近年、長野県の日本酒への世界的な評価が高まっています。
世界的な影響力をもつワインの品評会「International Wine Challenge(インターナショナル・ワイン・チャレンジ/以下「IWC」)」のSAKE部門では、2021年に諏訪御湖鶴酒造場(諏訪郡下諏訪町)が、2023年に湯川酒造店(木曽郡木祖村)が最高賞「チャンピオン・サケ」に輝くなど、長野県の日本酒がたくさんの賞を獲得しています。

「IWC 2021」のチャンピオン・サケ「御湖鶴 純米吟醸 山恵錦」
なぜいま、長野県の日本酒が快進撃を続けているのでしょうか。
長野県の地酒・食品振興係の担当者と、近年のIWCで数々の受賞を誇る小野酒造店(上伊那郡辰野町)の代表取締役社長 小野能正さんに、その理由をうかがいました。
県と酒造組合の連携が実を結んだ
イギリスのロンドンで毎年開催されるワインのコンテスト「IWC」。2007年にSAKE部門が設立されてから、海外における重要な日本酒の評価基準として、全国の酒蔵がエントリーしています。
審査会では、「普通酒」「純米酒」「純米吟醸酒」「純米大吟醸酒」「本醸造酒」「吟醸酒」「大吟醸酒」「スパークリング」「古酒」「熟成酒」の10カテゴリーでそれぞれ優秀な日本酒を選出。各カテゴリーのもっとも優れた出品酒には、「トロフィー」の栄誉が与えられます。

「IWC 2025」の審査会の様子(©Keisuke Irie)
2024年からは、新たな賞として、もっとも高い評価を集めた都道府県を表彰する「Sake Prefecture of the Year(サケ・プリフェクチャー・オブ・ザ・イヤー)」が誕生。記念すべき初年度は、長野県が受賞しました。
日本酒の振興を担当する、長野県 産業労働部 産業技術課 地酒・食品振興係の中谷まゆみさんは「Sake Prefecture of the Yearを受賞してから、『みんなで長野県の日本酒をもっと良くしていこう』という一体感がさらに強まったと感じています」と話します。

長野県工業技術総合センターによる研修会の様子
県が主導する酒造技術の向上への取り組みとしてまず挙げられるのが、2016年に始まった「信州日本酒全国No.1奪還プロジェクト(※)」。これは全国新酒鑑評会の都道府県別の金賞獲得数で全国1位を目指すための活動で、県の研究機関である長野県工業技術総合センターが、研修や訪問指導などを行っています。
※現在は「信州日本酒全国No.1プロジェクト」に改称

長野県工業技術総合センターによる研修会の様子
「さらに、若手の蔵人を対象とした『酒造技能士養成講座』も実施しています。座学と実習を組み合わせて、酒造りを体系的に学べる2年制のプログラムで、参加者からは『酒造りの理論を知ることができる上に、酒蔵を超えた同世代のつながりができるのがうれしい』という声を聞きますね」

長野県工業技術総合センターの醸造設備
「実習のなかでチームに分かれて日本酒をタンク1本ずつ造るのですが、昨年は完成したお酒を、長野県の酒蔵が集まる試飲イベント『YOMOYAMA NAGANO』で一般のお客さんにも試飲・評価してもらうという試みがありました。自分たちでラベルをデザインしたり、お客さんからのフィードバックをもとに傾向を分析したりと、若手蔵人の情熱を感じましたね」

長野県の日本酒の試飲イベント「YOMOYAMA NAGANO」の様子
また、長野県と長野県酒造組合の連携は年々強化され、酵母や酒米の県オリジナル品種の開発に熱心に取り組んでいるほか、近年の酒米価格が高騰している問題に対しては、いち早く補助制度を打ち出しました。
「酒造組合の会長を務める宮坂醸造の宮坂直孝さんは、日頃から『酒蔵は究極の地場産業。観光業や飲食業など、地域経済に影響を与える存在としての社会的責任を果たしたい』と力強く話しています。長野県には、ご家族を中心に営んでいる小さな酒蔵が多く、1社だけで頑張るには限界があるなかで、これだけ多くの酒蔵をまとめている宮坂会長には本当に敬服します」

昨年の「Sake Prefecture of the Year」の授賞式の様子(右から2番目が宮坂直孝さん)
その一方で、「長野県の日本酒は、県外からの認知が少なかったり、インバウンド観光客の関心が低かったりといった課題もある」という中谷さん。「Sake Prefecture of the Year」の受賞は、長野県の日本酒の魅力をアピールする絶好のきっかけになると考えています。
「現在、注力して取り組んでいるのが、GI長野(地理的表示)の周知です。2021年に日本酒とワインのGI制度の指定を受けましたが、まだまだ認知度が低い状況です。県内外の方々に『GI長野は“オール長野産”を証明する信頼の証』だと知ってもらいたい。動画などで情報を発信しながら、長野県のお酒を盛り上げていきたいですね」
「個を磨き、全体を高める」ブランド戦略
2023年に「夜明け前 大吟醸」が大吟醸酒部門のトロフィーを受賞し、2020年・2022年・2024年には、トロフィーの次点である「リージョナル・トロフィー」を獲得した小野酒造店。代表取締役社長の小野能正さんは、長野県の「Sake Prefecture of the Year」の受賞を「個人的にもとてもうれしい出来事だった」と話します。

2023年の大吟醸酒部門のトロフィー「夜明け前 大吟醸」
「2021年に諏訪御湖鶴酒造場さん、2023年に湯川酒造店さんがチャンピオン・サケを受賞したことで、県全体で『自分たちも世界のトップになれるかもしれない』と、モチベーションが高まりました。同じ県の酒蔵が飛び抜けた実績を出すと、他の酒蔵にとって大きな励みになりますね」
近年、長野県の日本酒の評価が高まっていることについては、2022年に長野県酒造組合の会長に就任した宮坂さんによる改革が功を奏していると解説します。

「IWC 2023」の授賞式の様子(左端が小野さん、右端が湯川酒造店の杜氏 湯川慎一さん)
「宮坂さんが会長に就任してから、『長野県として何をするか』という方針がはっきりと示されたことが大きいと思います。宮坂さんは『真澄』というブランドを国内外で育ててきた方ですが、その知見を酒造組合にも持ち込んでくださいました。
SWOT分析(強み・弱み・機会・脅威の分析)などを活用し、まずは『個々の酒蔵のブランドをいかに高めるか』、そして『県全体のブランドをどのようにつくるか』という2点を徹底的に考えました。
酒造組合としては、『山ほどの、うまい酒を。』というタグラインを打ち出しました。『山を中心に個性の豊かな地域が広がっている』という長野県の魅力と、『山のように多彩な日本酒がある』という長野県の日本酒の魅力を掛け合わせて、長野酒のブランドをアピールしています」

長野県酒造組合の公式サイト
さらに、酒造組合では「製造技術」「ブランド戦略」「プロモーション」という3つの委員会を設けて、各分野を強化。小野さんは、製造技術委員会を担当する副会長を務めています。
「製造技術委員会では、工業技術総合センターの先生と協力しながら、各蔵の個性をどう磨いていくかを考えています。画一的に指導するのではなく、酒蔵ごとの個性を活かしながら酒質を向上させていこうという方針ですね」

長野県工業技術総合センター
「IWCなどのコンテストで高い評価を受けたお酒を持ち寄って分析・研究する『市販酒研究会』のほか、全国新酒鑑評会にあわせて県内でも審査を行い、結果を比べながらその年の傾向や改善点を検討する研究会も行っています」
製造技術委員会では、県が実施している若手向けの酒造技能士養成講座の運営も担っているのだとか。
「毎年12名程度が参加していますが、講座を修了した人が次年度は講師として後輩を指導するような流れができればいいなと思っています。近年は工業技術総合センターの設備も充実してきて、さらにしっかりとした製造や分析ができるようになりました」

小野酒造店の酒造りの様子
また、造り手の代替わりにより若手が活躍し始めたことで、新たな流れが生まれていると話す小野さん。
「ずっと『自分が一番若手だ』と思っていたのに、気がついたら私が一番年上になっていました(笑)。熱心に酒造りに取り組んでいる若い人たちを見ると、『彼らがいれば長野県の日本酒は大丈夫だ』と思いますね。
蔵元が若返って、30代や40代を中心に、個性を活かした酒造りをする酒蔵が増えてきました。これからは20代のさらに若い世代が加わってくれば、長野県の日本酒はもっと良くなると思っています」

小野酒造店
南北に長く、県内でも遠いところでは200キロメートル以上も離れている長野県。お互いに行き来することが増えて、酒蔵同士のつながりが強化され、さらに「YOMOYAMA NAGANO」などのイベントも良い交流の機会になっているといいます。
「イベントでお互いの商品を飲み比べると、刺激と競争が生まれます。こうした交流によって、『自分たちは何を磨いていくのか』という意識が高まり、結果的に長野県全体のレベルが底上げされてきていると感じますね」

ドイツ現地のワインイベントに長野県の日本酒が出展した時の様子
「長野県の酒蔵は、良い意味でこだわりの強いタイプの人が多いんですよ」と笑う小野さん。
「それぞれが自分のスタイルに誇りをもっていて、多彩な個性があります。長野県は盆地が山々で隔てられていて、地域ごとに気候も風土も違う。それぞれの酒蔵がその土地の特徴を活かした酒造りをしているからこそ、個性の豊かな日本酒がたくさん存在しているのだと思います。
これは、長野県の日本酒の最大の魅力でもあるし、難しさでもある。だからこそ、それぞれがしっかりと自分のスタイルを大事にしつつ、他の酒蔵から学ぶ姿勢を忘れないようにしたいですね」
「官と民」「若手とベテラン」の切磋琢磨で新たなステージへ
長野県が「Sake Prefecture of the Year」を受賞した背景には、酒造組合の新たな取り組みによって酒蔵同士が深く交流し、切磋琢磨できる環境が築かれていること、そして、それを県が支援するという官民連携が充分に機能していることがあります。
全国新酒鑑評会の成績向上のための活動がIWCでの評価にもつながっていることを考えると、評価の軸は異なっても、根本的な酒造技術を高めることこそが、高い評価という結果を生み出していくのでしょう。
2025年のIWCでは、大雪渓酒造(北安曇郡池田町)が純米吟醸酒部門のトロフィーを獲得して、チャンピオン・サケの候補になっているほか、「Sake Prefecture of the Year」の候補として長野県が再び選出されています。
今年の栄誉は、どの酒蔵が、どの都道府県が手にするのか、結果を楽しみに待ちましょう。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)
今年の上位入賞酒を楽しめるイベントが10月に開催!
「IWC 2025」のSAKE部門で選ばれた上位入賞酒を楽しめる日本酒イベント「プレミアム日本酒試飲会」が、10月18日(土)に開催されることになりました。このイベントは、今年で通算12回目の開催となります。
当日は、全国の23蔵から26点の銘酒が集結します。この機会に、世界が評価した最高峰の日本酒を飲み比べてみてください。
◎イベント概要
- 名称:プレミアム日本酒試飲会
- 日時:2025年10月18日(土)
・日本酒トークセッション 12:45〜14:00
・第1部 14:00〜15:30
・第2部 16:30〜18:00
※各部入れ替え制。開始時間の30分前から受付。 - 会場:YUITO 日本橋室町野村ビル 野村コンファレンスプラザ日本橋 6階
※受付は5階。 - チケット種類(料金)
・日本酒トークセッション&第1部(4,800円)
・第1部のみ(4,800円)
・第2部のみ(4,800円)
※前売券のみの販売となります。当日券の販売の予定はありません。 - チケット販売ページ
・e+(イープラス)
※定員に達し次第、締切となります。 - 注意事項:
・20歳未満の方はご参加いただけません。
・車でのご来場はご遠慮ください。
・出展銘柄など、イベントの内容は変更になる場合がございます。
・新型コロナウィルスなどの感染状況によっては、イベントを急遽または予告なく中止・変更させていただく場合があります。
・体調のすぐれない方のご参加はご遠慮ください。 - 主催:野村不動産株式会社
- お問い合わせ:03-3277-8200(YUITO運営事務局)
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