2025年10月、兵庫県西宮市の日本酒メーカー・大関株式会社が、自社敷地内にマイクロブリュワリー「魁蔵(さきがけくら)」を新設しました。

大関といえば、ロングセラー商品の「ワンカップ®︎大関」をはじめ、全国規模で安定的に商品を展開することができる大量生産の体制を確立している酒蔵です。しかし、この新しい蔵には、500リットルの仕込みタンクがわずか2本しかありません。なぜ、小仕込みの酒造りに挑戦するのでしょうか。

醸造をスタートしたばかりの魁蔵の様子を紹介するとともに、新しい蔵を設立した経緯や、そこに込められた技術伝承への想い、そして今後の展望について取材しました。

日本酒業界のパイオニア—大関を象徴する「魁」の精神

1711年に創醸し、315年もの歴史を誇る大関は、いくつもの“初”を実現してきた日本酒業界のパイオニアです。

もっとも代表的な例が、1964年に発売され、現在も広く愛されている「ワンカップ®︎大関」。日本酒といえば一升瓶が当たり前だった時代に、日本酒をより手軽に楽しんでもらうために、1合(180mL)カップの日本酒という革新的な商品を開発し、日本酒文化に新しい飲み方を生み出しました。

ワンカップ大関

1979年には、アメリカのカリフォルニア州に、OZEKI SAN BENITO INC.(現 OZEKI SAKE (U.S.A.), INC.)を設立。日本酒蔵としては戦後初となるアメリカの現地蔵で製造を開始し、日本酒の海外展開の道を切り拓きました。

OZEKI SAKE (U.S.A.), INC.

OZEKI SAKE (U.S.A.), INC.

1999年には、日本酒専門のメーカーとして初めて、環境マネジメントシステムの国際規格「ISO14001」を取得。2022年には、日本酒として初めて有機JAS認証を取得した「#J(ハッシュタグジェイ) 有機米使用純米酒720ml瓶詰」を発売し、オーガニック日本酒という新たな市場への展開にも取り組んでいます。

#J(ハッシュタグジェイ) 有機米使用純米酒

#J(ハッシュタグジェイ) 有機米使用純米酒

さらに歴史を紐解いてみると、昭和初期の1932年には、日本酒は温めて飲むのが当たり前の時代に、“冷やで飲む”という斬新な商品「コールド大関」を発売。1978年には、「日本酒を一升瓶から解放する」という発想のもと、軽量で割れない紙容器に詰めた「はこのさけ」を世に送り出しています。

このように、大関は社会の変化を敏感にキャッチし、伝統的な酒造りを守りながら、時代に即した新しい技術や商品の開発にいち早く挑戦し続けてきました。

今回新設された魁蔵も、伝統を大事にしながらも、新しい価値を生み出すために先んじて挑戦していく大関の「魁(さきがけ)」の精神が基盤にあります。魁蔵の構想に至った経緯について、大関 代表取締役社長の長部訓子さんは、次のように話してくれました。

大関 代表取締役社長の長部訓子さん

大関 代表取締役社長の長部訓子さん

「いま、大関の各蔵(寿蔵・恒和蔵)を担う杜氏の方々は、先代から酒造りを学んだ最後の世代。高齢化も進んでいるため、彼らが現役のうちに、大関ならではの酒造りの技術や哲学を伝承する場をつくる必要があると感じていたんです。

特にコロナ禍の後、世の中の急速な変化を肌で感じ、『いつかではなくいま、大関の酒造りを次世代へ確実に伝えていかなければならない』と強く思うようになりました」

長部社長がそのように語る背景には、大関が日本酒メーカーとして確立してきた大量生産の製造体制に対する課題意識があります。

大関の外観

製造の規模が大きいからこそ、生産の工程は縦割りになり、それぞれの場所で酒造りが単なる作業となってしまう。「このままでは、造り手としての意識や感覚が鈍っていくかもしれない」と、長部社長は懸念していたのです。

「意識しているのは『脚下照顧(きゃっかしょうこ)』。自分の足元をしっかり見なさいという禅の言葉です。魁蔵という名前には、この蔵自身が先駆けるというよりも、『新しい価値を生み出していくために、自分たちの酒造りの技術を足元から見つめ直そう』という想いを込めています」

自分たちの力で、ゼロから蔵をつくる意味

魁蔵の設計や設備の検討にあたっては、ベテランの杜氏だけでなく若手社員も会議に参加するよう促し、図面を引くところからいっしょに取り組んだといいます。

これは、新蔵の立ち上げにゼロから参加することで、一人ひとりが“自分たちの蔵”としての責任と愛着を持ち、「何か問題が起きた時は蔵人全員で知恵を出し、助け合って解決していく。そんな熱い想いが広がる蔵になってほしい」と考えてのことでした。

さらに、新蔵建設のパートナーには、これまでに取引のあった事業者ではなく、初めて依頼する事業者を選定。設計は伝統的な和式建築を手がけた経験のある設計士へ依頼し、いままでとは異なる仕様の設備を導入するなど、従来の大関にはなかった発想で取り組んでいます。

これも「自分たちが新しい蔵をつくるという意識を持ってほしい」という長部社長の狙いがあってのことです。

魁蔵に関するミーティングの様子

魁蔵に関するミーティングの様子

「以前からお世話になっている事業者にお願いすれば、大関のことをよくわかっていただいているので、スムーズに進められるでしょう。

しかし、本当にゼロから蔵をつくるとしたら、新しいパートナーを探したり、提案していただいた内容を比較したり、自分たちの希望や理想を形にすることから始めるはず。これまでの仕事の延長線上では、そうしたプロセスをすべてスキップすることになるので、手間も時間も惜しまない姿勢を大事にしました。

まずはベンチャー企業の一員になったつもりで、自分たちの想いを込めた蔵を自分たちの力でつくり上げてほしい。そしてその場所で、いきいきとした酒造りをしてほしいと考えています」

魁蔵は、技術の伝承や新しい挑戦としての場だけでなく、ともに働く蔵人の気配や息づかいを五感で確かめながら、酒造り本来のおもしろさや喜び、奥深さ、そして時には厳しさも感じることで、原点回帰を通した大関の未来への起点となることが期待されています。

弁柄色が映える新たな醸造の場「魁蔵」

魁蔵が建てられたのは、兵庫県西宮市にある大関本社の一角、約132㎡のスペース。一般的な学校の教室の約2部屋分の広さです。もともと倉庫だった場所でしたが、後に空き地になり、しばらく使われていませんでした。

稼働開始から間もない魁蔵を、製造部 醸造管理グループの北田耕大さんに案内していただきました。

魁蔵の外観

魁蔵は「見える醸造」を建築デザインのテーマとして、仕込み場の外観はガラス張りとしました。来訪者が酒造りの工程を間近で感じ取れる設計になっています。

漆喰の白壁に際立つのが、柱や屋根の一部に使われている弁柄色(べんがらいろ)。「ジャパンレッド」の異名があり、神社の鳥居や町屋の外壁など、伝統的な日本建築に用いられてきた色です。魁蔵のコンセプトに合う色はないかと長部社長が探る中で、古くから祈りの場に用いられてきた弁柄色を見つけました。

当初は黒に塗る予定でしたが、長部社長は「弁柄色は日本人にとって馴染み深い色。日本人の原点である農業や米作り、そして酒造りに宿る感謝と祈り。その精神性に寄り添う色だと感じる」と周囲を説得。最終的に、白・黒・弁柄色のコントラストが印象的な、新感覚で美しい建物に仕上がりました。

魁蔵の内観

魁蔵では、洗米から麹造り、仕込み、上槽、瓶詰めまで、酒造りの工程を一貫して行うことができます。

洗米は10kgずつ行い、酒米を蒸す甑(こしき)は高さが約1mというサイズ。これほど小さい単位で仕込むのは、大関のベテラン杜氏でも初めてとのことで、試行錯誤しながら取り組んでいるといいます。

1回の仕込みの総米は、最大150kg(約1石)。初年度はさまざまな酒質を試しながら、合計7回の仕込みを予定しています。

製造部 醸造管理グループの北田耕大さん

製造部 醸造管理グループの北田耕大さん

長部社長も話していたように、魁蔵には、さまざまな新しい設備が導入されています。

たとえば、大関の通常の酒造りでは、麹室は木造ですが、魁蔵の麹室は壁や床にステンレスを採用。木造は湿度のコントロールがしやすいなどのメリットがありますが、今回は衛生面を考慮して、ステンレス製が選ばれました。

麹室以外にも、全体的に衛生面を重要視し、可動式の機材や掃除がしやすい床材などが取り入れられています。

魁蔵の麹室

製造に関わるデータなどの管理はこれまでと同じように徹底しながら、将来的には酒造り全体の最適化を見据えたDX化にも取り組んでいく方針です。現在はその準備段階として、業務の改善やデジタル技術の検討を進めています。

「これまで蓄積してきて、活かし切れていなかった膨大なデータがあります。魁蔵でDX化のフォーマットをつくり、社内の製造チーム全体に広げていきたいです」と、北田さんは今後の構想を教えてくれました。

ベテランから若手へつなぐ、酒造りのバトン

魁蔵では、大関の各蔵を担う杜氏が中心となって酒造りをしています。

取材時点(2025年12月上旬)では、さまざまな仕込みのパターンを想定しながら、各設備の"くせ"を見極めているところでした。通常の業務と並行して、大関の根幹を担う杜氏が同じ現場で仕込みを行うのは異例のことです。大関が魁蔵でのチャレンジにどれほど真摯に取り組んでいるのか、その姿勢が伝わってきます。

北田さんによれば、魁蔵は経験豊富な杜氏を中心に据え、中堅社員や若手社員へ段階的に技術を伝承していく方針です。

製造部 醸造管理グループの北田耕大さん

「最初は、これまで大関が培ってきた技術を活かしながら、純米大吟醸酒を造ります。続いて、各杜氏が個性と経験を活かした酒造りをします。ゆくゆくは、クラフトサケのようなこれまでにない酒質のお酒も造っていこうという案も出ています。その際には、若手のアイデアが重要になってくると思います」と、北田さん。

北田さんは、長部社長から「継承すべきものは、酒造りの現場と杜氏自身の中にある。この場所で育まれた大関の酒造りのルーツや、根底にある想いを引き出してほしいという任を受けています。

とはいえ、大関で最高齢の杜氏でも、入社当時に看板商品の「ワンカップ®︎大関」が販売されていた世代。杜氏自身も、北田さんらといっしょに、継承すべき“大関の酒造り”を探っています。

魁蔵の酒造りの様子

魁蔵での醸造は始まったばかりですが、小仕込みでさまざまな酒質の酒造りに挑戦できるとあって、チームの中では新しいアイディアが飛び交っているのだとか。

「個人的には、発酵技術を使って新しい日本酒の型をつくれたらと考えています。意外性のある原料にも挑戦してみたいですね。魁蔵は、こうしたアイディアが自然と湧き出てくるような、前向きな想いにあふれた場所になってほしいです。ベテランも若手も、酒造りの楽しさを実感しながら働ける環境を目指していきたいと思います」

「魁」とは、日々問いかけること

大関が綿々と受け継いできた「魁」の精神。長部社長に、改めて「『魁』とは何ですか?」と聞いてみると、「あしたに向かって、日々問いかけること」と答えてくれました。現状に満足せず、「これでいいのだろうか」「こうしてみたらどうか」と常にアンテナを張り、頭の中にクエスチョンを持ち続けることが、長部社長の考える「魁」の精神だといいます。

魁蔵のメンバーの集合写真

「大関の酒造りとは?」という問いを繰り返しながら、酒造りに改めて向き合う魁蔵で、これからどんなお酒が生まれるのでしょうか。

試験醸造で造られた魁蔵の新酒は、リンゴを思わせる華やかな香り、米由来のやわらかい甘みと澄んだ旨み、そしてほど良い酸味が調和した極上のスイーツのような印象に仕上がりました。杜氏の確かな技術が光る、バランスのとれた味わいです。

こちらの新酒は、2026年3月7日(土)に大関本社で開催される予定の蔵開きでのお披露目を予定しています。大関が次世代につなぐ魁蔵の酒造りに、これからも注目していきましょう。

(取材・文:芳賀直美/編集:SAKETIMES)

※「ワンカップ」は大関株式会社の登録商標です。

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