世界にはさまざまなお酒がありますが、日本酒ほど幅広い温度帯で楽しまれるものはありません。冷酒、常温、熱燗......どの温度で飲んでもそれぞれの美味しさがあります。

なかでも、料理との相性も良く、体温と近い温度で飲み疲れしにくいのが「燗酒」です。しかし、燗酒に苦手意識を持っている方や、自分で燗をつけた経験のない方も多いのではないでしょうか。

そこで、家で燗酒を美味しく楽しむために必要な道具や方法などについて、燗酒の美味しさを広める活動をしている熱燗DJつけたろうさんにうかがいました。

加熱方法は「湯煎」がおすすめ

DJつけたろうさん

【話をうかがった人】 熱燗DJつけたろう さん

日本酒への愛情を熱燗で表現する熱燗DJ。料理人とコラボしたペアリング提案、酒蔵・百貨店・行政などとのコラボ、酒器のプロデュース、日本酒ライター、酒販業や飲食店への日本酒メニューの提案など、「日本酒」に関わるさまざまな活動を行う。定期的に開催する熱燗と料理のイベントでは、 魅惑の日本酒プレイリストでオーディエンスの心に火を付けている。2020年10月に会員制の酒屋「つけたろう酒店」をオープン。

燗酒を楽しむコツをたずねると、「燗酒をしようと思ったそのワクワク感を大事に、自分の好きなお酒を好きなように温めればいいと思います」と語るつけたろうさん。

そんなつけたろうさんは、どのように燗をつけているのでしょうか。つけたろうさん流のこだわり方と、美味しくつけるためのポイントを教えていただきました。

まずは、お酒を温める方法。「湯煎」「レンジ」「直火」といろいろな選択肢がある中で、圧倒的に湯煎がおすすめとのこと。

「直火は温度が急激に上がって熱ムラができるので、おすすめできません。レンジでの加熱も、実際に飲んでみると、湯煎のほうが美味しいことがわかりますよ」

徳利、平杯、ビーカー

湯煎で燗をつける時に用意したい道具は、「徳利」「平盃」「ビーカー」の3つ。温度計は絶対に必要なものではないとのこと。

「温度は指標のひとつで、それだけを頼って燗をつけることはしません。お酒の味わいはその時々によって変わるので、香りを嗅いで決めます。でも、目安として温度計があったほうが良いかもしれませんね」

温度計を使うのであれば、スティックタイプのデジタル温度計が、素早く正確に測れて使いやすいそうです。

ガラス製のビーカーでムラなく温める

香り
「湯煎をするとき、ビーカーを使うと失敗しづらく、美味しく仕上がります。途中で味見もしやすいのでおすすめです」と続ける、つけたろうさん。

徳利に直接お酒を入れて温めてしまいがちですが、温度のコントロールが難しいのと、アルコール感が立ちやすくなるようで、あまりおすすめしていないそうです。

「ビーカーは、均等に温められるのと、手に入れやすい値段なので試しやすいですね。実験器具にも使われるガラスは化学変化が起きず、味に対する影響が少ないんです」

ビーカー

つけたろうさんは、ビーカーのほかに、丸型フラスコも使っています。「見栄えもいいし、形がかわいらしいでしょう?」と、お酒を温める時も楽しそうです。

ビーカーを使った燗の方法を覚えたら、次はちろりでの燗です。食材にはそれに適した調理器具や調理方法があります。それと同じように、燗酒も銅に似合うもの、錫に似合うものがあるそうです。

「ちろりには、ステンレス製、銅製、錫製などがありますが、それぞれで味わいが変わります。燗つけに慣れてきたら、お酒によってちろりを使い分けてほしいですね。おすすめは圧倒的に錫と銅です」

平杯

ビーカーやちろりで温めたお酒は、徳利に入れ替え、平杯に注ぎます。徳利にお酒を注ぐ時に空気に触れるので、さらに美味しくなるのだとか。

器の違いで比べてみると、お猪口やぐい呑みでもよいのですが、呑み口の広い平杯でいただく燗酒はより美味しく感じられるのだそうです。

「最初は100均の徳利やアマゾンで売っている安い平杯で充分」ということなので、徳利と平杯はぜひとも手に入れましょう。

お湯の温度は「80度」をキープ

ビーカーやちろり、そして徳利と平杯を用意したら、いよいよ実践です。

まずは鍋に約80度の湯を張ります。鍋の底面に泡が出始めるのが目安です。本格的にやってみたい方は温度を一定に保てる低温調理器がおすすめとのこと。

燗つけ

「お湯の温度は、だいたい80度くらいを目安にしてください。熱湯では急激に温度が上がりすぎて、美味しいと思える温度が探しづらいです。また、同じ温度で何度も燗をつければ、美味しいと感じた味わいを再現できるようになります」

続いて、ビーカーまたはちろりに日本酒を入れて、お湯で温めます。温度計を使って軽く混ぜながら、温度計がなければ、ビーカーやちろりを揺らして、お酒の温度が均一になるように混ぜます。

「お酒の温度が変わると様々な香りが立ち上ってきます。美味しそうな香りになったら、味見してみて、美味しかったら、ビーカーやチロリを引き上げてください。途中の味見は全然OKです!どんどんしましょう」と、楽しそうに話すつけたろうさん。

お酒を温めるのと同時に、徳利もお湯を中に入れて温めておきます。これは、燗酒を注いだ時に温度が下がらないようにするための工夫なのだとか。徳利のお湯を出して、お酒を注いだら燗酒のできあがり。飲む前に平杯もお湯をくぐらせて温めておくと良いそうです。

「徳利に移したら2~3分待つとさらにいいですね。味が不必要に暴れているので、落ち着くまで置きます」とアドバイスも。

ブレンドやスパイスで広がる燗酒の世界

燗つけセット

温める道具の違いを感じるために、今回は「黒松剣菱」を道具違いで燗つけしたものを飲み比べました。

ひとつはビーカーでつけたもの、もうひとつは銅製のちろりでつけたものです。温度はどちらも63度。温度が上がったら徳利に移し、平杯でいただきます。すると、味わいがまったく違うことに驚かされます。

ビーカーは、まさに「黒松剣菱」をそのまま温めたというもの。常温で飲んだときと味の印象はあまり変わりませんが、温度が上がることにより身体にすっとなじみます。

銅のちろりは、ふくよかでコクがありキレも良く、「黒松剣菱」の良い特徴がグッと全面に出たような味わいに変化していました。

熱燗

「マニアックな燗酒にトライしてみるのであれば、お酒をブレンドする方法もあります。美味しくブレンドするのはなかなか難しいので、初めは上手くいかないかもしれないですが、それも含めて楽しんでみてください」と、つけたろうさん。

例えば「瑞祥 黒松剣菱」と「極上 黒松剣菱」を 2:8 の割合でブレンドし、銅のちろりで63度まで温めた燗酒。ひとくち飲むと「瑞祥 黒松剣菱」によって熟成感と奥行きが増し、先程の剣菱の燗酒よりも深くしっとりとした味わいでした。

さらに、「スパイス燗酒」というお燗の上級テクニックも教えてもらいました。

「黒松剣菱」の場合はクローブを5粒、グリーンカルダモンを2粒に軽くヒビを入れ、これをお酒1合に加えて、63度まで温めます。温まったら茶こしなどでスパイスを取り除き、徳利に移して完成。スパイスを加えてみると、日本酒なのにエキゾチックな味や香りになり、また違った味わいが楽しめます。

「スパイス燗酒は、麻婆豆腐に合わせたら最高ですし、豆板醤や豆鼓などを使用した味噌ベースのタレをかけたミスジの焼肉とも相性が良いですよ」と、料理の腕前もプロ級なつけたろうさんならではのペアリングメニューを教えてくれました。

燗

あらためて燗酒に向くお酒について伺うと、「何でもやってみればいいと思います。美味しいという感覚は個人の主観なので、自分の美味しいを楽しんで探してみてほしいです」と語るつけたろうさん。

「ただ、あえて挙げるのであれば、冷やしてワイングラスで飲むようなフルーティーなお酒は避けたほうがいいですね。ワイングラスで冷たい温度にして飲んだほうが美味しいお酒が多いと思うので」

つけたろうさんが燗酒にハマったのはサラリーマン時代のこと。友人に連れて行ってもらった居酒屋で飲んだ仁井田本家の「にいだしぜんしゅ 純米吟醸」のお燗がきっかけでした。やはり、美味しいお燗をつけるには、美味しい燗酒に出会ってその味わいを知ることが大事なようです。

そうして知った美味しい燗酒を再現できるように、お酒の種類を変えてみたり、温度帯を変えてみたり、道具を変えてみたり、いろいろとチャレンジしてみてください。試していくうちに燗酒の世界がより鮮明に見えてくることでしょう。

日本酒と燗酒の楽しみを教えてくれた熱燗DJつけたろうさん、ありがとうございました!

(取材・文:まゆみ/編集:SAKETIMES)

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