東日本大震災の津波で蔵が壊滅的な被害を受け、やむなく仮設蔵で細々と酒造りを続けてきた宮城・佐々木酒造店が、ついに創業の地・名取市閖上(ゆりあげ)地区に新しい酒蔵を完成させました。

今回は、10月から8年半ぶりに創業の地で酒造りを再開させる新しい蔵を訪問。これからの酒造りに意欲を燃やす、佐々木酒造の専務・佐々木洋さんと、杜氏・佐々木淳平さん兄弟の熱い思いをお伝えします。

兄の専務・佐々木洋さん(右)と、弟の杜氏・佐々木淳平さん(左)

兄の専務・佐々木洋さん(右)と、弟の杜氏・佐々木淳平さん(左)

難航した復興計画の末、念願の再建へ

2011年3月11日に発生した東日本大震災。閖上を最大8.5メートルの津波が襲いました。その甚大な被害から、流された住宅や工場などを元の場所に再建するのか、他地区へ移転するのかで住民の意見が分かれ、復興計画も難航します。

現地の区画整理が決まったのは震災の2年半後でした。その後、すべての土地を3メートルかさ上げする工事が始まり、ようやく2017年末に土地区画整理事業が完了したのです。

宮城県名取市閖上で日本酒を醸す佐々木酒造の商品を並べた写真

震災の直後に「いつか必ず閖上に戻って、酒造りを再開させる」と決意を固めた洋さん。津波による甚大な被害から、町の復旧は「10年、あるいは20年先になるのでは」と心配していたそうですが、「区画整理が完了した土地を見て、ようやく帰れるんだと実感した」と話してくれました。

かわまちてらす閖上

閖上地区では学校や集合住宅の建設が進む一方で、観光客向けの商業施設「かわまちてらす閖上」が今年4月末にオープンしました。仙台からの日帰り客で、連日賑わいを見せています。

佐々木酒造店の新しい酒蔵は、「かわまちてらす閖上」の通りをはさんだ場所に完成しました。

宮城県名取市閖上・佐々木酒造店の復活蔵外観写真

落ち着いた印象を受ける黒壁の醸造棟は、総床面積757㎡の鉄骨2階建て。全体に空調が完備されており、部屋ごとに室温を設定できます。入り口には蔵人の服に付着したゴミを取り除くエアシャワー室もあり、ここを通らないと入れない仕組みです。

作業の動線に配慮された設計の内部に入ると、真新しいステンレスタンクが並んでいます。圧搾機は仮設蔵から佐瀬式を運んできましたが、新たに薮田式も購入。欧州製のワイン用瓶詰め機も新たに導入しました。

「全国の酒蔵さんから提供していただいた仮設蔵の設備は運んできましたが、より美味しい酒を造るために必要な設備はできるだけ新たに揃えたつもりです」と洋さんは話します。

創業の地・閖上で酒を醸す喜び

新しい蔵に移ることで、酒造りはどのように変わるのでしょうか。淳平さんは次のように話します。

杜氏の佐々木淳平さんと、日本酒の写真

「仮設蔵では倉庫のような広い空間にすべての設備を並べていたので、温度管理にとても気を使いました。仕込んでいる醪の温度を10度前後にしておきたいのに、ボイラーを使うと蔵の中の室温がみるみるうちに上がってしまうんです。屋根に直射日光が当たるだけで室温が20度になってしまうこともあり、仕込みタンクに冷水ジャケットを回して対応していました。新しい蔵では、これらの悩みを解消できたのが大きいですね。

また、圧搾機が2台体制になるので、醪の経過を見ながらベストなタイミングで搾れることも魅力のひとつです。最新の圧搾機が入るので、人気が高いガス感のある無濾過生原酒の商品化も予定しています。3季醸造でゆっくりと余裕を持った造りができるので、これからはいろんなお酒に挑戦したいですね」

宮城県名取市閖上・佐々木酒造店の蔵人の集合写真

一方、洋さんは創業の地・閖上に戻ってきた意義をあらためて噛み締めています。

「うちの看板銘柄である『宝船 浪の音(ほうせん なみのおと)』は、波の音が聞こえる場所で醸してこそ意味があるんです。創業の地に戻ってくることができたので、もう一度『宝船 浪の音』を主力に据えていきたいと思っています。デザインも一新し、蔵のフラッグシップとなるお酒を『宝船 浪の音』で商品化するつもりです。

当初は、閖上を強く前に出したお酒にしようと思っていました。しかし、多くの名取市民の応援をいただいて、名取市の地酒であり、宮城の地酒であることも意識して、地元の特産品と相性の良いお酒を造っていこうと考えています」

宮城県名取市閖上・佐々木酒造店の販売棟の外観写真

醸造棟に隣接する販売棟に入ると、お酒を保管する冷蔵ケースのほかにカウンターもあり、その場で試飲ができるようになっています。

とれたてのシラスやかまぼこなどのおつまみも提供し、「漁師が仕事を終えて、帰り際に一杯飲んでいくような閖上の原風景」の再現を意識しているのだそう。復興した閖上に住む人々が、地酒を通して交流する場所を目指しています。

「一歩目の酒」の完成はもうすぐ

宮城県名取市閖上・佐々木酒造店の佐々木洋専務と、佐々木潤淳平氏杜氏

10月1日に式典と蔵開きを行い、いよいよ閖上での再スタートを切ります。醸造現場の見学を予約制で受け入れるほか、販売棟にあるイベントスペースを使用して、閖上が元気になるよう積極的に情報発信をしていくとのこと。

「一歩目の酒」となる第一号の新酒が産声を上げるのは11月下旬ごろ。クラウドファンディングサイト「Makuake」にて、「復活蔵で醸す最初の日本酒」の限定販売を11月18日まで受け付けています。

「ぜひ、復活したお酒を飲みに来てください」と、目を輝かせながら話す2人。閖上の大地を一歩一歩踏みしめながら、佐々木酒造店は再び走り出します。

(取材・文/空太郎)

◎蔵開き概要

  • 佐々木酒造店 蔵開き
  • 開催日:2019年10月1日(火)
  • 内容:販売棟での日本酒販売, お振る舞い酒の提供(無料)
  • 備考:当日、4合瓶1本以上のお買い上げで、「宝船 浪の音」お猪口プレゼント(先着)

◎クラウドファンディング概要

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