広島県竹原市の藤井酒造は、2021年度の造りから代表銘柄「龍勢」の生酛造りの割合を増やし、「将来的に全量生酛造りを目指す」と表明しました。

「生酛」という醸造方法は、藤井酒造にとって、どのような意味を持っているのでしょうか。そして、なぜ、今、そのような決断に至ったのでしょうか。

藤井酒造 専務である藤井義大(ふじい のりひろ)さんにお話を聞きました。

酒蔵ならではの個性を生み出す「生酛」

2008年(H20BY)から生酛造り復刻の取り組みをはじめ、年々その仕込み本数を増やしてきた藤井酒造。昨シーズンまでは全体の30%ほどでしたが、2021年10月の造り(R3BY)から倍以上の70%を生酛造りに切り替え、「2024醸造年度までに全量生酛での仕込みを目指す」といいます。

生酛造りとは一般的に、「『山卸し(やまおろし)』と呼ばれる酛摺り(もとすり)を行いながら、乳酸菌による乳酸発酵を取り入れた酒母で仕込む造りのこと。ところが、藤井酒造では生酛造りを「蔵付きの硝酸還元菌、乳酸菌、酵母等で醸す造り」と、さらに厳密に定義しています。

藤井酒造の生酛造りの様子

藤井酒造で行われる酛摺りの様子

「生酛造りでは、自然から取り入れた乳酸菌が乳酸を生成し、酒母の中の不要な雑菌を死滅させます。つまり、生酛造りとは、自然淘汰を活用した醸造方法であり、本当の意味でその蔵の環境を生かした味わいを造る手段です。

その蔵ならではの味わいを出す微生物として、蔵付き酵母がよく挙げられますが、乳酸菌や硝酸還元菌も、たとえば、広島と東北地方のものでは少し違うかもしれない。酵母も無添加の生酛を用いることで、地元の竹原でしか造れない唯一無二の味を出せるのではないかと考えています」

今シーズンの造りではまだ一部に「きょうかい酵母(日本醸造協会が頒布する純粋培養した清酒酵母)」を使っていますが、いずれは一切添加せず、「蔵付き酵母だけですべての酒造りを行う」と宣言する藤井さん。

仕込みに使われていない旧蔵で、広島県食品工業技術センターの協力を得ながら、きょうかい酵母の遺伝子を組まない酵母の培養に取り組んでいます。

流行に流されず、100年先に繋げるために

藤井酒造らしい味わいを造ることを目的に、生酛造りへと大きく舵を切った藤井酒造。次期蔵元でもある藤井さんは、8年前に実家である藤井酒造へ帰ってきたときから、生酛造りの重要性を主張し続けていたといいます。

藤井義大さん

藤井酒造 専務・藤井義大さん

「流行りの味わいのお酒を造ろうとすると、どこも味が似てしまうことが、どうしても気になっています。私が蔵へ帰ってきたころは、華やかで甘みがあり、渋みや後味のないきれいなお酒が流行っていました。現在のトレンドは、酸味や苦味をアクセントに、甘味はあるけれど香りは控えめな酒質にシフトしてきています。

そうやって時代に合わせて味を変えていくことは、本当にその蔵の味といえるのだろうかと疑問に思ってしまうんです。流行に合わせてお酒が売れるのはうれしいことですし、その方向へ行くべきか悩んだ時期もありました。でも、やはりその蔵らしい特徴のあるお酒を100年先、200年先へと残していくことのほうが、より強いロマンを感じるんです」

そんな想いを胸に、何度も生酛の重要性を主張し続けていたという藤井さん。しかし、手間もコストもかかる全量生酛への移行は負担も大きく、初めは賛成する蔵人が少なかったといいます。

藤井酒造の蔵人のみなさん

藤井酒造の蔵人のみなさん

そんな意識を変えたのが、2020年からの新型コロナウイルス感染症の拡大でした。

「コロナによって出荷量が少し減ったことで、造りの現場に余力が生まれ、今後の方針について考える時間を取ることができました。社会の価値観が変わってきて、変化を受け入れられやすくなっているタイミングでもありましたからね。

また、私自身の年齢を考えると、酒造りに関われるのはせいぜいあと30~40回ぐらいしかありません。生酛造りをやるなら熟成にも力を入れたいと思っているのですが、『20年熟成の生酛ができるころに自分は何歳になってるんだ?』と思って。そんないろいろな要因が重なって、今やらないと将来に絶対後悔するなと思ったんです」

あらためて蔵人たちに提案したところ、以前のように反対する蔵人はいなかったそう。年々、生酛の仕込み量を増やしていくなかで、生酛造りへの抵抗感が薄れていったのではないかと藤井さんは分析します。

「生酛で造る酒は、工業的な酒造りとは異なり、生き物を育てるという感覚に近いんです。育て方によって表情は変わってくるし、手を抜いたらそのぶん味に出るものなので、造り手としてもやりがいを感じてもらえているんじゃないでしょうか」

熟成で引き出される「生酛」の新たな一面

生酛造りに切り替えるにあたり、ラインアップを一部変更。藤井酒造がこれまで原料に使用してきた「八反錦」「八反35号」「山田錦」「雄町」という4種類の酒造好適米を軸に、それぞれの定番商品、季節限定酒、熟成酒を展開していく予定です。

藤井酒造の生酛ラインナップ

「酒米の品種の個性を出すために、精米歩合は同一、酵母はすべて同じものを使います。いずれは地元の生産者とタッグを組んで米づくりから行いたいという気持ちもありますが、まずは自分たちでできるところからですね」

その中でも、藤井さんが力を入れたいと意気込むのが熟成酒です。藤井さんは、速醸酛で仕込むよりも、生酛造りのお酒のほうが熟成に向いていると考えています。

「龍勢」の熟成酒

一般的に速醸のお酒は、氷温以下で貯蔵し、甘みやとろみを引き出す熟成の考え方になってしまいます。一方、生酛の場合は、新酒の時点で渋くて硬いと感じたものがおいしく化ける可能性を秘めています。熟成酒では、新酒では絶対に出せない魅力を伝えていきます」

「生酛」は、あくまでも手段

自然派志向や原点回帰として伝統的な製法に立ち返る酒蔵も増えていますが、藤井さんは「生酛はあくまで手段」と主張します。藤井酒造にとってのゴールは、生酛造りを通して、地域の精神的価値や文化的価値を残すこと。

竹原の町並み

「竹原に限らず、日本の地方では、深刻な過疎化の問題が起きています。若い人は都会に憧れて地元を出ていってしまうし、地元に残ろうとする人のための十分な雇用もない。平均賃金なども低く、地元に対する愛情がすり減ってしまうという現状があります」

歴史的に、それぞれの地方の環境に根付いてきた酒造り。そこには、自然と人間がひとつの生態系として共存・共栄してきた「里山文化」があります。

「日本酒の原料はお米であり、お米を造るにはいい水が必要で、いい水を育てるには豊かな山がなくてはなりません。豊かな山ができると、山の食材がとれますが、川から海へと水が流れることで、海の食材も豊富になる。いい環境でこそ、いいお酒ができるし、食が発展する。それが故郷の味になることで、日本の各地域は発展してきたんだと思っています。

現代は、地域による個性が減ってしまっている気がしています。日本酒も、もっと多様性を認める文化になるべきです。たとえば純米大吟醸というとフルーティーなイメージがありますが、弊社の純米大吟醸はまったくフルーティーじゃないんです。でも、スモーキーなピート香があるウイスキーや、香りと苦みが強いクラフトビールのIPAを好きな人がいるように、味わいに圧倒的な個性があるからこそファンがつくはずなんです」

すべては日本酒と地域の多様性のために

藤井酒造 六代目次期蔵元兼専務・藤井義大さん

ほかの地域や酒蔵では決して手に入らない個性を大切にする気持ちが、その地域や日本酒の価値を上げると考える藤井さん。

「地域の個性を豊かにしていくことが、日本独自の文化の形成につながっていくはずです。それを伝えていくために、手段として生酛が必要になります。竹原でちょっと尖ったことをやることで、日本が多様な価値観を認める風土になるための一石を投じられたらと思っています」

生酛造りによる唯一無二の酒造りを目指す藤井酒造。このような取り組みが、日本の風土や各酒蔵の個性を尊重する文化へとつながり、日本酒全体の多様性へとつながっていくのです。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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