創業360年の歴史を誇る兵庫県の老舗酒蔵・菊正宗酒造。2016年にリリースされた「百黙(ひゃくもく)」は、130年ぶりの新ブランドです。これまでの「菊正宗」のイメージを覆す味わい、地元・兵庫県での先行限定流通といった要素から、瞬く間に業界や日本酒ファンの間で話題となりました。

そんな百黙の次なるターゲットは海外。昨秋のパリに続いて、この夏にアメリカでの流通が、ニューヨーク、ニュージャージー、カリフォルニア、ハワイの4州限定でスタートしました。兵庫県限定の販売だった百黙は、なぜ他の国内エリアを飛び越えて海外へ進出するのでしょうか。ニューヨークで6月に行われたお披露目会の様子とともに、そのねらいについてお伝えします。

テロワールにこだわる「百黙」

130年ぶりの新ブランドである百黙は、テロワールに徹底したこだわりをもつブランドです。

原料米は、菊正宗酒造と専属契約を結ぶ、兵庫県三木市吉川特A地区の農家組織「嘉納会」が育てた山田錦。米が栄養を蓄える登熟期(8〜10月)において昼夜の寒暖差が大きく、土壌が粘土質であるという好条件がそろう地域で、丹精込めて育てられた高品質な山田錦を100%使用しています。

また、仕込み水には六甲山系から流れる灘の名水・宮水を使用。酵母の生育を助けるカルシウム、マグネシウム、リンを多く含む一方で、鉄分の含有量が非常に少ないこの水は、雑味の少ないきれいな酒質を実現します。

菊正宗酒造「百黙」

2019年7月現在に発売されている百黙シリーズのラインナップは、精米歩合39%の「百黙 純米大吟醸」、精米歩合59%の「百黙 純米吟醸」、特徴の異なる複数の原酒をブレンドした「百黙 Alt.3(オルトスリー)」の3種類です。

国内では、地元・兵庫県内のみでの販売。菊正宗が新ブランドをリリースすることへの驚きや、兵庫でしか手に入らない希少さが話題を呼び、現在、県内での取扱店は約500店にものぼります。地元の良質な米と水で醸した新しい灘の地酒は「百黙を飲みに、兵庫へ行きたい」と思わせる日本酒として、地域振興の一助にもなっているのです。

ミシュラン三つ星フレンチとのペアリング

イベントの会場は、フレンチのカリスマシェフであるトーマス・ケラー氏がオーナーを務める、ニューヨークのミシュラン三つ星レストラン「Per Se(パ・セ)」。シェフやソムリエといったレストラン関係者やリテーラーを招き、立食形式のお披露目会が行われました。

菊正宗酒造・嘉納治郎右衛門社長

「私たちの夢は、このお酒が世界の食と人をつないでいくこと。そして、心をつなぐお酒になることです」

菊正宗酒造の代表取締役社長・嘉納治郎右衞門氏が開式の挨拶でこう語ったように、今回のイベントのテーマは「ペアリング」。海外事業部の良津智成氏による各商品の説明とともに「Per Se」が誇るフレンチの名シェフが手がけた料理が振る舞われました。

フルーティーな香りとエレガントな甘みが美しいバランスを奏でる純米大吟醸には、柑橘類で締めたヒラマサのマリネ、ブリオッシュのトーストにウニを載せた「Uni Toast」など、華やかなシーフードを。

ヒラマサのマリネ

熟したフルーツのような甘みとドライな余韻を兼ね備えた純米吟醸には、アーティチョークのカクテルサラダ、サボイキャベツのフライなど、野菜中心のメニューが登場。

アーティチョークのカクテルサラダ

甘みや苦みなどの多様な風味が折り重なる複雑さをもつAlt.3には、宮崎和牛のタルタル、ガルフ海老の天ぷらなど、肉料理や揚げ物といったリッチな料理が並びました。

ガルフ海老の天ぷら

ニューヨーク市内のレストランで働く女性は「私はSake Loverで、日本酒は絶対に日本食以外の料理にもマッチすると思っています。今回は特に、純米大吟醸とウニのペアリングが素晴らしかったわ」とコメント。

酒販店を営む男性は「菊正宗のプレミアムラインには驚いているよ。純米大吟醸は最高だけど、純米吟醸でもクオリティは充分。リテールとしては一番の売上を見込めるかもしれない」と感心します。

ニューヨークでの「百黙」お披露目会の様子

和食レストランでソムリエを務める男性は「ヒラマサのマリネは、柑橘系の爽やかさに純米大吟醸が最高にマッチしていた。純米吟醸はライトな味わいの料理、Alt.3は味の濃い料理によく合うね。3種類あれば、どんな料理にでも太刀打ちできるんじゃないかな」と興奮気味に語ってくれました。

世界の食中酒を目指して

「日本酒は食中酒です。しかし、日本食に携わる人々はそのペアリングをよく理解しているとはいえ、それ以外のジャンルではどう合わせるべきか迷っている人も多い。今日はプロの料理人やソムリエが集まるため、これからお客様へどのようなプレゼンテーションをしていけばよいのか、という問いへのヒントになるような機会にしたいと思っていました」

百黙

イベント後のインタビューにて、こう語った嘉納氏。菊正宗といえば、料理の味を引き立て、飲み飽きしない辛口酒。百黙はまったく異なるテイストながらも、食中酒という観点では同じ方向性であるといえます。

食の都・パリを擁するフランスに続き、最大の日本酒輸出国であるアメリカでの展開。嘉納氏は「パリでも日本酒に対する興味が高まっているとはいえ、知識が深い人はアメリカのほうが多い。よりシビアな目で見られるだろうと覚悟しています」と意気込みます。

鏡開きの様子

また、日本国内での百黙の流通は、小売店に直接配送する方法をとっています。取引先はフレッシュローテーションを行い、鮮度管理を徹底する飲食店や酒販店に限定。繊細なお酒のため、海外進出にあたっては品質管理にも細心の気配りが必要となります。

「海外への運搬を依頼している企業には、リーファー(冷蔵コンテナ)で運搬し、倉庫でも冷蔵保管をしていただけることになっています。酒販店にも卸す予定ですが、冷蔵庫での保管が条件。そういう意味でも、レストランでの取り扱いが中心になると予想しています」

日本の日本酒から、世界の日本酒へ

「2016年に純米大吟醸をリリースした時点で、海外展開は視野に入れていました」と打ち明ける嘉納氏。

「当初から、ラベルに日本語と英語を併記していたのはそのためです。また、小さなこだわりですが、日本地図を載せることで、海外の人に兵庫県がどこにあるのかをわかるようにしています」

菊正宗酒造・嘉納治郎右衛門社長

現在、百黙は世界へ進出する一方で、国内では依然として地元・兵庫県での販売のみです。

「百黙は『地元の人々に、灘のお酒をもう一度愛してもらうきっかけを作りたい』との想いから生まれたブランドです」

兵庫から、世界へ。百黙はまさに、"ローカルとグローバル"のダイナミクスをたたえたブランド。テロワールへのこだわりや、地元・兵庫県への愛と、世界中の食のシーンを巻き込んでいく二面性を備えているのです。百黙は飲み手の好奇心をくすぐり、ブランドの希少価値を高めていきます。

「今日のプレゼンテーションでは、特にテロワールを強調させていただきました。ワインを愛する世界の人々には、米や水といった原料そのものがどう優れているかだけではなく、どういった地域に根ざし、どのような土壌で培われたものかというストーリーが響くと思っています」

嘉納氏は閉会の挨拶にて、「日本酒はいま、世界中から注目され、世界に羽ばたいています。百黙は『日本の日本酒から、世界の日本酒へ』を目指したブランドです」と述べました。

「いま、日本酒のシェアが世界で伸びているといいますが、輸出額は220億円程度。1兆円を超えるワインに比べれば、世界からの評価はまだまだ小さすぎるといえます。菊正宗酒造というより、日本酒全体でゼロをひとつ増やさなければならない段階なのです。そういう意味で、百黙は『日本の日本酒』ではなく、『世界の日本酒』を目指しているのです。

日本酒は、ワインに引けを取らないお酒です。しかし、世界の食と混じり合っていかなければ、壁は超えていけない。この会には、そういった示唆を感じてもらえたらという想いが込められています」

世界を見据え、日本酒市場の拡大を志して飛躍する百黙。国内での展開を超えて世界へと進出したのは、日本という枠組みにとらわれず、菊正宗酒造が"世界一のブルワリー"としての視点を携えているからこそなのでしょう。

(取材・文/Saki Kimura)

sponsored by 菊正宗酒造株式会社

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