文化、ファッション、アニメなど様々な日本のコンテンツを海外に発信している「クールジャパン」施策。内閣府知的財産戦略推進事務局が実施する平成28年度第2次補正予算 「クールジャパン拠点連携実証調査における実証プロジェクト」のひとつとして、「日本酒と関連分野を組み合わせた海外富裕層向けマーケティングモデルの構築」が採用されました。
このプロジェクトでは、今後日本酒の需要増加が見込めるアメリカや香港で、富裕層に影響力を持つワイナリーオーナーやシェフ、レストランマネージャー、メディアら6名の専門家をゲストに招き、2017年2月5日~9日の5日間、茨城県笠間市、長野県上田市・小布施町、東京都の蔵元や文化施設を視察。地元の蔵元たちと交流したほか、長野市の「信州地酒で乾杯の日」(毎月8日)にあわせてシンポジウムも開催されました。
ゲストとして招へいされたのは、カリフォルニア州ナパバレーにある名門ワイナリー「Robert Sinskey Vineyards」のオーナー ロブ・シンスキーさん(写真右から3番目)と、その奥様で料理研究家のマリア・シンスキーさん(写真右から2番目)、全米で100万部発行されているFood&Wine誌編集長を経て、現在はニューヨークのFood&WineがプロデュースするレストランChefs Clubでクリエイティブディレクターを勤めるダナ・コーコーウィンさん(写真左)、ザ・ペニンシュラホテル香港にある日本食レストラン「今佐」のジェネラルマネージャー ジャック謝さん(写真左から2番目)、香港の食のバイブル的雑誌Eat and Travel Weeklyの記者フンさん(写真後列左)とカメラマンのチャンさん(写真後列右)、の6名。
今回SAKETIMESは茨城県・長野県の蔵元を訪ねる同ツアーに同行。蔵元とゲストの交流や、日本酒の未来について白熱した議論がかわされたシンポジウムの模様などをご紹介します。
アメリカ自然派ワインに通ずる酒造り――須藤本家/茨城県笠間市(1日目昼)
初日は、茨城県笠間市にある須藤本家の訪問からスタートしました。
須藤本家は平安時代から酒造りをしている、日本最古といわれる酒蔵です。須藤源右衛門(げんえもん)社長によると、今も昔と変わらず、神事としての酒造りを大切にしているとのこと。まずは庭先で、酒蔵を囲む木々や井戸といった敷地内の環境や蔵の歴史について話を聞いた後、室内に場所を移して試飲会が開かれました。
試飲はお猪口ではなく、銘柄ごとに異なる形状のワイングラスで提供されました。 須藤社長が様々な器を試した中で、酒を表現する手段として最も適したグラスを選択しているそうです。
ワイナリーオーナー ロブ・シンスキーさんの「ここで造られている日本酒は完全なオーガニックなのですか?」という質問にはじまり、地域の米と水を使った伝統的な酒造りへのこだわり、その中でどのようにイノベーションを起こしているかなどについて活発な議論がされました。
試飲会終了後、ロブ・シンスキーさんに印象を伺ったところ「須藤社長は、アメリカで自然派ワイン造りをする人たちと同じような考え方をしています。例えば、社長は1年、2年でものごとを見ているのではなく、自然に変化はつきものだと知り、日々イノベーションを起こしながら酒造りを続けています。彼のように、環境をふくめて酒を語ることは、生産者としてもよい伝え方だと思います」と前向きに評価する反面、「自然にこだわっているのに、麹は外部から買っていることにギャップを感じましたね。ワインの場合、すべて自分たちで造るので」と話していました。
ニューヨークでは"ストーリーが大切"――上田市利き酒会(1日目夜)
その後、一行は長野県上田市に移動。上田東急ホテルにて、上田市と佐久市から6つの酒蔵が参加した利き酒会が行われました 。各蔵が特徴や酒の味わいを説明した後、それぞれが一押しの酒をゲストが利き、丁寧にコメントを返していました。
岡崎酒造(上田市)では、蔵の女性杜氏・岡崎美都里さんが、造っている特定名称酒の種類を説明。それに対し、レストランChefs Clubのクリエイティブディレクター・ダナ さんは「"大吟醸"は聞いたことがありますが理解するのは難しいです。このような分類の説明よりも、実際に味わってみたり、その酒蔵やお酒にどのようなストーリーがあるのかを伝えることが重要です」と、より魅力的に消費者にアピールするための情報は何かを提案していました。
沓掛酒造(上田市)は、日本でもトップクラスの柔らかい軟水で酒を造っているとのことで、雑味のない味わいをアピール。ロブ・シンスキーさんは「酒がどのような地域で造られているのかを話してくれたので、その味わいにも共感できました。自然が与えてくれたものを活用して売ることは大切。地域性が酒の中に生きています」と評価していました。
利き酒会では、酒だけでなく地元の文化についても紹介されました。 酒にあう地元産漬物のほか、味噌、ジャム、肉加工品、みすず飴など地元の食も多く並んだほか、和菓子作りの実演や上田の農民美術である"木彫り"のボトルキャップのプレゼント、上田紬の展示も。会の最後には、信州上田真田陣太鼓保存会による勇壮な和太鼓の実演も行われました。
利き酒会についてダナさんやシンスキー夫妻は「品質ももちろん大切ですが、どんな地域で造られているか、どんな人たちが造っているのかといった、お客様にその蔵や酒を覚えてもらうための『ストーリー』も大切です。今回試飲させていただいた6蔵は、それぞれの個性を持っていたので、よりストーリーを発信すればニューヨークでも楽しんでもらえると思います」と前向きな感想を述べていました。
料理提案や商談にまで発展――岡崎酒造/長野県上田市(2日目朝)
2日目は、前日の試飲会にも参加した岡崎酒造の酒蔵見学からスタート。国内でも数少ないといわれる女性杜氏の岡崎美都里さんと夫の岡崎謙一さんが、敷地内を案内してくれました。
"搾ったまま"というガス感が残る酒を試飲。料理研究家のマリア・シンスキーさんは「焼き魚のほか、クリーミーなロブスターのサンドウィッチなどが合いそう。蕎麦で作ったクレープにキャビアをのせたものにも合うかも。飲むと一瞬甘いように感じるけど、実際の味は甘くないですね」と、具体的な料理を提案していました。
岡崎酒造に対して特に強い興味を持っていたのが、ザ・ペニンシュラホテル香港の日本食レストラン「今佐」のジェネラルマネージャーのジャック謝さんです。「昨日飲んだ6つの蔵の中で、一番岡崎酒造が印象に残りました。香港の富裕層に提供するとき、女性杜氏であること、杜氏自ら米を作っていることがアピールポイントになります」と話し、具体的にペニンシュラホテルでの提供について商談を開始する意志を示しました。
その後、上田市の名所である上田城、みすず飴本舗を見て回った後、栗と北斎、ワイン、そして美しい街並みが有名な小布施町に向かいました。
デザイン性の高さを付加価値にする――小布施堂(2日目昼)
小布施町にある甘味処・小布施堂では、枡一市村酒造場の市村次夫社長とともにモンブランと日本酒を楽しみました 。蔵を改装し、テキスタイルデザインが人気のファッションブランド・ミナペルホネンの生地を使った椅子が配置されたオシャレな店内に、みなさんの会話もデザイン中心に。
桝一市村酒造場の個性的なボトルについて、ダナさんは「美しくて最高なデザインですね。ただ、すべての人に受けるものではないと感じたので、大衆を相手にするというよりも、ニッチな層向けになりそうです。ターゲットは少ないですが、『白金』など特にデザインが良いので、値段を上げて売ることができるのではないでしょうか」と、付加価値をつけた商品のターゲティングについて市村社長に提案していました。
枡一の酒ボトル。写真中央の銀のボトルが「白金」
空間造りもマリアージュを楽しむポイント――レストラン蔵部(2日目夜)
その後、古民家やショップ、北斎館を見学し、夕食は桝一市村酒造場の酒蔵の一部を改装したレストラン「蔵部(くらぶ)」へ。ダウンライトの空間、オープンキッチンと大きな窯を見たゲストは口々に「アメイジング!(素晴らしい)」と絶賛です。
ここでは枡一市村酒造場のほか、同じ小布施にある酒蔵・松葉屋本店の日本酒も並び、日本料理とのマリアージュを楽しみました。
ジャック謝さんは、レストラン蔵部について、「市村社長のように、蔵を継いで30年以上にもなるベテランの年代でこのような発想力は素晴らしい」と絶賛。また松葉屋本店について「北信流は飲みやすいし、米の後味を感じることができました。ボトルのデザインもユニークです。ただ用意されていた150mlの瓶は、レストランで提供するには小さいと感じましたね」と、自らのレストランで提供することをイメージしながら真剣に試飲していました。
今回ゲストとして参加しつつ取材も行っていた、Eat and Travel Weeklyの記者・フンさんは「香港には日本食レストランが多くあります。また、最近では、意味は知らなくても『酵母』という言葉を知っています。この流れの中で、日本酒ももっと人気がでるのではないでしょうか」と、日本食と日本酒の可能性について話していました。
シーズン最後の酒米を味わう――桝一市村酒造場/長野県小布施町(3日目朝)
最終日の朝は、前日夜に味わった2つの酒蔵の見学から始まりました。まずは桝一市村酒造場へ。このとき蔵では今シーズン最後の酒米を使った仕込みが行われており、和釜を使って蒸した米を試食しました。
麹室見学のほか、醪の試飲も。ロブ・シンスキーさんは「とてもクリーミーで日本酒の味わいとはまた違いますね」と驚いていました 。
次に向かった松葉屋本店では、搾りたての酒を試飲しました。
ロブ・シンスキーさんは、「昨夜は料理と一緒にここのお酒を楽しみましたが、料理なしで試飲すると、酒の特徴が目立ちますね。また午前と午後でも感覚が異なります。ワインもそうなのですが、食べ物と一緒に試飲したほうが、お客様に提供するにあたってのイメージが明確になっていいですね」
ジャック謝さんも同意を示し「時間をおいて再び試飲することで、印象をはっきりさせることができてよかったです」と話していました。
2月6日から3日間にかけて、茨城県笠間市、長野県上田市・小布施町の蔵元や文化施設を訪問したゲスト6名。ツアーを通して、それぞれが感じた海外富裕層マーケットへの日本酒の可能性や、情報発信の仕方、インバウンド対応などを話し合うシンポジウムが、この日の午後に行われました。一体どのような議論が交わされたのでしょうか。記事の後編にてご覧ください。
(取材・文/ミノシマタカコ)
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