新潟県新発田(しばた)市に蔵を構える菊水酒造。金色の缶でおなじみの「ふなぐち菊水一番しぼり」や、ロングセラー商品「菊水の辛口」など、多くの人気銘柄をそろえる酒蔵です。

そんな菊水酒造が大切にしているのは「コトづくり」の哲学。今回はゴールデンウィークに行われた田植えイベントと、敷地内にオープンした売店、そして一般開放をスタートした敷地内の庭園を取材し、「コトづくり」の哲学に迫ります。

「モノづくり」から「コトづくり」へ

菊水酒造の創業は1881年。蔵を構える新発田市は、新潟市から車で30分ほどの、海と山に囲まれた自然豊かな土地です。

菊水酒造の外観写真

菊水酒造の歴史を振り返ってみると、常識にとらわれない斬新な取り組みが目立ちます。

それを象徴するのが、日本初の生原酒缶(2010年1月・株式会社コミュニケーション科学研究所調べ)である「ふなぐち菊水一番しぼり」。当初は「生酒を常温で出すなんて不可能だ」と誰もが否定する状況でしたが、「美味しい日本酒をお客様へ」という一心で開発に取り組み、みごと人気商品に育て上げました。

その後も2004年に「菊水日本酒文化研究所」を設立し、昨年には一般公開を開始するなど、業界の慣習などにとらわれず、次々と新しいことにチャレンジし続けてきた菊水酒造。近年掲げているのが「コトづくり」という言葉です。

酒の品質がなかなか安定しない時代は「美味しい酒」という「モノ」をつくることこそが酒蔵の至上命題でした。しかし技術が進歩した今、品質の良い酒があふれている。ならば、酒蔵は"楽しさ"や"おもしろさ"といった「コト」も生み出さなくてはならない。こうした想いで生まれた言葉なのです。

復活した酒米・「菊水」の田植えイベント

2019年4月、ゴールデンウィークに田植えイベントが開催されました。当日は快晴で、9時前から参加者が次々と集まり始めます。老若男女あらゆる年代が参加し、なかには東京から足を運んだという人も。最終的に、参加者はおよそ200名になったそうです。

菊水酒造での田植えのようす

菊水酒造の裏手にある水田で米作りが始まったのは、1997年のこと。当初は契約農家の方々と社員で育てていましたが、やがてその輪が広がり、社員の家族や知人、OB・OG、取引先・仕入先、近所の農家、地元の学生など、今では多くの人たちが参加しています。

ラジオ体操で体をほぐすと、いよいよ田植えがスタート。すっかり手慣れた様子の女の子、おそるおそる植えていく男性、周囲に教えながら作業を進める農家の方々......水はまだ少し冷たさを感じましたが、子どもから大人までみんなが楽しんでいる様子が伝わってきました。

酒米・菊水

この日植えていたのは、酒米「菊水」です。戦時中に一度姿を消してしまった品種ですが、わずか25粒の種籾から復活。同じ名前を持つ酒米に縁を感じた菊水酒造は、2000年から「菊水」を育て、酒を醸してきました。

1時間ほどかけて田植えをした後は、蔵のイベント会場へ。キッチンカーのランチやポッポ焼きの屋台のほか、子どものためにヨーヨーすくいや綿あめなどが出店し、まるで縁日のよう。一仕事終えた後の満足感で、辺りはとてもにぎやかでした。

この日植えられた「菊水」は、今秋に刈り取ります。「また秋に来なくちゃ」と話している子どもの声が聞こえてきました。

「酒蔵に子どもの姿があるというのは珍しいことですが、お子さんが喜んでいる姿が一番うれしいかもしれません。これからも地域のみなさんと交流を続けていきたいです」と、田植えの担当者である生産部の橋本幸次さんは話していました。

名産品から伝える「北越後」の魅力

さらにこの日は、本社売店のオープンも控えていました。11時からオープニングイベントが開かれ、餅やお菓子をまく「餅まき」で大いに盛り上がったようです。

さっそく売店を覗くと、壁一面に商品がところ狭しと並んでいます。菊水の日本酒や甘酒、この日のためにつくられた甘酒アイス。さらには遊び心のある酒器や、新発田名物の麩、和菓子まで、その数は100種類ほど。田植えの参加者に加え、午後になると、このオープンのために駆けつけた菊水ファンの姿もあり、売店内はいつまでも人の波が絶えることはありませんでした。

菊水酒造の売店

酒蔵が商品の販売を行うのは珍しくありませんが、自社商品だけでなく、地域の名産品まで並んでいるのはあまり見たことがありません。どうしてこのような品揃えをしているのか、業務部・執行役員の岸俊宏さんに伺いました。

「新発田の魅力を存分に知っていただきたく、このような品揃えにしています。新発田のある北越後という土地にはさまざまな魅力があり、菊水酒造はそのひとつにすぎません。ここ菊水酒造から、北越後の魅力を発信していきたいと思っています」

菊水酒造の売店

これは、新たな経営理念を掲げ、2018年10月に「菊水日本酒文化研究所」を一般公開した時から始まった流れ。研究所だけでは伝えきれない地域の魅力を伝えるために、売店という場をつくったのだそうです。せっかく新発田に足を運んでくれたのだから、日本酒だけでなく、この地域の魅力も知ってもらいたい。この売店には、そんな思いが詰まっています。

菊水酒造がつくるのは"エンターテインメント"

オープニングイベントが行われたこの日、髙澤大介社長は次のように話してくれました。

菊水酒造・髙沢大介社長

「『良いモノをつくりさえすれば良い』時代は終わりました。これから我々が発信すべきは、商品ではなく、北越後という地域の豊かさです。酒を買うだけなら、酒屋さんがあります。ですから、この売店には新発田ならではのものを取り揃えています。この地域のおもしろさと出会ってほしいのです」

また、この日から、敷地内にある髙澤邸の庭園も一般開放が始まりました。

こちらは、京都の金閣寺や銀閣寺、鎌倉の高徳院などを手掛けた、柏崎市出身の有名な庭師・田中泰阿弥さんが作庭したもの。創業当初、菊水酒造は別の場所にありましたが、度重なる水害によって、50年ほど前に蔵と家屋を現在の場所に移転。その当時に作られた庭園です。同氏が更地から作庭したことは他になく、庭師の間では貴重な庭として有名だそう。

菊水日本酒文化研究所に売店、そして庭園......今や、菊水酒造の蔵を訪れると、さまざまな見どころがあります。

髙沢邸の庭園

庭匠・田中泰阿弥氏が手がけた蔵元の日本庭園

「これらを総合して、菊水酒造という蔵のおもしろさを感じてもらえればと思います。いつだって、私たちを支えてくださっているのはお客様です。お客様がいなければ私たちは成り立たないので、こうして少しずつお客様との接点を増やしていくつもりです。まだまだ始まりの段階ですから、これからの取り組みにもぜひ期待していてください」

菊水酒造の酒樽

「菊水酒造がつくるのは"エンターテインメント"です」と言い切る髙澤社長。ファンを楽しませるためには、「酒」という枠にとどまらないことを意味しています。

自社を、そして日本酒業界を盛り上げていくために、これからどのような「コト」を発信していくのでしょうか。菊水酒造の描く未来が、ますます楽しみです。

(取材・文/藪内久美子)

sponsored by 菊水酒造株式会社

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