海外輸出の拡大などのうれしいニュースがある一方で、国内市場は縮小傾向にあり、ひとつの転換期を迎えている日本酒産業。そんな中で、日本酒の魅力をさらに広めようと、新しい取り組みに挑戦するプレイヤーが少しずつ増えてきました。

連載「編集長レポート」では、編集長を務める小池がいま注目している、"日本酒の未来をつくる人"を取材し、そのことばを通して日本酒のこれからについて考えていきます。

第4回のインタビュー相手は、株式会社Agnaviの代表取締役・玄成秀(げん・せいしゅう)さん。同社は2020年に創業した若いベンチャー企業で、日本酒缶のオリジナルブランド「ICHI-GO-CAN®︎」を展開しています。

株式会社Agnaviの代表取締役・玄成秀さん

日本酒の容器といえば、四合瓶や一升瓶などのガラス瓶が一般的ですが、「缶」のメリットや魅力はどんな点にあるのでしょうか。

いま、小容量の日本酒が求められている

株式会社Agnaviが日本酒缶の事業を本格的にスタートしたのは、2020年のこと。きっかけになったのは、同年に実施したクラウドファンディングでした。

当時、コロナ禍の影響によるさまざまな規制により、全国の酒蔵が思うように商品を販売できず、苦しんでいました。玄さんは、そんな酒蔵を支援しようと、東京農業大学や日立キャピタル(現・三菱HCキャピタル)とともに、クラウドファンディングをスタートしました。

結果、2,500万円以上の支援が集まり、プロジェクトは成功。しかし同時に、玄さんは日本酒の容器に関する課題を感じたと話します。

株式会社Agnaviの代表取締役・玄成秀さんが酒蔵を訪問した時の様子

「クラウドファンディングは成功しましたが、支援者の方々から『複数の酒蔵を応援したいが、四合瓶を何本も買うのは難しい』という声をいただきました。確かに、ふつうの家庭では、四合瓶や一升瓶を何本も保管して飲み切るのはハードルが高い。いろいろな種類の日本酒を少量ずつ販売することの需要を感じました」

そんな折、缶容器メーカーの業界大手である東洋製罐から、日本酒の一合缶について相談を受けました。「これだ!」と感じた玄さんは、事業として本格的にスタートすることを決意。日本酒の一合缶を専門に販売するオンラインショップをリリースし、その翌年には、東洋製罐との協業で一合缶の充填事業も開始しました。

「ICHI-GO-CAN®︎」のイメージ写真

「瓶という容器を否定するのではなく、選択肢が瓶しかないという状況が良くないと感じていました。例えば、ビールが缶でも瓶でも楽しまれているように、シーンや目的に合わせて選べることが大事。この事業を通して、日本酒の一合缶の存在価値を高めていきたいと思いました」

缶容器は、軽くて環境にやさしい

缶という容器には、どんなメリットがあるのでしょうか。玄さんは、以下の10項目を挙げています。

  • リサイクルしやすく、環境にやさしい
  • 日本酒を劣化させてしまう紫外線をカットしてくれる
  • 軽くて持ち運びに便利
  • 収納しやすく、場所を取らない
  • 缶のまま、湯煎することができる(=燗酒をつくることができる)
  • 割れない
  • 知名度の低い少量生産の日本酒でも、手に取ってもらえる
  • 高級な日本酒も、少量であれば手に取ってもらえる
  • 厚生省が推奨する一日のアルコール摂取量が20グラムと、日本酒換算でちょうど一合分
  • 日本の伝統的なカップ酒の文化を継承できる

この中で玄さんが特に強調するのは、ガラス瓶に比べて環境にやさしいという点です。

「アルミ缶のリサイクルにかかる費用は、ガラス瓶の約半分程度です。また、容器の重量についても、ガラス瓶(一合)の約420gと比較してアルミ缶(一合)は約210gと、こちらも約半分程度。同じ容量あたりの配送重量をおよそ半分に抑えることができるため、CO2の排出量も少なくなります。ガラス瓶と比べてデッドゾーンが少ないため、積載効率が高いこともメリットですね」

缶の日本酒が店頭に並んでいる様子

また、日本酒の一合缶は、新しい飲用シーンの提案にもつながると話します。

「ガラス瓶よりも軽く、持ち運びやすいため、キャンプや登山などのアウトドアシーンにも便利です。とっくりやおちょこなどの酒器も不要ですぐに飲めるので、新幹線や電車など、旅行の道中や出張の帰路で日本酒を楽しみたい時にもぴったりです。将来的には、そうしたシーンでビールを2缶買っていた人が、ビールと日本酒を1缶ずつ買ってくれるような光景を目指しています」

多くのメリットがある缶容器ですが、これまで、どうして広まらなかったのでしょうか。

「もっとも大きな理由は、設備投資のハードルです。アルミ缶の充填設備は非常に高価で、必要とされるロット数が大きいため、中小企業が多い日本酒業界においては、酒蔵ごとに設備を導入するのは難しい現実があります。その課題を解決するために、Agnaviは共同設備として年間200万本を充填できる工場を立ち上げ、複数の酒蔵の充填ニーズに対応しています」

「ICHI-GO-CAN®︎」のイメージ写真

「全国にはたくさんの日本酒がありますが、消費者の方々が自身の好みに合ったものを選ぼうとする時、失敗したくないという気持ちから、"有名な銘柄"が選択されることがほとんどです。知らない銘柄を手に取っていただくためには、試しやすい容量を提案することが必要。日本酒の一合缶は、これまで知られていなかった日本酒の魅力を伝える手段のひとつとして、大きな可能性を秘めています」

缶容器が、日本酒の飲用シーンを広げてくれる

玄さんへのインタビューを通して、缶容器にはたくさんのメリットがあることがわかりました。今後、現在の主流であるガラス瓶がアプローチできなかった、新しい飲用シーンの開拓に期待が高まります。

たとえば、玄さんも話していた、キャンプや登山などのアウトドアシーンに代表される、屋外で日本酒を楽しむシチュエーション。軽くて持ち運びしやすい、割れにくい、さらにゴミとして処分しやすいといった缶独自の特徴は、こうした場面で大きな魅力となるでしょう。

加えて、自宅で日本酒を楽しむ場面においても、缶容器はその魅力を発揮します。日本酒の一升瓶や四合瓶は、現在の生活様式に100パーセント寄り添っているとは言えません。たとえば、保管の問題。日本酒の種類によっては冷蔵保管が必要なものもありますが、一升瓶や四合瓶を家庭用の冷蔵庫に入れると大きなスペースを占めてしまいます。

もちろん、友人や知人とみんなで集まって日本酒を楽しむ場合など、容量の大きい一升瓶や四合瓶が適したシーンはありますが、自宅で日本酒を楽しむ場面においては、缶ビールや缶チューハイのように、カジュアルな選択肢としての缶の日本酒もあるべきだと思います。

「ICHI-GO-CAN®︎」のラインナップ

缶の日本酒が浸透し、さまざまな種類の日本酒をさまざまなシーンで気軽に楽しめるようになれば、消費者が新しい商品を試せる機会が増え、酒蔵の規模や人気に関係なく、たくさん酒蔵に消費者との新しい接点が生まれる可能性があります。今後、缶の日本酒がどのように広まっていくのか、注目したいと思います。

(取材・文:SAKETIMES編集長 小池潤)

編集部のおすすめ記事