糖分をアルコールに変えるはたらきをもつ「酵母」は、日本酒造りには欠かせない菌。酵母の役割はアルコールを生み出すことだけではありません。実は、日本酒の華やかな香りも酵母が生み出したもの。酵母の種類が変わると、お酒の香りも変わるんですよ。

酒造りに使われる酵母は「きょうかい酵母」と呼ばれる協会系酵母、「M310」や「うつくしま夢酵母」「アルプス酵母」「静岡酵母HD-101」などの県開発酵母、さらに自然界に咲く花から分離した花酵母など、その種類は数えきれないほど。酒米や仕込み水と同じくらい、もしくはそれ以上に日本酒の多様性に大きく寄与しているのです。

お酒そのものを見ても正体がわからない清酒酵母について、詳しく学んでみましょう。

「酵母」はどうやって手に入れる?

仕込みに使う「液体酵母」は、ペットボトルのような容器に入った状態で蔵に届きます。こちらは、甘酒を濾したものをオートクレーブ(減菌処理法のひとつ)により殺菌したもの。この液体に、縫針の先に付いたかどうかもわからないくらい少量の酵母菌を添加するだけで、3日後には目視できるくらいにまで増えるんです。

沈殿しているのが酵母

酵母菌は120分に1回、自分のコピーを作ります。酵母にはみずから移動する能力がありません。醪の中を漂いながら、まわりにある糖を食べてエタノールや香気成分を生み出していきます。

このような液体培養を行うためには、クリーンベンチという無菌環境で作業できる設備が必須です。また、培地を殺菌するためにオートクレーブの設備が必要な上、酵母を保管するためにマイナス60℃まで酵母を冷やすことができるディープフリーザーも必要でしょう。

自社で液体培養ができない場合は、日本醸造協会が提供する「アンプル詰酵母」を使うのが一般的。小さなガラス容器に酵母が入っており、蓋をパキっと割って使います。

「固形酵母」は培養した酵母を遠心分離や圧搾、乾燥などの手段で脱水したもので粘土のような触感。酒母を省略した造りで使用されます。

「液体酵母」「アンプル詰酵母」「固形酵母」のどれを使うかは、蔵の設備によるところが大きいでしょう。どの酵母もポテンシャルはほぼ同じです。

顕微鏡で「酵母」を見てみよう

顕微鏡を使って、実際に酵母を見てみましょう。醪をいくらか汲み、緩衝液とメチレンブルー染色液という薬品で20倍に希釈します。

メチレンブルーは酵母を染めるための溶液です。生きている酵母は染まりませんが、死んだ菌体は青く染まります。酵母には移動能力がないので、パッと見では生きているのか死んでいるのかがわかりません。その区別をするために染色液を使うのです。

真っ青になりました!くるくると回して、まんべんなく撹拌しましょう。

酵母を数えるときは、トーマ血球計測盤を使って計測します。任意の50マス中に酵母が何個いるかを数え、希釈倍率から単位あたりの酵母数を算出するのです。

今回は酵母の姿を見るだけなので、スライドグラスに希釈液を垂らして顕微鏡で見てみましょう。どれどれ......。

丸いなにかが見えますね。これが酵母です。単球がつながっているのは、ひとつの酵母菌が分裂している最中のもの。

酵母が増えると、アルコールや香気成分がたくさん生み出されますが、増えすぎた状態で菌体が死滅すると、良くない香りが多く出てしまいます。その見極めも大事なんですね。

20倍に希釈した醪の中に、これだけの酵母がいました。しかも、スライドグラスに垂らしたのは50マイクロリットルという少量。醪の中には、とてつもない数の酵母が入っているんですね。

酵母の数で上槽日を決める

酵母数の計測は、醪の後半で上槽のタイミングを見極めるときに行われることがあります。

いつ上槽するかは、アルコール度数や日本酒度などの酒質設計、AB曲線やBMD曲線(醪を管理する方法)による醪経過からの判断、さらには見た目や香りなどの状貌をみて、杜氏が総合的に判断。化学的な裏付けが必要な場合は、ピルビン酸含量と酵母の死菌数計測をし、タンクや槽の空き具合を見て上槽日を決めます。

酵母の90~95%が生きている状態で上槽するのがベストですが、タイミングが遅れると酵母がへばってしまいます。

アルコール耐性があるとは言え、アルコール度数が15%程度になると、酵母にとってはかなり辛いようですね。仲間が増えても、供給される糖が減ってくると生きていけません。酵母は機能停止すると膜構造が壊れてしまい、内容物が出てきて清酒の香りに悪影響を及ぼしてしまうと言われています。

そこで近年、吟醸造りの市販酒を醸造する際には、アルコール度数をあまり上げずに15%程度のうちに上槽するのが傾向になりつつあるでしょう。アルコール度数19%の原酒に加水して度数15%の製品を造るのではなく、原酒で度数15%になるように造るんですね。原料効率(米1トンからとれる清酒の量)は悪くなるものの、味がきれいで軽快なのは低アルコール上槽の特徴です。

酒粕や無濾過生酒から「酵母」を自家採取!?

血球計算版やメチレンブルーを使わなくても、学校の理科室にあるような倍率400倍の顕微鏡を使えば、酵母を見ることができます。

さて、醪ではなく市販の日本酒や酒粕から清酒酵母を見つけることはできるのでしょうか。

日本酒の場合、火入れされたものや細かい目で濾過をしたお酒では難しそうですね。無濾過の生酒ならば、もしかすると見えるかもしれません。

酒粕はお酒を搾ったときに残る醪が圧縮されたものなので、搾りたてであれば多くの酵母が生きていると考えられます。市販されている酒粕でも、もしかするとわずかに残った糖を食べながら生きている酵母がいるかもしれません。

清酒そのものや酒粕から分離された清酒酵母を、他の発酵食品にも活用できたらおもしろいですね。

(文/リンゴの魔術師)

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