「日本酒を身近に楽しむ文化を、まだ日本酒の魅力を知らない人たちに広げたい」という想いから始まったのが、プレミアム日本酒ブランドの「ICHID°(いちど)」です。

アメリカ・シカゴで出会ったメンバーによって立ち上げられた「ICHID°」は、世界60ヵ国、のべ500人以上のテイスティングを重ねて、その味わいを追求。2020年5月に応援購入サービス「Makuake」にて先行発売されました。

「日本の食は世界で一番おいしい。未来への可能性がつまっている」と話すのは、ブランドオーナーの島崎かおりさんです。

ICHID°

今回は島崎さんに、アメリカ留学中に気づいた日本酒の魅力、「ICHID°」開発のきっかけや苦労、今後の展望をうかがいました。

日本の食文化を世界に広めていくために

「ICHID°」の物語はアメリカから始まります。

飲料業界で勤めていた島崎さんが、アメリカ・シカゴ大学のエグゼクティブMBAコースに留学していたときのこと。世界60ヵ国以上から集まるクラスメイトたちと過ごすなかで驚いたのは、「日本料理は世界的にとても人気がある」ということでした。

「ICHID°」ブランドオーナーの島崎かおりさん

「ICHID°」ブランドオーナーの島崎かおりさん

寿司は、今や「SUSHI」としてさまざまな国の日常に溶け込み、日本産のウイスキーは、「山崎」や「白州」などのブランド名が十分に浸透しています。一方で、日本酒は「SAKE」として知られてはいるものの、さまざまな銘柄が一括りにされたままで、飲める場所も日本料理店が中心です。

「日本酒の良さはまだまだ伝わりきれていないと、とてももったいなく感じていました。シカゴ大学でマーケティングについて学んでいましたが、マーケティングの力を使って、日本酒の魅力をもっと掘り起こせるのではと考えたんです。飲み方やペアリングについてきちんと提案してあげれば、広まる余地があると思いました」

日本酒の持つ可能性を感じると同時に、海外での留学生活を通じて「日本人として誇りをもって次世代につなげていけるものを残したい」という気持ちが芽生えていたという島崎さんは、日本酒をビジネスにできないかと考えるようになりました。

留学していたMBAコースでは、希望すれば世界的なビジネスコンペティションにエントリーできたため、日本酒のアイデアで参加しようと考えた島崎さんは、クラスメイトに一緒にやらないかと声がけをします。

すると、島崎さんと同じく「日本酒の未来に可能性を感じていた」という、シャンパン業界出身のベルギー人に加え、日本人、ベトナム人、アメリカ人が集まり、後の「ICHID°」チームの始まりとなりました。

ICHID°のメンバー

「ビジコンに向けてこだわったのは、お客様視点の日本酒開発を徹底することでした。高級シャンパンブランドの副社長であるメンバーを中心に、世界中のお客さまが喜ぶ味わいを追求し、『獺祭』でセールスを担当していたアメリカ人のアドバイスと市場調査をもとに、誰もが覚えやすいネーミングを考えました。市場調査は香港で行いました」

世界中から多くの人々が集まる香港は、様々な人の嗜好を知るのに最適な環境で、アメリカやロシア、シンガポールなど、世界60ヵ国、のべ500人以上の人にテイスティングをしてもらうことができたといいます。

「その中で反応が良かったのが『スパークリング日本酒』でした。アメリカ人は甘党でノリがよい人が多く、スパークリングのイメージそのものを好んでいました。フランス人は泡への意識が高く、女性でも辛口好みです。一方で、古酒やアルコール度数が高いものは一部の人たちには非常に人気でしたが、万人受けが難しいようです」

実地調査やアンケートを重ねるなかで、日本酒を囲んで楽しく交流する様子を見るたびに、「日本酒が今後も求められていくだろう」と自信を持つことができたそうです。

こうして準備を重ねて当日を迎えたビジネスコンペティションのアジア予選。泡質にこだわった「スパークリング日本酒ブランド」の企画を発表し、見事ファイナリストに選出され、シカゴで行われる決勝への出場権を獲得しました。

決勝では残念ながら受賞は逃したものの、アメリカ・ヨーロッパ地区の代表と互角に戦い、審査員である投資家から高い評価を受けることができました。この結果が、「スパークリング日本酒を世界に広めていける」という自信に変わります。

「在学中から日本の食文化を世界に広めていく仕事がしたいと考えていました。日本酒は飲料業界の経験も活かせるテーマなので、これは生涯をかけてやる仕事に出会えたと思いました」

島崎さんは、MBAコース修了後に法人を設立し、2019年に酒販免許を取得。新たな日本酒ブランド立ち上げのためにスタートを切りました。

目指したのはシャンパンに負けないスパークリング日本酒

東日本大震災の復興を目的とした「東北風土マラソン」を友人が発起したことがきっかけで、その運営サポートに関わっていたという島崎さん。

そこで東北の酒蔵と知り合うことができた島崎さんは、「東北のおいしいお酒を幅広く届けたい」という想いを込めて、新ブランドのスパークリング日本酒を造ってくれるかどうか、東北の酒蔵と交渉を始めます。

ビジネスコンペティションのチームメンバーだった高級シャンパンブランドの副社長とともに東北のさまざまな蔵を訪問した結果、職人によるクラフトマンシップを大切にする福島県二本松市の人気酒造に製造パートナーを依頼しました。

「蔵元からは『そんな簡単じゃない』とはいわれましたが、私たちのチャレンジに対し『応援するので一緒にやろう』といっていただけました」

蔵が決まれば、次は試作品です。目指したのはシャンパンに引けを取らない、それ以上に泡のキレを持つスパークリング日本酒です。

ICHID°

スパークリング日本酒の泡を作り出すには、大量生産が可能な「炭酸ガス注入方式」、大きなタンクのなかで二次発酵をすすめる「シャルマ方式」、瓶詰め後に瓶の中で再度発酵させる「瓶内2次発酵方式」などがあります。

「ICHID°」では、それぞれの製法で造ったスパークリング日本酒をテイスティングしたうえで、美味しさを追求できる「瓶内2次発酵方式」を採用。発酵が止まっていない醪(もろみ)を搾って瓶詰めし、発酵を進めることにより炭酸ガスを瓶内に閉じ込めます。

最も手間がかかるこの瓶内2次発酵方式により、きめ細やかなやさしい泡と米の上品な甘みを実現しました。

ボトルのサイズは、より多くの人に手軽に楽しんでもらいたいという想いから、300mlボトルに決定。小さなサイズのボトルだと泡のガス圧に制約がかかるものの、可能な限り泡のシュワシュワ感を楽しめるよう、キャップを工夫したそうです。

「ICHID°」に込められた3つの意味

ブランド名の「ICHID°(いちど)」にも、こだわりが詰まっています。

「海外でも覚えやすく、私たちの想いが伝わるネーミングを」と、調査と検討を重ねてチームで考えた当初の案は、すでに商標登録されていたためにNG。2案目もワインに同じ名前があったためNG。3案目は調査結果が不評でNG。この時、すでにネーミングの検討を始めてから1年以上が経っていました。

「もう決まらないのではないか」と不安な気持ちになり始めてたころ、アメリカで日本酒セールスをしていたアドバイザーから「ファンを増やすためには美味しい状態で飲んでもらうかがポイント。温度管理は最重要項目ですよ」という話を聞きます。

ICHID°

開発中の漢字が入っていないラベル

そこで、浮かんだのが、日本酒を冷やして飲むための温度、「一度(いちど)」というコンセプトです。

すぐに海外での評価を調査したところ、「イチロー」が有名な海外では「イチド」は覚えやすいという結果に。また、「一度」には温度だけではなく、回数や角度といった視点を取り入れられることも決め手になりました。

「ICHID°」に込められたのは、3つの意味です。

1つ目は、「あなたの一度ずつの変化を大事にしてほしい」という、角度の「一度」。2つ目は、「奥が深い日本酒をこの一杯の出会いから知ってほしい」という、回数の「一度」。3つ目は、「より一層冷やして美味しく飲んでほしい」という、温度の「一度」です。

ラベルのデザインは、日本とアメリカでコンペを行い、消費者へ調査を重ね、ブランドの思いが伝えられるものを追求しました。

ブランド名の表記を「1°」「1℃」「1度」のどれにするか、かなり悩んだそうですが、最終的には海外販売も視野に入れて、漢字表記の「1度」がデザインされたラベルとなりした。

コロナ禍で白紙になった海外での販売戦略

製造パートナー、ネーミング、ボトルデザインが決まり、いよいよ販売という矢先に、新型コロナウイルスの感染拡大が計画を狂わせます。

当初は、日本よりも先にアメリカで販売する計画で、アメリカでの販路を広げるためにチームメンバーがいる西海岸に拠点を移す予定でした。ですが、コロナ禍でアメリカの飲食業界が壊滅状態。海外での販売戦略がすべて白紙となりました。

先に海外で販売し、日本に逆輸入をしようと考えていましたが、海外にはすぐに行けません。そこで、先に日本で販売する計画へと変更しました。

Makuake

日本での販路開拓で活用したのが、クラウドファンディングです。応援購入サービス「Makuake」を利用してプロジェクトを立ち上げ、個人のファンを増やす計画を立てます。その計画のなかで、特徴的だったのが「ICHID° アンバサダー制度」です。

「ICHID° アンバサダー」とは、「ICHID°」ブランドの立上げプロジェクトに興味のある分野(商品開発、ブランディング、マーケティング、サプライチェーン、セールスなど)にアンバサダーとして参画し、「ICHID°」ブランドを一緒に作り上げることができるメンバーのことです。

「日本での展開にあたり、当初の予定通り、スパークリング日本酒を主力商品として置くかどうか悩んでいました。ですが、2名のアンバサダーの意見も取り入れ、私たちが提供したい日本酒体験や飲酒シーンが整理できたので、あらためてスパークリング日本酒でいくことに自信が持てました」

世界の人々に歓喜と幸福の祝杯を

2020年6月、応援購入サービス「Makuake」を利用しての「ICHID°」の先行発売は無事に成功を収め、2020年7月からは一般発売されています。

「ICHID° スパークリング」と「ICHID° 純米大吟醸」で始まった「ICHID°」のラインナップは、現在では計5種類まで増えました。

「これが日本酒なの!という驚きと、心身ともに癒される感覚を味わっていただきたいです。変化や新しいことを取り入れることが好きな人。健康や美容に気を配っている人。美しさを追求している人。自分も周りも大切にして、ていねいに暮らしている人。『ICHID°』はそんな方々と、とても相性がいいと考えています。

ひと仕事終えた時、チャレンジをする時、みんなでささやかなお祝いをする時、そんな時を『ICHID°』と一緒に過ごしていただければと思います」

最近では、日本の優れた“おもてなし心”あふれる商品・サービスを発掘し、世界に広めることを目的に創設された「おもてなしセレクション」の金賞に選出されました。

「このアワードは、世界に発信したい“日本ならでは”の魅力にあふれていると認められた商品に対して贈られる賞です。『世界で喜ばれるスパークリング日本酒を届けたい』と思って開発したので、特に外国人審査員の方々から評価いただいたのは、とてもうれしく思います。

審査員の方からも『初心者向けのお酒としてとてもよい。世界中の消費者の関心を引くと思う』『自宅で楽しんだり、プレゼントとしてちょうどよい』というコメントをいただきました」

ICHID° 新商品

最後に、コロナ禍のなか、計画の変更もありながら新たな日本酒ブランド「ICHID°」を立ち上げた島崎さんに、今後の展開をうかがいました。

2021年3月に新商品として『ICHID° Crystal』を発表しました。このお酒は、さらなる上質な“忘れられない感動”を届けるべく生まれた、純米大吟醸のスパークリング日本酒です。最高の瞬間、人生の一度だけの瞬間に寄り添い、歓喜と幸福の祝杯をお届けします。これまでの『ICHID°』よりも、よりきめ細かい泡、そして華やかな香りと旨味を味わっていただけると思います」

今後は、料理家やレストランとのコラボレーションなど、新たな日本酒体験の提供に向けて、日本でのパートナーを増やしていきたいと話す島崎さん。コロナ禍の中で飲食業界は大変厳しい状況に置かれているからこそ、「先を見据えて互いのチャレンジを応援しあえるような関係を築いていきたい」と続けます。

世界を見据えたスパークリング日本酒「ICHID°」が生み出す新たな日本酒体験に、これからも注目です。

(取材・文:鈴木 将之/編集:SAKETIMES)

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