ご飯を炊こうと米を研ぐと、たった1回でも、研ぎ水が糠で真っ白になります。日本酒造りでも同様に、精米した米を蒸す前に、表面に付着した糠を取り除かなければなりません。巨大なタンクで何本も仕込まなければならない酒蔵では、どのように米研ぎをしているのでしょうか。

外側は硬く、内側は軟らかく

蒸米の様子

日本酒造りでは、米を蒸します。"炊く"のではなく、"蒸す"のです。

炊いたご飯はモチモチして美味しいですが、麹造りにおいては、粘りが強いと作業性が悪く、醪に入れるとすぐに溶けてしまいます。米が溶けすぎると、そこに含まれる雑味成分もいっしょに溶け出してしまうのです。ある程度硬い蒸米を使うことで、麹が手に付かず、醪に入れても20~30日間でほどよく溶け残ります。

蒸した米をほぐす様子

酒造りでは、米粒の外側が硬く内側には軟らかさが残る「外硬内軟(がいこうないなん)」の蒸米が良いとされています。麺を茹でたときに、外側は軟らかく内側が硬く残ることはありますが、これはその逆。不思議な状態ですね。

米を蒸す時間は、おおよそ50分。後半の約10分は高温で一気に蒸し上げて、表面についた水分を飛ばします。

そのため、内側の水分が蒸発しきれずに残るのです。表面は乾いているが内側の水分が残る。これが「外硬内軟」です。このとき、含まれる水分が多すぎても少なすぎても、外硬内軟にはなりません。

酒蔵の蒸米は数トン単位

家庭用の炊飯器は、3合から1升炊きが主流です。1升は10合なので、1合を約150gとして計算すると、家庭で炊くのは1.5kgが限界でしょう。野外の炊き出しなどでも、1俵(=60kg)を炊飯できる釜を見かけることはありません。

しかし、酒蔵の釜は一度に数トンの米を蒸すことができます。和釜と呼ばれる大きな釜やボイラーで蒸気を発生させ、木製や金属製の甑(こしき)を載せて蒸すのが一般的です。甑のサイズは人間がすっぽり入ってしまうぐらいの大きさ。この甑にぎっしりと米を詰めて、毎日蒸していかないと酒造りはできません。

酒米の管理

釜を複数持っている蔵や、連続式蒸米機という、米を入れると50分程度で蒸し上げてくれるオートメーション・コンベアを導入している蔵もあります。釜は大きければ良いというものではありません。蔵の規模に合わせたものが使われています。蒸し加減は、甑の素材やサイズに左右されるため、あえて木製の甑を使っている蔵も数多くあります。酒造りに対する各蔵のこだわりは、設備や道具にもあらわれるんですね。

原料処理の状況をまとめたホワイトボード

また、蒸し加減は、その日の外気温や湿度、米の量や温度などにも左右されます。釜番(かまばん)や蒸番(むしばん)、釜屋と呼ばれる担当者が天気や釜の具合などを見極めながら、蒸気の量や米の張り方を考えるのです。米の研ぎ方や浸漬時間を釜番が管理している蔵もあるようですね。

米研ぎは、昔も今も過酷な作業

『米研ぎは 楽だと見せて楽じゃない。寒中でも 裸足に裸 楽じゃない』という米研ぎ唄の一節があります。これが唄われていた時代では、どのような米研ぎが行われていたのでしょうか。

当時は、桶に水を貯めて、そこに米の入ったザルを浸けて手で研いでいました。このやり方は、今でも吟醸造りで行われている一般的な方法です。"手で研ぐ"といっても実際は、手のひらで起こした水流で1~2分ほど米を泳がせて、米の表面をなるべく傷つけないように、水流で表面についた糠を洗い流します。

ザルを使った洗米作業

しかし、そんな悠長に作業していては、数トンの米を研ぐことはできません。そこで、昔はもっと荒々しい方法で米研ぎが行われていました。

大きなザルに米を入れて手でガシガシと研いでいたのかと思いきや、それすらも面倒になったのか、足で米研ぎをしていたようです。しかも、寒い冬の川で行っていたのだとか。当時の蔵人たちは、まるで手のように足の指を動かすことができたそうです。

雪景色と川の風景

屋外には時計がないので、酒屋唄や米研ぎ唄を唄いながら研ぎ時間を計っていたのですね。厳冬の川に足を突っ込んで米を研ぎながら唄うとは、なんとたくましい。現代人には、真似できません。

吸水具合は日々変化する

ウッドソンを使った洗米の様子

今では、ウッドソンと呼ばれるタイプの吟醸用洗米機が使われることも多くなりました。水が渦を巻いている洗米槽に、10kgを1単位として米を流し入れると、ぐるぐるまわって洗米が完了します。1~2分洗ったあと、付着した糠を洗い流して浸漬の作業に移ります。

洗米が終わった酒米

杜氏や洗米担当者がストップウォッチを持って、米に水を吸わせる時間を秒単位で計ります。

米がどれくらいの水を吸うのかは、日々変化します。米の品種や産地、精米日、精米歩合、割れ米の割合、米の温度や水分量、その日の気温や水の温度などをみて、その日の洗米をどのように進めるか、総合的に判断しなければなりません。ここで水分量が多かったり少なかったりすると、麹造りや酒母造り、醪の管理など、後の行程に大きく影響します。実はこの見極めこそ、酒造りの肝なんですね。

目的の水分量までぴったりと吸わせたら、表面に付いている余計な水分を取り除きます。天地返しやバキュームなど、さまざまな方法があります。そして、余計な雑菌が付かないような場所で保管し、翌日の蒸しを待つのです。

大型の洗米機

さらに大量の米を使う蔵は、大型の洗米機を備えています。

大きな円錐型の洗濯槽に米を入れて水流で糠を除去し、続いて大きな網カゴ付の水槽に米を入れ、指定の吸水量になった時点で水槽の水を抜くというシステムです。1日に数トンの米を使う蔵であれば、こうした巨大な機械がダイナミックに活躍しています。しかし、ザルを使った米研ぎに比べると、上部と下部で吸水のムラが出るというデメリットもあります。

大型の洗米機

そこで、量が多くても吟醸造りで使う米はすべてザルで研ぐ、またはウッドソンを使うと決めている蔵もあります。その場合、1~2人の洗米担当はその作業につきっきり。日仕舞(ひじまい/毎日お酒を仕込むこと)で、1トン超の米研ぎ作業を終日やっているような蔵人もいるのです。

それだけ、米研ぎという工程が繊細で重要なのです。酒造りの世界では、洗米は下っ端の仕事ですが、杜氏がもっとも気にする工程でもあります。杜氏の隣で酒造りの勘どころを学ぶことができる、もっとも良い仕事なのかもしれません。

(文/リンゴの魔術師)

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