これからの日本酒市場に必要な"視座”を探る連載「オピニオンリーダーの視点」。シリーズ第一回として長期熟成日本酒Bar「酒茶論(しゅさろん)」を営む上野伸弘さんにお話を伺います。
前編では「時間軸による新しい価値創造」の必要性ついてお話いただきました。後編では、これからの酒造メーカーに必要なこと、そして業界全体で取り組むべきアプローチへと話を深めていきます。
マーケット志向の落とし穴
生駒:最近「フルーティー」「スッキリ」「ワインのような」といった要素を強調するお酒が、増えてきたなと感じています。日本酒初心者の味覚に合わせているのだとは思いますが、みんなが同じ方向性の味を追求することに、一抹の不安を覚えます。飲みやすい日本酒の提供だけでは、長く愛飲してくれる日本酒ファンは育たないのではないかと。
上野:その通りですね。今、自社の商品に自信を持てない蔵元は、流行りやウケを気にして、消費者にすり寄ってしまっている。お客さんに「おいしい」と言ってもらいたい気持ちはわかるけれども、寄りすぎたら個性がどんどん失われていきます。
生駒:蔵元の人たちが消費者を強く意識する原因は、いくつかあると思っています。まず、業界全体がマーケット志向になってきていること。これまでの“商品ありき“の戦略から、“消費者の需要”を考えるようになってきているということです。販売戦略としては必要なことですから、すばらしいと思います。
一方で「昨今の日本酒ブームに乗り遅れてはならない」という考えもあるのかなと感じています。上野さんは“日本酒ブーム”についてどう思われますか?
上野:ブームは……、いらないです。バブルと同じで、いずれは弾けてしぼむものだから。一過性のブームではなく、いかに継続性のある“ムーブメント”を作れるかが、業界としては大切かなと思います。
生駒:ブームに流されすぎるな、と。
上野:流行りを意識した商品を出すのは、悪いことではありません。消費者が日本酒に興味を持つ糸口を増やせますから。その一方で蔵元には、長年培ってきた技術とブランドに誇りを持って、どんと構える姿勢も必要です。
「ほかで初心者向けのお酒をいろいろ飲んで、ちょっと飽きてきたら、ぜひウチのお酒を飲んでくれよ。今はわからなくても、ちょっと舌が日本酒に慣れてきたら、きっと良さを感じてもらえるからさ」といった懐の深さを、日本酒の造り手として持っていてほしいですね。
生駒:SAKETIMESでは、そういった見えにくい「造り手のこだわり、思い」にも、ていねいにフォーカスしていきたいです。多面的な価値観を客観的に可視化するのは、メディアだからこそできることだと思っています。
業界全体で取り組むべきこと
生駒:上野さんのお話を聞いていると、業界全体の未来を見据えて動くことの重要性をあらためて痛感します。今、これからの日本酒業界のために、どんな取り組みやムーブメントが必要だと考えていらっしゃいますか。
上野:まず、日本酒の評価体系を見直していくべきだと思っています。ここで参考にすべきは、ワインの例です。ワインでは「スティル」「スパークリング」「フォーティファイド」「フレーバー」という製法別の区分や、テイスティングの作法などが確立されています。評価をしやすい体系があるからこそ、ワインの価値は“創造”されていったのです。
生駒:世界的に日本酒の価値を底上げするためには、グローバルで通用する評価体系を再構築していくべき、ということですね。
上野:そうですね。あと、もう1点。純米酒以外の、アルコール添加がされている日本酒のネガティブなイメージは、どうにか払拭するべきと考えています。
生駒:確かに、世間では「醸造アルコールが添加されている普通酒や本醸造酒より、純米酒の方が高品質」という見方が強いと感じています。SAKETIMESでも、その価値観の是非を問う記事は反響が大きいですね。醸造アルコールには国外で作られた廃糖蜜を利用する場合もあるため、そこが批判の対象になることはたびたび見受けます。「原材料に海外産を使うって、日本酒としてどうなの?」と。
上野:アルコール添加に対するネガティブな評価は、「国産のものを使っていない」ことが大きく影響しています。ならば、今、国内に余っている米を上手に活用して「純国産」の普通酒、本醸造酒をブランドにしていけばいい。一般的にあまり知られてはいませんが、コストダウンのためではなく、品質向上のためにアルコールを添加するケースは少なくありません。
もっと言えば、純米酒よりも高価格な普通酒があってもいいんですよ。これも、日本酒の新たな価値創造ですね。それが可能になるような社会を目指していかなきゃいけないと思っています。
生駒:純米酒よりもハイブランドな普通酒、実現したら革新的ですね。インパクトがあって、市場が拡がる可能性を感じます。そうなると「普通酒」という呼び方も、変えていった方がいいのかもしれませんね。
上野:「日本酒」の呼称も、これからの懸案事項として捉えています。現在の日本酒の特定名称は、“精米歩合”を“商品の優位性”と錯覚させる仕組みになっている。だから、「50%より40%の方が高品質」「吟醸は大吟醸よりも格下」などと誤認されてしまうんです。本当は、吟醸には吟醸ならではの、大吟醸には大吟醸だからこそのよさが、それぞれにある。普通酒や本醸造酒も同様です。
生駒:“精米歩合”ではない、わかりやすく本質的な評価軸は、ほかに生まれないのでしょうか。
上野:そこで注目されるべきポイントだと感じているのが「原料である米の品質」です。たとえば、質重視のワイナリーの畑では、ぶどうの剪定(せんてい)を行うことが多い。生産量を減らしてでも、ぶどうのクオリティを高めてワインの商品価値を引き上げよう、という考え方ですね。
生駒:生産量の少なさが、かえって付加価値につながることもありますね。
上野:実は、これと同様の取り組みを、酒米作りでも始めているケースがあるんですよ。飯米だったら10俵は収穫できる広さの土地を、酒米としての質を上げるために6俵ほどに抑えていたりして。そうした栽培の手法や、広さあたりの収穫高なども踏まえて、今よりも複合的に米の評価ができる仕組みを作っていきたいです。
現状を“見直す”ことで日本酒の可能性を広げていく
生駒:新たな日本酒評価の仕組み作りのためには、今後どのようなアプローチが不可欠だと思われますか。
上野:特定名称の変更や世界に通用する評価体系の構築については、最終的に行政の協力が必要になってくる問題です。行政を動かすためには、やはり民間のムーブメントがある程度ないと難しいでしょう。製造者や消費者が「もっと変えていこう!」と声を上げられる空気を地道に育てていくことが、大切かなと思っています。
生駒:大局は無理やり動かそうとせず、動かざるを得ない環境を作っていく。このお話、さまざまなケースに通じると感じました。
上野:日本酒業界は東京オリンピックが開催される2020年に向けて、みんなで盛り上げようとしているんです。行政は輸出促進のために、多方面で“ジャパンブランド”の支援を検討しています。日本酒もそのくくりに入ってくるでしょう。
ただ、今はもっと足元を見て、慎重に体制を整えていかなければいけない。そうしないと、一度世界に「日本酒とはこういうものだ」と印象付けられてしまったら、取り返しがつかなくなってしまう。まだまだボリュームが小さいうちに、日本酒にまつわる種々のシステムを修正して、しかるべきタイミングで日本酒を世界にPRしていくべきだと、私は考えています。
生駒:まずは、現状を見直すことから。
上野:そうですね。“見直す”は、今この業界が最も意識しなければならないキーワードです。最初に、私の仕事のテーマは「日本酒の新しい価値創造」とお話ししました。ここで言っている価値は、基本的に“乗せる”ものではなく、“見直す”ものなんです。元からある価値を見直し、少しでも多くの人がそれを見出だせるように、見せ方や伝え方を工夫する。そうすれば、日本酒の可能性はもっと開けて、広がっていきますよ。
生駒:僕も、日本酒の可能性を広げられるように、メディアの力で広く深く、消費者にアプローチをしていきます。上野さん、貴重なお話をありがとうございました!
インタビューを終えて
上野さんはインタビューの中で、常に冷静に、客観的な視点から日本酒業界の課題や未来について語ってくれました。
日本酒の価値を広げるために「ブームは必要ない。継続性のあるムーブメントであるべき」だという上野さんの“視座”を実現するには、短期的に達成できることではなく、日本酒の本質的な魅力を見直し、それを浸透させていく長期的な戦略が必要になるでしょう。長い時間をかけて価値を醸成していく古酒、熟成酒のプロフェッショナルである、上野さんらしいお考えだと感じました。
創造することは見直すこと、SAKETIMESにとっても重要なテーマになりそうです。
(文/西山武志)
前編はこちら