南部流の杜氏や蔵人が集まり、酒造りの基礎や最新の研究を学ぶ、毎夏恒例の南部杜氏酒造講習会。2019年は、7月23日(火)~7月26日(木)の4日間にわたって開講されました。

講義で話されたのは、品質管理や新しい香り成分などについて。南部流の杜氏や蔵人にとって重要な役割を担っている、講習会の様子をお伝えします。

南部流の蔵人が集まり、技術向上を目指す

名だたる南部杜氏を輩出した岩手県の石鳥谷(いしどりや)の風景

杜氏や蔵人たちが集まったのは、名だたる南部杜氏を輩出した岩手県の石鳥谷(いしどりや)という小さな町。町の産業が農業中心だったため、冬場の稼ぎを求めて酒造りに従事する人たちが多く、彼らが知識の向上、職の斡旋、職人の共助を目的に立ち上げたのが南部杜氏組合です。

南部杜氏酒造講習会の会場・石鳥谷生活学習会館

会場は、石鳥谷会場と紫波(しわ)会場の2つに分かれ、講師が両会場を移動するので内容は同じ。また、賛助会費を支払うことで、南部杜氏組合に属さない方でも受講可能です。

教室は初心者向けの特科、経験を積んだ蔵人向けの研究科、杜氏資格を持つ人向けの杜氏科に分かれます。特科には試験があり、これに合格すると研究科に進み、杜氏を目指すことになります。

南部杜氏組合では、蔵で職歴(どのような役職を何年務めたか)と、南部杜氏講習会への参加回数(どの科目に何回参加したか)がポイント制で加算されて杜氏試験の受験資格が得られます。杜氏試験の内容は利き酒、計算試験を含む筆記試験、そして面接があります。合格は難しく、チャレンジを繰り返している蔵人も少なくありません。

新しい香り成分「4MMP」の可能性

最終日の特別講演を含む4日間は、講義でみっちりと埋まっています。南部杜氏たちが技を競い合う場として開催されている「南部杜氏自醸清酒鑑評会」で首席になった蔵からは醪の管理や造り環境の紹介、各地から集まった講師からは最新の情報が集まりました。

それでは、講習会の様子を見てみましょう。独立行政法人酒類総合研究所・飯塚幸子先生の発表テーマは、「清酒の新しい香り・4MMPの発見」です。

米に含まれるタンパク質は、その特徴によって「PB-Ⅰ」と「PB-Ⅱ」という2つのグループに分けられます。PB-Ⅰは溶けにくい性質のプロラミンが、PB-Ⅱは溶けやすい性質のグルテリンが主要なタンパク質として集積しています。その構成比は米の品種や産地栽培環境によって変化し、米の溶けやすさや酒の香味に影響を与えているそう。

PB-Ⅰが多く含まれるように品種改良された清酒用タンパク質変異体米で試験醸造された日本酒は、アミノ酸などが少なくすっきりとした味わいで、特徴的な香りが目立ちます。その香り成分を分析すると、「4-メルカプト-4-メチルペンタン-2-オン(4MMP)」という有機化合物が香りに寄与する成分だとわかりました。4MMPは、柑橘類やツゲを思わせる香りとして、ワインの世界ではよく知られている成分です。

4MMPが生成する前段階の物質は一般米にも含まれていますが、PB-Ⅰの含有量が多い米ほど4MMPが生成されるようです。また、清酒酵母によって生成されることも確認できたとのこと。

これまでも、全国新酒鑑評会などで「ライチ様の香り」や「柑橘類様の香り」という指摘がありましたが、その由来成分は特定できていませんでした。今後、4MMPの生成量をコントロールする技術が確立すれば、ライチや柑橘類の香りがする日本酒が造られるようになるかもしれません。

南部杜氏酒造講習会の講義の様子

さらに、品質管理についての講習も。近年はあまり聞かなくなった火落性乳酸菌による汚染ですが、蔵人としては要注意です。ヨーグルトや乳酸菌飲料などから菌が移る可能性は常に潜在しています。

つまるところ、作業前に手をしっかり洗う、洗口液でうがいをする、麹はむやみやたらに触らないなど、日本酒の質を高めるためには日々の行動の積み重ねが重要なのです。

会場内では、醸造設備の展示会も開かれていました。洗米機や分析機器などが並び、興味深そうに眺める蔵人も多く見られました。

蔵人同士のネットワークを育む夜

研修は夜も続きます。杜氏や蔵人たちが一堂に会する機会ですから、講習会の後は酒造関係者が集まり、懇親会が開催されます。これも講習会の大事なポイントです。

南部杜氏酒造講習会、夜の懇親会の様子

酒造りの期間中、蔵人たちは非常に孤独なもの。酒蔵と家の往復を繰り返すので、ほかの蔵と情報交換する機会はなかなかありません。

しかし、日本酒業界にとって横のつながりは非常に重要です。これは、蔵人の共助が南部杜氏組合のルーツという点からも見て取れます。

有望な人材が欲しいとき、技術の教えを請いたいとき、酒造りで悩んだとき、気軽に相談できるオープンな場所が必要になりますが、そのようなネットワークを懇親会で育むのです。会社の枠を越えた同業他社のつながりが多いのは、日本酒業界の特徴のひとつでしょう。

南部杜氏酒造講習会、夜の懇親会の様子

昼は酒造りの知識や技術を学び、夜は志を同じくする仲間たちと親睦を深める。南部杜氏酒造講習会は、南部流の杜氏や蔵人にとって、なくてはならないものでした。

(文/リンゴの魔術師)

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