日本酒を飲んでいて、「斗瓶取り(とびんどり)」という言葉を聞いたり、ラベルに書いてあるのを見たことがあるでしょうか? この「斗瓶取り」というのは、数ある日本酒の中でも、特に"希少"なお酒なんです。
「斗瓶取り」と関係が深い「上槽」という酒造りの工程と合わせて、解説していきます。
日本酒の斗瓶取りとは?
日本酒は、米・米麹・水を酵母によって発酵させて造ります。こうしてできあがったものを醪(もろみ)と呼ぶのですが、この醪を"搾る"ことで液状部分と固形成分に分けると、日本酒ができあがります。
そして、醪を搾って抽出するお酒を「斗瓶(とびん)」と呼ばれる容器で少しずつ集める方法のことを「斗瓶取り」といいます。
斗瓶取りは一般的に、「酒袋」という大きな布袋に醪をいれ、それを吊るすことで、外圧ではなく醪そのものの重みによって自然と滴り落ちるお酒を集める際に用いられます。この方法でとれるお酒は少量のため、高級酒などに用いられることが多いです。
このように醪を搾る作業のことを上槽(じょうそう)といい、この工程を経ることで初めて清酒ができあがります。ちなみに、上槽をしないお酒は、酒税法の区分では"清酒"ではなく"どぶろく"になるんですよ。
また、斗瓶取りには様々な呼称があります。よく耳にするのは「斗瓶囲い」。また、袋を吊るして搾ることは「袋吊り」「吊るし酒」、袋からお酒が滴る様子から「雫酒」「雫取り」などと呼ばれたりします。同じの工程でも、蔵ごとにその呼び方が違うのは興味深いですね。
斗瓶取りの味わいは?
斗瓶取りは"醪の自重"でお酒をじっくり搾るため、余分な成分が押し出されることなく、華やかな香りや繊細な味わいになります。
さらに、斗瓶取りのメリットは、良質な味や香りだけではありません。ひとつの斗瓶に入るお酒の量が限られているため、斗瓶ごとに少しずつ異なる酒質となります。つまり、そもそも良質なお酒ができる斗瓶取りの中でも”特に美味しいところ”だけを取り分け、商品化することができるのです。こうして選りすぐったお酒が、鑑評会などに出品されることが多いようです。
また、大きなタンクを使用するのと比べて
- 空気に触れる量が少ない
- 火入れ後の冷却期間が短時間ですむ
- 瓶ごと冷蔵庫に入れられる
など、貯蔵に関してのメリットもあります。
その他の上槽方法の特徴は?
現代の酒造りにおける上槽は、大きく4つの方法で行われます。
- 「薮田式ろ過圧搾機 (通称:ヤブタ)」という機械を使う方法
- 「佐瀬式圧搾ろ過機 (通称:槽)」という、伝統的な搾り機を使う方法
- 近年開発された「遠心分離機」を使う方法
- 酒袋を吊るして搾る方法
先にご紹介した「斗瓶取り」は、4番目の方法ですね。
・槽による上槽
昔ながらの上槽方法。「斗瓶取り」と同じように醪を酒袋に移し替え、槽にその酒袋を並べて上から圧力をかけて搾ります。酒袋をひとつひとつ槽に並べていく作業は、かなりの重労働。しかし、丁寧に時間をかけて搾るため、お酒の特色がよく出たり、搾ったタイミングによって「荒走り」「中取り」「責め」などと味わいが変わるのが魅力です。
・ヤブタによる上槽
現在ではもっとも一般的な手法。大きな「ろ板(お酒を漉すためのフィルタがついた板)」がアコーディオンのように並んだヤブタに醪を注入し、そこに空気を送ることで醪がフィルタに押しつけられ、圧搾されます。上槽後にろ板をひらくと、そこに酒粕が付いて残ります。
ヤブタでの上槽は、タイミングによる味の違いが少なく、最初から最後まで安定した酒質が得られます。また、酒袋を並べる手間がなないため槽搾りや斗瓶取りとくらべて手軽だったり、ろ過圧搾中に空気に触れにくいという利点もあります。
・遠心分離機による上槽
近年に登場した新しい手法です。醪を「遠心分離機」という装置に入れ、強い遠心力をかけることで、液状成分(清酒)と固形成分(酒粕)が分離されます。メリットとしては、酒への過度な負担が少ないこと、ヤブタや酒袋を使うよりも成分がより細かく分離されること、密閉されるので香りが飛びにくいことなどが挙げられます。一方で、遠心分離機は高価なため、商品の販売価格が高くなってしまったり、槽のように「荒走り」「中取り」「責め」などの酒質の変化が楽しめないという側面もあります。
上槽方法による酒粕の違い
上槽によって残る固形成分は「酒粕」です。栄養豊富な酒粕には、高血圧予防、肝障害予防、抗アレルギー作用などがあるとされ、健康食としても注目されていますよね。酒蔵のイベント等で販売される酒粕はとても人気があり、すぐに売り切れてしまうこともあるとか。
そんな酒粕には上槽方法によって、いくつか種類があるのです。
・板粕
ヤブタから取れる、板状の酒粕。スーパーなどでも見かける最も一般的な酒粕で、その多くが酒の仕込みが行われる冬場に出回ります。
・バラ粕
槽で上槽したものや板粕の形が崩れたものです。板粕と成分に違いはありませんが、多少お手頃な価格で出回るようです。板粕と比べて溶かしやすいので、粕汁などに最適です。
・吟醸粕
袋吊りで上槽したものや、槽で軽く搾ったあとに取れる酒粕です。これらは上槽時にかかる圧が少ないため、クリーミーでとろりとしています。成分も多く残っており、そのぶん香りや旨味も豊富です。
・ねり粕(奈良粕、踏み込み粕)
板粕やバラ粕を、足で踏むなどして空気を抜き、熟成させたものです。夏まで熟成させてから出荷されるものが多く、熟成によって色は濃くなり、味も濃厚になります。主に奈良漬に使われますが、板粕やバラ粕同様、料理に使ってもOKです。
お米や水などの原料の違いだけでなく、作業工程のひとつである上槽の違いによっても、お酒や酒粕の味わいが変わってくるというのは興味深いですよね。こういった違いはラベルに書かれていることも多いため、ぜひ日本酒を飲むときに少し気にしてみてください。また、酒蔵見学に行った際にも、搾り方の違いに注目すると、より楽しめるはずですよ。