日本酒の魅力にはまると、そのお酒の生まれた地域や背景、どんな人がどんな場所で造っているのかなど、まるで恋愛と同じように好きなお酒のことをいろいろと知りたくなります。

飲食店に蔵元を招いて開かれる「蔵会」は、造り手から直に酒造りの話が聞けて、さらに、その蔵で醸す旬のお酒を飲み比べることができるという日本酒ラバーにとっては最高の機会。参加者の中には、生まれ育った故郷に思いを馳せながら参加されている方もいて、蔵会の楽しみ方は千差万別です。

この記事では、阪神淡路大震災で蔵が壊滅的な被害を受け一時再建を断念するも、2007年に復活を遂げた兵庫県神戸市の泉酒造が醸す酒「仙介」を味わう会のレポートをお届けします。

16年間、地道に地酒を広め続けた「稲毛屋」の蔵会

今回の「蔵会」の会場は、昔ながらの街並みが残ることで有名な「谷根千(谷中・根津・千駄木)」のひとつ、東京都文京区千駄木にある「鰻と地酒 稲毛屋」。昭和2年創業、歴史の移り変わりを長い年月見つめてきた風情あるお店です。

通算第299回を迎えた「稲毛屋」の蔵会。第1回が行われたのは2003年10月のことです。三代目店主の當間(とうま)さんは、当時をこう振り返ります。

稲毛屋 店主 當間光浩氏

「稲毛屋」 店主の當間光浩さん

「今でこそ日本酒ブーム到来で、若い人にも浸透しましたが、日本酒といえば昔はおじさんが飲む酒。鰻も同じで、若い人が好んで店に訪れることがなかったんです」

どうしたら日本酒と鰻を若い人に広められるのか。知恵を絞った結果、「イベントなら若い人にも来てもらえるのではないか」との考えが功を奏し、今では若者からお年寄りまであらゆる世代が訪れてくれるようになりました。

日ごろから試飲会や蔵へと足を運び、お客様にお勧めしたいお酒を探し続ける努力を惜しまない當間さん。

今となっては手に入れづらいお酒となった「而今」も、まだ無名なころに試飲会で出会い、その美味しさに感動。お店に置いて蔵会でもその魅力を広めてきた陰の功労者なのです。その功績から、「而今」の蔵会を開催できる数少ないお店のひとつとなりました。

そんな先見の明がある當間さんが、「仙介」に出会ったのは2014年の試飲会でのこと。「これは美味しい!」と感動し、一緒に行ったスタッフも同感だったことから、その場でお店に置くことを決定。それから毎年「仙介の会」を開催し、今回の会で6回目となりました。

震災から不死鳥のごとく甦った泉酒造

仙介を味わう会の看板

泉酒造は1756年、兵庫県有馬郡道場村に創業し、1844年、3代目「泉仙介」の時に現在の地、神戸・御影に移転します。御影は、当時から日本を代表する酒造りに最適な土地柄。「灘五郷」のひとつでもあります。

創業から240年を迎えようとしていた矢先の1995年1月17日。阪神・淡路大震災で蔵は壊滅的な被害を受けます。木造の仕込蔵や瓶場などが倒壊し、残ったのは製品倉庫と事務所だけ。一時は再建を断念したそうです。

しかし、「歴史ある灘でもう一度酒造りをしたい」との現社長や従業員の熱意と尽力が実り、9年間の休業を経て2007年より小規模ですが醸造を再開することができました。

当時の7代目は、再建した蔵で造るお酒ができあがるのを心待ちにしていました。しかし、仕込みも終わり商品銘柄を思案していた矢先に、そのお酒を口にすることなくこの世を去ります。

泉酒造に代々継がれてきた名 「仙介」。従業員全員一致で、この名を新しい酒の銘柄とすることに決めました。「仙介」は、蔵を守り抜いた代々の蔵元の想いが詰まったお酒なのです。

それから2年後の2009年、当時34歳の和氣卓司氏を杜氏として迎え、灘の歴史と伝統を受け継ぎながら若いエネルギーを注ぎ込むことで、新たな「仙介」の歴史が始まりました。

ハイテクとローテクの融合で醸す酒

ここで、泉酒造が醸す「仙介」と「琥泉」、2つのお酒の魅力についてご紹介します。

「仙介」シリーズは、地元・兵庫県産の酒造好適米(主に山田錦)で造った酒です。丹波流の仕込みで、酒造りに適した酒造好適米を100%使用することにより、お米の旨みを最大限に引き出します。上品な味わいと旨味で、よりハイグレードなお酒を目指しています。

「琥泉」シリーズは、地元兵庫県産米を100%使用。麹米は酒造好適米(主に五百万石)、掛米に一般米を使っています。あえて山田錦は使わず、毎日の晩酌に飽きさせない味わいと旨みを目指した、コストパフォーマンスに優れたお酒です。

和氣杜氏の好きな飲み方は、「仙介 純米大吟醸 無濾過生酒原酒」とナッツやチーズを酒の肴に。食中なら「仙介 特別本醸造 一火原酒」のロックで、肉料理やお鍋と合わせるのが好みとのこと。

(左)泉酒造 営業 永井正明氏 (右)杜氏 和氣卓司氏

泉酒造 営業の永井正明さん(写真左)と杜氏の和氣卓司さん

泉酒造では、どのような酒造りを目指しているのでしょうか?

「原料米は、100%兵庫県産にこだわっています。多品種・小ロットの仕込体制で、夏場の2ヶ月間のみ休蔵する、“10ヶ月間製造、3-3期醸造”スタイル。熟成を要する純米酒や本醸造はもちろん、フレッシュ感がある無濾過生原酒を通年で販売できるのは、3-3期醸造ならでは」(和氣杜氏)。

温暖な時期でも仕込みを可能にする大型の冷却機などの設備を整えていますが、麹は手造りのこだわった箱麹を使っているのだとか。ハイテク設備とローテクの技術の融合で醸すお酒が、「仙介」と「琥泉」なのですね。

うなぎ料理と11種類の日本酒を堪能

それでは「仙介」を味わう会でふるまわれたお酒ののラインナップを紹介します。

  • 「仙介 大吟醸原酒 雫取り」
  • 「仙介 純米大吟醸 袋吊り おりがらみ 無濾過生酒原酒」
  • 「仙介 純米大吟醸 無濾過生酒原酒」
  • 「仙介 特別純米 無濾過生酒原酒」
  • 「仙介 特別純米 おりがらみ 無濾過生酒原酒」
  • 「仙介 特別純米 ひやおろし」
  • 「仙介 特別純米白麹 無濾過生酒原酒」
  • 「仙介 山廃純米 無濾過生酒 原酒」
  • 「仙介 山廃純米」
  • 「琥泉 辛口純米 無濾過生酒原酒 氷温貯蔵」
  • 「イズミチャレンジ 30BY 純米吟醸 超辛口」

同じ酒蔵のお酒を飲み比べると、精米歩合や火入れ回数、造りの違いなどによって、こんなにも味わいが変わるのか!と、発見と驚き、そして感動があります。

参加者からは、「今回のラインナップは極上酒、定番酒、挑戦酒というコンセプトがはっきりしていて、ワクワクしながら飲み比べました。挑戦酒のイズミチャレンジ超辛口や、シャインマスカットやライチを思わせる濁りが特徴的な『仙介 特別純米白麹 無濾過生酒原酒』は、他にない味わいで感動でした!今後の展開が楽しみです」と、喜びの声が聞こえてきました。

稲毛屋では、参加した方にラインナップ全てを十分に堪能してもらいたいという思いから、どのお酒も、温度指定の燗酒リクエストに応えるという神対応。ひとり4合は飲めるようにと1銘柄につき3本準備しているそう。

稲毛屋の」うな丼

料理は、蔵のある地域の食材を取り入れるなど、日本酒に合うお料理ばかり。

参加者それぞれがペアリングを楽しんでいるようで、常連の参加者の方からは、「今回は神戸牛のたたきが美味しかった。『イズミチャレンジ』の辛口が油を切って、好みのマリアージュでした!」との声を聞くことができました。

そしてなんと言っても素晴らしいのは、料理の〆に鰻が出てくることではないでしょうか。さすが鰻屋さんで開かれる蔵会ならではですね。お出汁もあるので、お好みで「ひつまぶし」も楽しめました。

蔵会では「杜氏を質問攻めにすべし!」

大好きな蔵の様々な種類のお酒を飲み比べできるだけでも楽しい蔵会。和氣杜氏に蔵会をもっと楽しむコツをたずねると、「蔵元や杜氏が参加する会なら、お酒造りのこだわりや苦労話なんかを聞くのも面白いと思います。とにかく質問攻めにすることですね!」と話してくれました。

創業270周年に向け、和氣杜氏を中心にチャレンジを続ける泉酒造。

「お酒が登場するあらゆるシーンに合うお酒を、いろいろと造っていくので楽しみにしていてほしい」と、和氣杜氏が今後の意気込みを語って、この日の「仙介」を味わう会は幕を閉じました。

震災を乗り越えた不撓不屈の精神で醸す、泉酒造の「仙介」。これからのさらなる発展が楽しみです。

(取材・文/カナポン)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます