新潟県東蒲原郡阿賀町。新潟市内から車で1時間ほどの場所にある、緑と水が豊かな山間の町で酒造りをしている麒麟山酒造。地元・阿賀町産の米にこだわった、王道たる"淡麗辛口"の新潟らしいお酒を守り続けてきました。
麒麟山酒造は会社としての歴史を重ねるなかで、時代の変遷を受けながらも伝統の"辛口"を守り続け、今や全国からも注目される酒蔵へと成長しました。特に地元・新潟での人気は絶大で、新潟市内の居酒屋に入れば当たり前のように「麒麟山」の文字を目にします。
麒麟山酒造を追う特別連載3回目となる今回は、阿賀町に構える蔵を訪問。杜氏を務める長谷川良昭さんに、酒造りのこだわりについてお話を伺いました。
米作りも営業も知る、異色の杜氏
平成28酒造年度の越後流酒造り選手権大会で新潟県知事賞、全国新酒鑑評会で金賞、「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)2017」のSAKE部門でシルバーメダル、関東信越国税局酒類鑑評会・吟醸の部 特別賞および純米吟醸酒の部 優秀賞をW受賞と、この1年だけでもさまざまな栄誉を獲得している麒麟山酒造。その酒造りの現場を統括しているのが長谷川杜氏です。酒米作りや営業の経験ももつ、麒麟山の酒をあらゆる視点から知る人物です。
前回の記事でお伝えしたように、麒麟山酒造では"100%地元産米での酒造り"を目指し、地元農家との連携を深め、さらにアグリ事業部を構えて自社による酒米栽培もしています。この取り組みは今に始まったものではなく、先代の社長、そして先々代の杜氏から続く「麒麟山の酒造りは地元で完結したい」という考えからきています。
もともと地元で農業を営んでいたという長谷川杜氏。先々代の小越平之丞杜氏の時代から、冬季限定で麒麟山の酒造りに携わっていました。昔の酒造りは社員として専業で働く人のほかに、農閑期の農家が手伝いに来ることが多く、小越杜氏も"杜氏の里"として有名な野積(のづみ)という集落の近くから、造り手を率いて酒造りの時期に合わせて阿賀町まで来ていたのだそう。
長谷川杜氏は、先代の後藤武男杜氏に誘われて、昭和63年に入社します。
「麒麟山に入ったのは、生産量が上がり始めていたときでした。当時はおよそ4,000石でしたが、10年で倍の8,000石になったんです。最初は農家と兼業でやっていましたが、そのころに今後の進路を迫られました」
当時はまだ30歳手前。これからの人生を決めなければと考えていたタイミングです。
「酒蔵の仕事がきつかったので、本当は1年で辞めようと思っていました。私より若い人がいなかったので、先輩方の雑用は何から何まで全部ひとりでやっていたんです。でも、誘ってくれた後藤杜氏から『3年はがんばれ』と言われたことや、現会長から『うち一本でやってみないか』と誘っていただいたこともあり、専業でがんばろうと決めました」
その決断があったからこそ、今の長谷川杜氏、そして麒麟山酒造の酒造りがあるのですね。
凛とした空気が流れる、雪国の酒蔵
2017年11月末、阿賀町で今シーズン初の本格的な積雪が記録された日に、酒造りが行われている蔵を訪れました。
ひんやりとした蔵に入ってすぐ通路には、「新潟米」と書かれた米袋がずらりと並んでいます。麒麟山酒造では、全商品に使用する米の9割以上が地元・阿賀町産。特定名称酒についてはすでに100%阿賀町産を実現しており、あと数年以内に全量地元・阿賀町産の米での酒造りを達成する見込みです。
「阿賀町には常浪川の伏流水が流れています。米作りも酒造りも、同じ水を汲み上げて使っているんです。この水を守るために、平成23年から御神楽岳のブナ原生林を保全する活動も行っています」と長谷川杜氏。ただ酒造りをするだけでなく、地域の環境保全をすることも麒麟山酒造の仕事のひとつなのだそうです。
そんな、徹底して"地元産"にこだわる麒麟山酒造の酒蔵をご案内いただきました。
こだわりの手作業と創意工夫、そして蔵人の思いが、最高の酒を醸す
「越淡麗を使い始めて今年で13年目になります。試験栽培の時から醸造していました。山田錦が持っている味と比べると、甘みの種類が違うんです。淡麗よりなので、飲んだ時にキレがいいんです」
「越淡麗」は新潟県が開発した酒造好適米で、麒麟山も自社栽培に力を入れている品種です。
また米の品種だけでなく、米粒がいかに整っているかという点も重要なのだそう。「胴割れ」と呼ばれる米が割れた状態になると、洗米や浸漬の工程で品質にバラつきが生じ、麹や酒の出来も悪くなってしまいます。酒米作りを担う農家もそれを知っているので、酒米研究会ではそれぞれが栽培した米に毎年通信簿をつけ、クオリティを保つようにしているそうです。
「酒米研究会の農家は、父が酒米を作っている私の家も含めて、どこも一番いい田んぼを酒米に割いていると思います。この町の酒を造ることが、みんな“自分事”になっている。自分たちがやるべきことだと、意識も結びつきも高くなっていると感じますね」
その結果、酒米研究会がつくる酒米の品質は年々向上。長谷川杜氏も手応えを感じているそうです。
ちなみに今年は米が溶けないと言われていましたが、水につける時間や蒸し方を調整したところ「ハマった」のだそうです。「うまくハマると味が崩れない」と話してくれました。
麹造り
蔵の2階へ進むと、酒蔵の心臓部である麹室がありました。伺ったのは作業が終わった午後、ちょうど念入りな掃除をしているところでした。室内へ一歩足を踏み入れると、室温・湿度がグッと上がったことを肌で感じることができます。
麒麟山酒造の麹造りはすべて手作業。普通酒から大吟醸酒まで、昔ながらの手作業を大切にしています。一方で、そうした伝統を重んじながらも、麹造りの道具として調温性能に優れたハイテク素材であるゴアラミネートのシートを使うなど、新しい試みにも積極的。最高の酒を造るために、日々、麹と向き合っています。
「たとえば、当社の代表銘柄である『伝統辛口』(以降「伝辛」)は辛口に分類されますが、実は辛さの中に甘味や旨味が充分にあります。この旨味は、麹造りの過程で引き出された、しっかりと後をひく旨味。家庭の料理でちびりちびりと晩酌する日常の味になるようにしています」
また、大事なのは造りの作業だけではありません。実際、酒造りそのものよりも掃除により多くの時間を割いているのだとか。
「キレや飲み飽きない味を決めるのは麹。目的とするお酒にとってよくない味や香りを出さないためにも、目に見えない菌との戦いが重要になってきます。そのために、日ごろの掃除や洗浄、そして殺菌は蔵の隅々まで行っていますね」と、長谷川杜氏。徹底して衛生管理をすることもまた、良酒を醸す秘訣なのですね。
酒母造り
麹室の向かいには、懐かしい雰囲気の酒母室が。ここは建設当時の姿をほぼそのまま残している、この蔵最古の部屋だそうです。
ずらり並ぶ酒母タンクでは、活発にあわが立っています。長谷川杜氏に、麒麟山の酒母造りについて聞いてみました。
「例えば『伝辛』には、協会7号酵母を使用しています。これは泡あり酵母といって、掃除が大変であるなどのデメリットもありますが、どうしてもこの酵母じゃないと味が決まらないのです。辛口だからこそ締まった酸やグルコースが大切。やっぱり辛いだけ、甘いだけだと飽きるから……。そのために、蔵人たちには苦労を掛けていますが、どうしても譲れない部分ですね」
話が進むうち、長谷川杜氏の説明にも熱が入り、どんどん専門的になっていきます。ファンが虜になるような酒は、これらの高い専門知識と脈々と受け継がれてきた技術に裏打ちされているのです。
「仕込み方法も、全国的には三段仕込みが主流ですが、うちでは『伝辛』や『超辛口』などの普通酒は四段仕込みを行います。これによってすっきりとした味わいの中に旨みが広がるよう、最後の味わいの調整を行っています。お客様に美味しいと言っていただけるように思いを込めて作業をすると、酒は結果を出してくれますね」
麒麟山の酒造りの特徴を紹介してくれた長谷川杜氏。高い技術力の先には、やはり"造り手の熱い思い"がしっかりと込められているのですね。
変わらない味を守るための新しい貯蔵施設「鳳凰蔵(ほうおうぐら)」
長谷川杜氏が気にかけていることのひとつが、酒の味は貯蔵管理によって大きく変わるということ。
「杜氏になったばかりの頃、気合いを入れていたのは酒を搾る工程まで。しかし、貯蔵の段階で味が崩れてしまうことがあったんです。貯蔵管理と言っても、ただ冷やしておけばいいというわけではありません。その酒にとって最適な環境で貯蔵しなければ意味がないんです」
さらに、常にしぼりたてを出せばいいという話ではなく、じっくりと寝かせて酒の旨味を育てることも必要なのだと言います。
「寝かさないと、口に刺さるようなアルコールの刺激が出てしまいます。それは麒麟山が目指す辛口とは違う。味を落ち着かせるためにも、寝かせる時間が必要です」
長谷川杜氏の強い思いを受けて、2016年7月に完成したのが、新しい貯蔵施設「鳳凰蔵」。これまではタンクが置いてある部屋全体を冷やして貯蔵管理をしていましたが、この鳳凰蔵では、約70本あるタンクそれぞれを個別に温度管理をすることができます。
長谷川杜氏は、「どれだけしっかり造っても貯蔵の環境が悪ければ、味は安定しない」と言います。麒麟山の酒をさらに美味しく仕上げるために、この貯蔵施設が必要不可欠だったのです。
変わらない味をつくるために、変わっていくこと
私たちの食環境は、ここ半世紀だけでも大きく変化してきました。そのなかで、お客様から「麒麟山は昔から変わらないね」と言われる酒を造り続けることができているのは、なぜなのでしょうか。
「昔の麒麟山が、そのまま今の麒麟山になっているわけではありません。時代の変遷により、飲み手の味覚にも変化が生じています。その時代の食生活に合わせて、変わらないと思ってもらえる味を保ち続けることが大切だと思っています。そのために、細かい調整をし続けているんです。同じことをしていても、同じものをつくることはできません。毎年、もっと良くしたい。飲んだ人に『美味しい』と思ってもらえるものにしたいですね」
また、お客様にとっての変わらない味を保ち続けるために、長谷川杜氏は"人"をとにかく大切にしてきたのだそう。
「私が入社したときはまだ杜氏制度がありましたので『見て技を盗め』と言われてきました。今は蔵人全員でお互いを高め合い、支え合わなければよい酒はできません。酒を造るのは人。人を育てていく重要性を感じています。今は、製造チーム全員で和気あいあいと仕事をしていますよ」
作業をするときは、ベテランと若手をペアにしているのだとか。良い酒造りの秘密は、良いチームづくりにありました。
また、同じ環境に身を置き続けると、どうしても視野が狭くなってしまうものですが、長谷川杜氏は常に広い視野で物事を見つめています。その背景には、5年半の営業経験がありました。
「蔵の外で仕事をした結果『麒麟山』の良いところが見えてきたので、その部分を伸ばしていこうと思ったんです。飲みに出かけた先で『麒麟山、置いてないの?』と言っていただけるくらいになりたいですね。地元に愛される酒として、新潟の生活にぴったりと合った"新潟らしいもの"と言われたい。『これがないと困る』と言われるまでに発展させたいと思っています」
掃除が隅々まで行き届いた蔵。そして訪問者である私たちに、常に笑顔で挨拶をしてくれた蔵人たち。その様子を見るだけでも、素晴らしいチームワークのもとで、ていねいに酒造りをしていることが伝わってきます。消費者の日常に寄り添った「ああ、この味!」を生み出すことができる理由を知ることができました。
(取材・文/ミノシマタカコ)
sponsored by 麒麟山酒造株式会社