アクリル製の透明なタンクでの酒造りを行っている栃木県の西堀酒造が、新たな挑戦に取り組んでいます。

それは「酵母に光をあてた時にその光の波長の違いによって酵母の生育結果が変わる」という研究結果をもとに、光の色の違いによって日本酒の味わいの違いを引き出そうというもの。

研究結果では、波長の短い青い光をあてると発酵が抑制され、波長の短い赤い光をあてると発酵が促進されるといいます。

では、実際に異なる光のLEDライトを透明なタンクにあてて酒を造ると、どのような味わいの日本酒ができあがるのでしょうか。

西堀酒造・西堀哲也専務

西堀酒造の西堀哲也専務

これまでに例をみない、光を使った醸造方法を発案した西堀酒造の西堀哲也専務にお話を聞きました。

「新しいチャレンジを良し」とする蔵の哲学

朝夕の冷え込みが強まり、秋が深まるのを感じた晩秋の朝、栃木県小山市にある西堀酒造を訪れました。西堀酒造の創業は、1872年(明治5年)。蔵の敷地内には、国の登録有形文化財に指定されている建物が点在しています。

西堀酒造の蔵外観

代表銘柄の「門外不出」は、昭和後期から平成初期にかけて量から質へ転換を図るなかで、「少量生産の高品質なお酒をまずは地元の方へ届けたい」という想いから誕生したブランド。「地産地消、栃木の地酒」のコンセプトの通り、出荷量の9割以上が栃木県内で消費されています。

「自由闊達なる酒造りを行い、世の中に驚きと感動を与える」が蔵の哲学。業界初といわれたアクリル製の透明なタンクを使った酒造りも、そんな挑戦を良しとする蔵の姿勢の現れです。

仕込み蔵の奥へと進むと、青色LEDの光があたる透明なタンクが見えてきました。タンクに近づくと、醪の中の無数の小さな泡がゆっくりと上昇していく様子がはっきりとわかります。泡の上昇と反対に下降している醪もあり、攪拌しなくても、タンクのなかで自然に対流が起きているようです。

西堀酒造のアクリル製タンク

「このタンクは、仕込んでから今日で4日目。まだ発酵はおとなしいですが、これから日に日に活発になっていきます」と、西堀専務は醪の様子を眺めながら楽しそうに語ってくれました。

透明なタンクで醪の状態を正確に把握

西堀酒造が、アクリル製の透明なタンクを使った酒造りを始めたのは2016年のことです。

以前から小学校の社会科見学を受け入れていた西堀酒造では、タンクの上から活発に発酵する醪の様子を観察してもらっていました。それを眺めていた西堀専務の父である西堀和男社長は、「上からだけでなく、横からも醪の様子を見せてあげたい」と思い立ち、透明なタンクを導入することを思いつきます。

西堀酒造のアクリル製タンク

ちょうど、いろいろな形状のアクリル水槽が流行し始めていたころ。メーカーに問い合わせると、特注でタンクを製作してもらえることになりました。

アクリル製タンクの大きさは、直径約120㎝、高さ約160㎝で、樹脂の厚さは2㎝。容量は1,500リットルで、最大で総米500㎏程度の大吟醸を造るための小仕込み用タンクとほぼ同じ大きさです。

「実際に仕込んでみると、タンクの上からは見ることのできない、酵母の発酵具合が手に取るようにわかりました。社会科見学の子供たちに喜ばれただけでなく、醪の状態をより正確に把握することができて、造り手にとっても有用なタンクでした」と、西堀専務。

透明なタンクを使った醸造方式で特許を取得

自然発酵に逆らわず、醪の動向を外部から見守りながら温度管理と櫂入れを調整する透明なタンクでの醸造方式は、2019年に特許を取得(特許第6523366号)。このタンクで造られた純米大吟醸は「CLEAR BREW(クリア・ブリュー)」という名前で発売されています。

青と赤の光で日本酒の味わいをコントロール

「醪に常に光があたるのは望ましくないだろう」という判断から、タンク自体は暗幕で囲み、作業をする時だけLEDライトを点灯させていました。

そんなやり方で酒造りを行っていた西堀専務は、「水耕栽培の植物工場では、LEDライトの色の違いで植物の生育をコントロールしている」という情報をたまたま見つけます。

くわしく調べてみると、酵母や麹菌も「光(波長)の違いによって、活動の具合が変わる」という、ある大学がまとめていた研究結果を発見。それは、「520ナノメートル以上の波長の光(緑、黄、橙、赤)は、酵母の活動を促進し、それ以下(水色、青、紫)だと抑制する」という内容でした。

アクリル製の透明なタンクでは、それまで純米吟醸を造っていましたが、吟醸造りのポイントは、温度を低くして酵母の活動を抑制すること。そこで、温度を下げずに、酵母の活動を抑制するという波長の短い青色(460ナノメートル前後)の光をあてて同じ効果が出るのかどうかを試すことにしました。

タンク内の醪は常に対流で移動しているので、四方から光をあてれば多くの酵母に光が届きます。

西堀酒造のアクリル製タンク(青色LEDライト)

2020年秋に試験醸造に挑んでみると、発酵の前半は従来と変わらなかったものの、後半になればなるほど発酵が抑えられることがわかりました。

「炭酸ガスの泡の立ち方が違い、低温で醸した状態と類似していましたね。55%精米の純米吟醸での試験でしたが、より低温で醸す純米大吟醸クラスのような華やかな香りと上質な甘旨味があり、これはいけると確信しました」と、西堀専務は振り返ります。

西堀酒造のアクリル製タンク(赤色LEDライト)

意を強くした西堀専務は、2021年春に発酵が活発になると予想される赤色LEDライトを当てた醸造試験に取り組みます。すると、予想通り、青色とは真逆で発酵が旺盛になり、搾ったお酒はドライで酸味のある食中酒向けの仕上がりになったのだそうです。

酒米の種類や精米歩合などのスペックは同じ条件の試験醸造。仕込んでから19日目の分析結果を比べると、光を当てない醪では「日本酒度-4・酸度1.4」だったのに対して、青色LEDでは「日本酒度-9・酸度1.4」で、より甘い仕上がりになり、赤色LEDでは「日本酒度+2・酸度1.8」で、やや辛口の味わいになりました。

西堀酒造「ILLUMINA(イルミナ)」

西堀酒造「ILLUMINA(イルミナ)」

論文の研究結果と同じ結果が実証されたことで、このLEDライトを照射して造られた日本酒を「ILLUMINA(イルミナ)」という名前で商品化します。「ILLUMINA」とは、ラテン語で「光に照らされたもの」という意味。2021年冬の仕込みでは、青色、赤色それぞれの光をあてた日本酒を造り、セット販売も行う予定です。

さらに、2022年春には「赤と青の中間の黄緑色のLEDライトをあてた3本目の仕込みを行う」と、新たなチャレンジも忘れません。

西堀酒造のアクリル製タンク(赤色LEDライト)

「発酵の前半は赤色をあてて、後半は青色という光を組み合わせた醸造もありだと思っています。LEDライトの数を倍にしてみるのも面白い」と、西堀専務。

光の色の違いによって日本酒の味わいの違いを引き出すという、透明なタンクとLEDライトを使った奇想天外な酒造り。日本酒の新しい可能性を模索する西堀酒造の挑戦は、まだまだ続きます。

(取材・文:空太郎/編集:SAKETIMES)

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