かなり珍しい5階建の縦型の醸造ライン。
建物全体が一体型の醸造ラインになっていて、酒米と仕込み水を最上階にポンプで上げて、5階で洗米と浸漬を行います。
そこから下に向かって4階で米と水の分別し、浸漬タンクから酒米のみを下の階の蒸し器に入れます。
3階で蒸米
2階で放冷
1階でタンク投入を順に行っていきます。
醸造タンクの真上に位置している2階で、蔵人たちはそこで酒造りを行います。
今は普通酒と純米酒の製造にのみ使われているそうです。縦型のこういった醸造ラインを見たのは初めてで、なにより昭和30年代にこれほど効率化がなされた建物があったことに驚きました。
当時の社長が研究を重ねて、この醸造ラインの導入を決めたそうです。こういった建物を専門に建てる会社があったかどうかわかりませんが、費用はもちろん、建てるのにも大きな苦労があったことでしょう。
ちなみに吟醸系の酒造りは、2階テラスにて洗米・浸漬を行った後、蒸米、放冷を経て蔵人自らタンクへ運びこみます。
昔ながらの季節醸造を守り続ける伝統的な酒造り
この醸造蔵以外に、昔ながらの開放タンクが並ぶ貯蔵蔵もあります。
こちらは江戸時代から修復を繰り返し残っているもので、現在はほぼ使われておらず、柱や壁も昔のままで、壁のあちこちに日付と名前が書かれていました。造りに来てくれた蔵人が記念に書き残していかれるそうです。まさに蔵の歴史を感じることができる場所です。
今では年間を通して醸造している蔵も増えましたが、青木酒造は今も季節醸造。造りの始まる少し遅めの11月になると、岩手や福島から蔵人が手伝いに来てくれます。これも珍しいのですが、関東圏ではさまざまな流派の杜氏が活躍されていますが、青木酒造は関東圏ではいち早く南部杜氏を呼び、酒造りをしてきました。歴代社長の挑戦心や良い酒造りをしようとする想いが伝わってきます。それが知佐さんや杜氏にも伝わっているのかもしれません。
城下町の小さな蔵で醸された地元民の愛する酒を試飲
そして蔵見学の最大のお楽しみ、試飲です。
向かって右から、
・御慶事 寒造り新酒
・御慶事 本醸造原酒
・御慶事 特別純米 日本晴
・御慶事 純米酒(※出荷前のためラベルが貼られていません)
・御慶事 純米吟醸 ふくまる(茨城の飯米「ふくまる」を使った酒)
・御慶事 純米吟醸
・御慶事 大吟醸 全国新酒品鑑評会 金賞受賞酒大吟醸出品酒
です。
大吟醸出品酒のうまさはダントツでしたが、個人的な好みとしてはやはり純米吟醸です。
純米吟醸は本年度の新酒が先日販売されたとのことですが、このときはSAKE COMPETITION 2015「純米吟醸部門」で3位になった年のものを試飲しました。香りはややメロン香があるものの、強すぎず、旨みのバランスが絶妙で飲み飽きません。
本醸造原酒は、本醸造の概念を変えてくれる素晴らしい出来です。低精米でありながら雑味も少なくスッキリとしていて綺麗なお酒です。出荷前に一足早く純米酒を飲めたのは、蔵見学ならではのサプライズです。
御慶事は今後、少しずつ東京へも進出される予定です。ただ、出荷量が多くないため、しばらくは希少なお酒のままになりそうです。
古河の街並みも散策しましたが、城下町らしく景観が美しく、とても落ち着きがあり、時間の流れがゆっくりで居心地の良い街でした。酒飲みとしては酒蔵に注目しがちですが、街があっての蔵であり、蔵を見学するうえで、その街を知ることは、より蔵を知ることにつながるんだと、改めて実感した旅でした。
こんな近場に、隠れた銘蔵があることに驚きと喜びがありましたが、もっと他にもこういった小さな銘蔵がたくさんあるかもしれないと思うと、ワクワクしてきます。街と人と時間とがとても調和した素晴らしい「古河」。
みなさんもぜひ一度、この街とこの街で唯一の酒蔵を訪れてみてください。
(文/馬渡 順一)
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