今回は日本醸造協会が全国の酒蔵に提供している「きょうかい酵母」についてご紹介します。
日本酒は、麹がでんぷんを糖分に変え、酵母が糖分をアルコールに変えることでできあがるのですが、その大事な酵母を酒蔵はどのようにして調達しているのか。現在ではそれぞれの蔵で酵母を培養して使っているケースもありますし、各県の工業試験場などが県独自の酵母を作る動きも盛んになっています。しかし、いまなお、大半の酒蔵が使っているのが「きょうかい酵母」です。
お酒に少しでも興味を持つようになると、裏貼りにあるスペックに目が行くかと思いますが、酵母の欄に「協会9号」とか「協会7号」とか表示されているのを見ることがありまよね。
そして、ふと、「協会1号というのはあるのかな?」「いったい、何号まであるのだろう」といった疑問がわくことかと思います。そこで、きょうかい酵母の全容と、それをどのように培養して、酒蔵に届けているのかを2回に分けて詳しくお伝えしたいと思います。
今回は協会の石川雄章会長にお話を伺いました。
清酒酵母が確認されたのは明治時代!
日本酒を醸すのに必要な清酒酵母の存在が確認されたのは明治に入ってから。それまでは、どこの酒蔵でも自分の蔵の中に棲みついている酵母を利用していたのですが、酒質にはばらつきがありました。
一方で明治時代に入ると、酒から徴収する税金が国家予算の大黒柱になったので、国は「優良な清酒酵母を探して純粋培養し、これを全国の酒蔵に提供することで、酒税の安定的確保につなげたい」と考えました。明治37年(1904)に設立された国立醸造試験所は全国各地の銘醸蔵の醪を集めて試験を重ね、明治39年(1906)に神戸・灘「櫻正宗」の蔵から収集した醪(もろみ)から清酒酵母を分離するのに成功し、限定的な頒布を始めました。
続いて明治末期に京都・伏見「月桂冠」の蔵から、大正3年(1914)には広島「酔心」の蔵から酵母を分離しました。そして、大正6年(1917)から、きょうかい1号、2号、3号と番号を付して日本醸造協会が酒蔵への頒布を始めました。大正末期には蔵が不詳の4号、広島「賀茂鶴」の蔵から5号が誕生しています。昭和10年(1935)に秋田「新政」の蔵の醪からきょうかい6号が誕生します。発酵力が強く、香りはおだやかで、まろやか。淡麗な酒質に最適な酵母で、全国の酒蔵からの評判も良く、5号までの酵母が戦前に頒布中止となったのに対して、現在に至るまで生き延びている最長老の酵母です。
特に、新政酒造が10年ほど前から6号酵母の長所を新たに引き出した酒を造ることで、他の酒蔵も改めて関心を強めており、一時は頒布中止も検討したらしいのですが、息を吹き返しています。
きょうかい酵母の横綱、7号・9号
戦後になると着実に酵母の種類が増えていきます。7号からスタートして番号が増え、平成18年(2006)に1801号酵母がデビューしています。
その主なものをご紹介します。
7号酵母は昭和21年(1946)に長野「真澄」の蔵からの抽出です。華やかな香りで広く吟醸用及び普通醸造用に適している酵母、と協会では説明していますが、香りを抑制した純米酒を造りたいと考える酒蔵が多用している気がします。9号酵母と並んできょうかい酵母の横綱です。
そして、もう一つの横綱の9号酵母です。
昭和28年(1953)に熊本「香露」の蔵から分離されています。当初は「香露」の蔵が自身で使うほかに、交流がある他の蔵にも提供していたところ、評判が広がり、全国から「協会として広く頒布してほしい」との要請が来たことから、協会が蔵に頼んで入手して、頒布を始めています。
このため、8号よりも誕生は早いのに、9号となりました。特徴は「短期間の醪で華やかな香りと吟醸香が高い」もので、吟醸酒造りに最適でした。多くの酒蔵が愛用し、のちにさらに香りを大量に生成する酵母が誕生する1990年代後半までは、全国新酒鑑評会に出品する大吟醸酒の酵母といえば9号が主役を張りました。「香露」の蔵は現在も、協会とは別に自身で酵母を培養し、他の蔵に販売しており、こちらは熊本酵母と呼ばれています。
10号酵母は茨城「副将軍」の蔵で昭和27年(1952)ごろに分離しています。
分離した酵母は東北地方の酒蔵としかわかっていません。というのも、分離に成功した「副将軍」の蔵の技師長は、それ以前、国税局に勤務している時代(のちに退官して副将軍蔵に入社)にたくさんの酒蔵から醪を入手して、そのなかから選抜したためです。
酵母は「低温で長期間かけて醸す醪で酸が少なく、吟醸香が高い」のが特徴。9号同様に、協会が酵母を分けてもらい、昭和52年(1977)から10号として頒布しています。「副将軍」の蔵も独自に酵母を培養して酒蔵に販売しており、こちらは「小川酵母」とか「明利酵母」と一般的に呼ばれています。また、より香りを多く生成する「M310」という酵母も販売しており、鑑評会で金賞を狙う蔵の人気酵母になっています。
全国新酒鑑評会で圧倒的人気の1801号
そして、近年になると吟醸酒に対するニーズの高まりを受けて、酒蔵の多くも「もっと、吟醸の香りをたくさん生成する酵母が欲しい」との注文が増えてきました。それに応えるために、平成4年(1992)に1601号酵母と平成14年(2001)に1701酵母がデビュー。さらに、改良を重ねた1801酵母が平成18年(2006)から頒布されています。1801号の評判は素晴らしく、全国新酒鑑評会に出品する大吟醸酒には全国の酒蔵がこぞって1801号を使って金賞を獲得。現在は大吟醸酒用の酵母として圧倒的な存在感を示しています。
「泡あり」「泡なし」酵母のちがい
ところで、きょうかい酵母には9号と901号、7号と701号のように、同じ号数でも「01」がつかない酵母と、「01」がついた酵母の2種類があります。この「01」は何かというと、酵母が発酵する過程で泡を出さないタイプの酵母を意味しています。作り手たちは「泡あり」「泡なし」と呼んで区別をします。
清酒酵母は本来、泡を出すのが当たり前と考えられてきましたが、時に発酵はするのに泡を出さないタイプがいる、ということがわかりました。清酒造りの最中に酵母の発酵が盛んになると泡がだんだん増えていきます。泡がタンクから溢れるとタンクが汚れて不潔、かつ泡の中に酵母が棲んでいるので流出させるわけにはいきません。このため、泡を消す作業を昔は人手で、近年は機械を設置して行っていました。これが泡なし酵母を使えば、泡消し作業が不要になります。
さらに、泡がないので、タンクの容量のぎりぎりまでお酒を仕込めるので効率がよくなるメリットもあることから、「泡なし」を選ぶ酒蔵が増えています。ただし、仕込み期間中に変化する泡の状態(状貌といいます)が、醪の中で何が起きているのかを読み取るための参考になるので、あくまでも泡ありの酵母にこだわる酒蔵さんもいるのです。
(文/空太郎)