日本酒造りにおいて、アルコールを生成し、お酒の香味に大きな影響を与えるという点で欠かすことのできない酵母。6号、7号、9号などのきょうかい酵母や、長野アルプス酵母に代表される県開発酵母など、さまざまな酵母が用いられています。

そんな数ある酵母のなかに、自然に咲く花から分離した「花酵母」があるのを知っていますか?

ナデシコ、カーネーション、ヒマワリ、マリーゴールド、サクラ......これらはすべて、日本酒造りに必要な清酒製造用の酵母を分離できた花なんです。

花酵母とは?

花酵母とはそもそも一体どんなものなのか?

東京農大花酵母研究会の会長を務め、花酵母にこだわった「山車」の醸造元・原田酒造場(岐阜)の代表でもある、原田勝由樹さんにお話をうかがいました。

「花酵母とは、自然界に存在する花から分離した、天然の清酒酵母です。農大醸造学科の中田久保先生によって発見されました。

当時、中田先生の研究室で花酵母の試験醸造酒を飲んだとき、今までにない華やかな香りとパワフルな味わいに強く感動したのを覚えています。さらに大吟醸系の高級酒だけでなく、普通酒でもそのポテンシャルが発揮されていたのが印象的でしたね」

そして平成13年、中田先生に師事していた12蔵元が「中田酵母研究会」を設立。それを前身として、平成15年に現在の「東京農大花酵母研究会」が誕生しました。

最初はナデシコ酵母から始まった花酵母。今では40種類を越える酵母が農大の研究室で保存され、そのうち16種類が実用化されています。近年、長い間取り組んできた「サクラ酵母」の実用化にも成功したそうです。

「花酵母だからといって、花の香りがするわけではありません。使い始めた当初は『花酵母』という字面から『花の香りがするの?』『お酒に花が入っているの?』と疑問に思うお客さんが多くいました。そのイメージを払拭するのはたいへんでしたね」

原田酒造場では現在、サクラ、ナデシコ、アベリア、ニチニチソウ、ツルバラ、ベゴニアの酵母を使用しています。今後も、花酵母の使用割合をさらに高めていきたいと話していました。特に、バナナのような香りを生成する、シャクナゲ酵母に挑戦してみたいのだとか。

「花酵母」と言っても、種類によって発酵力などの特性はさまざま。ひとくくりに語ることはできないんですね。

花酵母の使い手たちに話を聞きました

花酵母のリアルを知るために、花酵母研究会が主催するイベントに行ってきました。毎年8月7日、花の日に行なわれているという「花の宴」。花酵母をテーマにした唯一イベントです。

研究会に入会している30蔵のうち、焼酎やビールの蔵を含めた18蔵が参加していました。

はじめにお話を聞いたのは、長野・西飯田酒造店の飯田さん(画像右)。昭和59年生まれの県内蔵元で結成したユニット「59醸」の一員としても活躍しています。

「花酵母のお酒は今までもずっと造ってきましたが、僕が蔵に戻った3年前から全量花酵母に切り替えました」

飯田さんに花酵母の魅力を聞くと、香りよりもむしろその味わいの幅広さに大きな可能性を感じているのだそう。それを表現するために、なんと16種類もの花酵母を使っています。

こちらは「青煌」を醸す山梨・武の井酒造の清水さん。

蔵に入る前は、花酵母の代表格とも言うべき、茨城の来福酒造で修行していたのだそう。当時出会った、ツルバラ酵母と雄町の組み合わせに惚れ込み、10年以上取り組んできました。

武の井酒造は、花酵母を使った季節商品を今年からリリース。春はサクラ、夏はヒマワリ、秋はコスモス、冬はツバキの酵母を使ったお酒です。

こうやって季節感を演出できるのも、花酵母の大きな魅力かもしれませんね。

続いて、島根・李白酒造の田中さん。

李白酒造は、研究会の設立当初から花酵母に取り組んできました。

黒米を使った醸された「李白 CARO」は、島根県の県花であるボタンの花から抽出した酵母を使用。

その土地々々に縁のある花酵母を使うことで、地域性を鮮やかに表現しています。

こちらも、かなり初期から花酵母に取り組んでいる、佐賀の天吹酒造。「花酵母」と聞いて、この蔵を想起する人も多いでしょう。

県外向けの商品はすべて花酵母を使っているのだそう。専務の木下さんは「日本酒初心者の方にも楽しんでもらえるような、入り口になお酒でありたいですね」と話していました。

花酵母には無限の可能性がある

今では多くの日本酒ファンから注目されている花酵母も、実用化されるまでにはたいへんな苦労と時間がかかったのだとか。酵母そのものはどんな花からでも採れるそうですが、そのすべてが清酒造りに向いているとは限りません。

「採取してから実用化されるまでに1~2年。研究を進めたものの、製品化されなかった花酵母は数千種類とありますね」と、原田さん。

それでもメンバーの結束は固く、"今までと違う切り口で、新しい日本酒を表現したい"という思いで協力してきました。

「最初はイロモノ扱いされていて、業界内での批判もありました。でもみんな、当時の日本酒業界に流れていた閉塞感を打破したかったんですよ」

きっと、農大というホームをもって、一致団結したチームで研究を進めていったことも大きな意味があったのでしょう。

「日本酒が多様化していくなかで、無限の可能性を秘めた花酵母の価値は高まっていくと思います。お客さんが飲んだことのないような新しいお酒を提供したいと思いつつ、決して奇をてらうわけではなく、安定したものをお届けしなければなりません。

『花酵母』という名前に惹かれてくるライトな層はもちろん、日本酒を愛してきた往年のファンたちや、日本酒以外のお酒を楽しんでいる人たちにも飲んでほしいですね」

「花酵母には無限の可能性があります!」と、力強い言葉で取材を締めくくりました。

日本酒の新しい可能性を切り拓く「花酵母」。初心者にとっても、長年の愛好者にとっても、日本酒を再発見するひとつのきっかけになるでしょう。

(文/小池潤)

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