2022年4月、「獺祭」の旭酒造が、メジャーリーグベースボール(MLB)のプロ野球チーム「ニューヨーク・ヤンキース」と、2022年度・2023年度の公式スポンサー契約を締結しました。

今回のスポンサー契約によって、ヤンキースの本拠地であるヤンキー・スタジアムに「獺祭」のロゴなどが掲出されるほか、プレミアムシーティングエリア(一部)にて、「獺祭」が提供されるとのことです。

ニューヨークで酒蔵の建設を進めている「獺祭」にとって、ひいては日本酒産業にとって、この契約はどのような意味があるのでしょうか。旭酒造の代表取締役社長である桜井一宏さんに話を伺いました。

「獺祭」旭酒造 代表取締役社長 桜井一宏さん

「獺祭」旭酒造 代表取締役社長 桜井一宏さん

日本酒は、世界に出ていかなければならない

— ヤンキースとのスポンサー契約に至った経緯を教えてください。

桜井さん:スポンサー契約の話をいただいたのは昨年の秋ごろでした。ヤンキースの関係者から、ニューヨークに酒蔵を建てるなら、ヤンキースとスポンサー契約をしないかという話をいただきまして。

私たちにとっては、ニューヨークということに大きな意味がありました。実際、スポーツチームからお声かけいただくことはこれまでにもあったのですが、今回の契約を決断した背景には、ニューヨークのチームということが大事でした。

ニューヨークに酒蔵を建てる前から、「獺祭」の輸出にとってニューヨークは大事な地でした。私自身、何十回も、もしかしたら100回に届くくらい現地に行って営業活動をしてきましたが、ニューヨークには世界中から人々や文化が集まり、その中で新しいものが生まれ、世界中に発信されていきます。

そんな都市は世界に数えるほどしかありません。「獺祭」もそんな地で広がり、それが世界中に届いていった。そんなニューヨークからのオファーだからこそ、だったんです。

ヤンキー・スタジアムの様子

ヤンキー・スタジアムの様子

— 商習慣の異なるアメリカの球団との交渉を進める中で、難しい点はありましたか。

桜井さん:特にありませんでした。私たちは「獺祭」をスタジアムという場所でいかに良い状態で飲んでもらうかという1点のみについて交渉したので、交渉のラインが決まっているという点で難しさはありませんでした。

— スポンサー契約によって、旭酒造にはどんなメリットがあると期待していますか。

桜井さん:日本酒を知らない方々、または、飲んだことはあるけれど、いわゆるホットサケしか飲んだことがない方々が、日本酒というものを知り、飲んでみようと興味を持つきっかけにしたいと思っています。そういう意味では、いまヤンキースに日本人選手がいないというのはチャンスかもしれません。

日本人選手が好きだから(=日本が好きだから)という理由で観戦する方々ではなく、シンプルに野球が好きで、かつ良いものにきちんと対価を払えるような、精神的にも金銭的にも成熟している方々に「獺祭」を知ってほしい。だからこそ、今回はスタジアムのプレミアムシーティングエリア(一部)で「獺祭」を提供していただくことになりました。

— 現地ならではの特別な提供方法などは検討していますか。

桜井さん:基本的にはワイングラスで提供してもらうようにお願いしています。食事については、あまり注文はしていません。もともとスタジアムで提供されていたフィンガーフードやパーティフードといっしょに楽しんでいただく形になると思います。ホットドッグだったり、カナッペだったり、チーズだったり......そこは自由にやっていただいてOKだと考えています。

ただ、日本酒の保存環境についてはきっちりやっています。先日、うちの社員が現地に行って、どういう冷蔵庫でどういう保管をしているか、確認してきました。

今後、「獺祭」が入ったことによって、日本酒に合わせた和食系のメニューが追加される可能性はゼロではないと思いますが、こちらとしては、それを推そうとは考えていません。日本酒はまだまだ和食のお供として語られることが多いですが、日本酒を広げていくためには、そこから先のところへ踏み込んでいく必要があります。

現地のニーズに過度に迎合するわけではなく、かといって、従来の日本のイメージにこだわるわけでもなく、日本というバックグラウンドを背負った上で現地の文化に溶け込んでいくことが重要です。

もちろん、ヤンキー・スタジアムで和食が提供されるのも、おもしろいと思いますが(笑)。

ヤンキー・スタジアムの様子

ヤンキー・スタジアムの様子

— 日本の酒蔵が、MLBの球団とスポンサー契約を締結したことは、日本酒全体にとってどんな意味があると考えていますか。

桜井さん:世間では日本酒ブームと言われますが、まだまだそんな状況にない。日本酒はこれから世界に出ていかなければならない。そのためには、今までの「日本酒」や「日本食」という枠を越えたところにも出て行って、そこで認めてもらう必要があります。その前線基地のひとつがニューヨークの酒蔵なんですが、現地の方々とのコミュニケーションの手段として、今回のスポンサー契約があります。

また、この契約が、私たちだけではなく、他の酒蔵が「まだまだやるぞ」と思うきっかけのひとつになってほしいです。このパートナー契約がうまくいくかどうかはわかりません。もし失敗してしまったら、それはそれで、「獺祭がこんなふうにやったのであれば、こちらは別の方法でやってみよう」と、その失敗を活用して違うアプローチで挑戦してくれれば良いのです。

いま、日本酒がさまざまなアプローチで攻めていかなければならない時期だからこそ、国のバックアップを前提に護送船団方式で取り組むのではなく、やる気のある酒蔵がそれぞれのアプローチで新しい市場と文化をつくっていく。偉そうな言い方かもしれませんが、そのきっかけをつくりたいですね。

取材を終えて

日本国内の酒蔵がアメリカのプロスポーツチームとスポンサー契約を締結。編集部の知るかぎりでは過去に例を見ない新しい挑戦に、強い期待を抱いた関係者やファンも多いことでしょう。

桜井社長に話をお伺いすると、自社の成長だけでなく、日本酒全体の市場拡大にも大きく寄与する動きであることがわかってきました。「獺祭」は、これからも、日本酒の海外展開を牽引していくでしょう。

ニューヨークに建設中の酒蔵は、6月に酒蔵としての建物が完成し、排水処理の設備などが整うのが10月ごろとのこと。年内には酒造りをスタートする想定だそうです。これからも「獺祭」の動きから目が離せません。

(執筆・編集/SAKETIMES編集部)

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