食生活の変化によって、米の国内消費量が減っています。それに伴って、米どころを中心に耕作放棄地や休耕田が増え、かつての田園風景が失われつつあることも事実です。

日本酒ブランド「SAKE100」が昨年リリースした純米酒「深豊 -shinho-」は、耕作放棄地で育てられた酒米のみで造った日本酒。その酒米を作るのは、酒米農家の裏貴大(うらたかひろ)さんです。地元の農業を活性化しようと、26歳の若さで農業法人ゆめうららを立ち上げました。

株式会社ゆめうらら代表の裏さん

生産者として米に向き合う裏さんから、耕作放棄地を開墾することの意味を伺います。

耕作放棄地だらけの世界農業遺産

耕作放棄地とは、耕作されないまま1年間以上放置され、その先数年も耕作される予定のない農地のこと。日本では、ゆるやかに耕地面積が減少し、その背景には耕作放棄地の拡大があります。

米が余り、米価を調整するために1970年から始まった減反政策。耕作放棄地が増えている理由にはその名残もあるといいますが、高齢化によって生産者が減ったことや、後継者がいないことが大きな原因です。

美しい里海里山の風景を評価され「世界農業遺産」に認定された石川県の能登地方でさえも、例外ではありませんでした。5年前、金沢市内に就職した裏さんは、耕作放棄地だらけの地元に悔しい思いをしたそうです。

耕作放棄地

「大好きな地元が荒れていくのを目の当たりにして、『これで世界農業遺産なんてよく言えたもんだ。ふざけんじゃねえ』というのが正直な気持ちでした」

覚悟を決めた裏さんは、周りの反対をおしきって米作りの道へ。かつて豊かな農地があった地元の風景を取り戻すために、農業で起業することを決めました。

これからの能登をどうする?

裏さんが立ち上げた農業法人ゆめうららは、実家や親戚の約4ヘクタールの水田を耕すことから始まりました。米作りに関して素人だった裏さんは、耕作放棄地を持つ地主や農家を訪れて「あなたの財産が荒れています。私に開墾させてください」と頼みこみ、少しずつ農地を広げていったそうです。

「米の産業に参入したときは、米が余っていたし米価も下がっていた。『なんで今さら?』と言われましたが、それでも米を必要とする業界があるのではないかと考えました」

そこで、思いついたのが「日本酒」。高校の同級生だった数馬酒造の代表・数馬嘉一郎さんの記事をインターネットで見つけたことをきっかけに、訪ねてみることにしました。

数馬嘉一郎さんと裏貴大さん

数馬酒造の代表・数馬嘉一郎さん(右)

「高校時代のイメージで会いに行って『酒米を作らせてよ』って軽く言うつもりだったんです。ただ、酒蔵の門構えを見て、長い伝統や歴史を感じて驚きました。これは軽々しく言えないなと。その日、僕は言えずにいたんです」

地元の話題になり、数馬さんから「これからの能登をどうする?」と聞かれた裏さんは、耕作放棄地の問題について語りました。すると数馬さんは「だったら、酒米を作ってよ」と。それから、日本酒を通してふたりで能登の活性化に取り組むことになりました。

当時、地元で酒米を作っている人はひとりもいなかったのだとか。農家が酒米を作りたがらない理由のひとつに、等級検査の厳しさがありました。酒米には「特上」「特等」「1等」「2等」「3等」という等級によって価格が決まります。食用米と比べて酒米の価格は高いといわれていますが、等級が低いとほとんど変わりません。

収穫した酒米

「特等をとれないリスクを考えると、食用米を作るほうが良いという判断をする農家もいます。食べる米は余っているのに、日本酒造りの米は不足していると聞いて、酒米作りに意味があると思ったんです」

昔ながらの農法で、安心・安全な米作りを

初年度から約100俵分の酒米を依頼された裏さんは、不安を抱えながら、良い酒米を作るために試行錯誤します。

「造り手にとってダメな酒米は、割れていることと心白がしっかり出てこないこと。割れていない米とは、水分がしっかり含まれた米。そんな米を作るにはどうしたらいいかを考え続けました」

もちろん、耕作放棄地で作ることにもリスクはあります。土地の性質そのものに問題を抱えるケースもあったようで、通常の米作りよりも手がかかるのです。

「田んぼのサイズが小さくて耕しづらいとか、石だらけで収量が少ないとか......さまざまな要因が重なって耕作放棄地になっているんです。地元の方々に、なぜ耕作放棄地になっているのかをヒアリングして、マイナスの要素を取り除くところからはじめました」

開墾中の作業風景

ゆめうららの作る米は、農薬や化学肥料を一切使用していません。米・食味鑑定士協会から「環境特A地区」の認定を受けるなど、安心・安全な田んぼであることも証明されています。「サンショウウオなどの貴重な生物もいるし、トキが飛んでくることもありますよ」と、裏さんはうれしそうに語ります。

「農薬や化学肥料を使わない方法は、地元の方々から昔ながらの農法を聞いて実践しました。農薬を使わないと雑草だらけになるといわれていますが、水をたっぷり張ったり、石灰窒素を投入したり、細かいテクニックを使えば問題ありません。耕作放棄地には農薬が残留していないので、除草がきちんとできれば良い米が作れますよ」

耕作放棄地で育てたゆめうららの酒米は、初年度から最高ランクの特等を獲得。裏さんは「運が良かった」と笑いながらも、良い米ができた要因を「とにかく造り手のことを考えたからだと思います」と答えてくれました。

子どもたちが安心して遊べる町の風景

4ヘクタールから始まったゆめうららの田んぼは、現在では60ヘクタール。およそ15倍にまで広がりました。

蘇った能登の自然

「自分の住んでいる地域では、耕作放棄地がなくなりました。水田に戻せない耕作放棄地もあるので、その場合は麦やそばなど、水を使わない作物を育てる方向にシフトしています。私のゴールは、能登エリア全体から耕作放棄地をなくすこと。そのために、次は農業に就きたいと思う人を増やしていくことが必要です」

現在の従業員は10人。やる気のある若手社員を積極的に雇用しているそうです。昔ながらの農法をベースに、ドローンを使った種まきなど、作業のIT化を進めています。

「『農業はしんどい』というイメージを変えたいんです。遊びの延長のような、楽しい農業を目指していきたい。農産物を効率良く大量に作ることではなく、耕作放棄地をゼロにすることがうちの目標ですから」

ゆめうららと数馬酒造が協力して取り組むのは、日本酒を通して、能登の原風景を蘇らせるという地域循環。裏さんは、どのような風景を想像しているのでしょうか。

「耕作放棄地がなくなって水田の広がる風景はもちろん、子どもたちが虫を捕まえに外で遊んだり、地域の人たちが田んぼのあぜ道を散歩して笑って会話していたり......そこに住んでいる人の心が豊かになるような風景が理想です。耕作放棄地によって地域が荒れてしまうと、マムシやイノシシが出たりと危ない。耕作放棄地がなくなることで、地域の人が安心して暮らせる町に近づけるんじゃないかと思います」

SAKE100『深豊 -shinho-』のボトル画像

現在、数馬酒造では、蔵で造る半数以上の日本酒をゆめうららの生産する酒米で造っています。農家から直接酒米を仕入れることで、その利益を農家や地主へと還元し、その資金を使って、さらに耕作放棄地を復田。日本酒を通して、能登の原風景を蘇らせる循環を実現しています。

ゆめうららが栽培する能登産の五百万石を100%使用したSAKE100「深豊」は、その地域循環の価値を具現化した1本といえるでしょう。

日本酒はこれまで、原料となる酒米の「品種」に焦点はあてても、「どのようにして作られたか」に価値をおいたケースはほとんどありませんでした。「深豊」は、手間暇をかけて原風景を蘇らせ、農薬や化学肥料を一切使用しない豊かで安全な農地で育まれた酒米のストーリーにも価値をおいた、味わいの先にある豊かな未来を見据えた1本です。

地方で失われつつある美しい田園風景を守る手段のひとつに、日本酒造りという答えがあることに気付かされました。

(文/橋村望)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます