酒蔵で働いていて良かったなぁと感じるのは、何と言っても搾られたばかりのお酒をきき酒するとき。荒々しい尖った味ですが、ガス感もあり、コシの強い旨味を感じます。

その美味しさがゆえに「しぼりたてをお客さんにも味わってもらいたい」という思いはどこの酒蔵にもあるようで、製造、流通の過程にその思いが反映されています。

では実際に、できた日本酒はいかにして鮮度が保たれているのでしょうか。

日本酒には天敵がいる!?

生酒を絞っている写真

醪(もろみ)のタンクはアルコール発酵中なので、二酸化炭素が多く含まれています。一方で、搾る前後では、酸素に触れる機会が増えます。酸素に触れると、お酒の味わいはどんどん変化していくのです。荒々しい味が次第に落ち着き、香りが立って、ガスが抜け、甘みが増し、コク味が増えます。

日本酒に賞味期限はありません。正しく貯蔵すれば何年置いていても熟成が進み、糖蜜のような濃厚な甘みと旨味が増えていきます。日本酒はフレッシュな香味も円熟味も楽しめる幅広い飲料なのです。

しかし、賞味期限がないといっても、日本酒には品質を低下させる天敵が存在します。それが、光・温度・酸素です。例えば、お酒を日なたに置いておくと、すぐに変質してしまいます。上手に貯蔵しなければ、鮮度はもちろん、本来のおいしさや、熟成感までもが失われることになります。

 瓶貯蔵が主流になった背景

日本酒はタンクで貯蔵されている間も酸素に触れるので、熟成・劣化が進みます。現在ではホーロータンクや冷蔵可能な密閉サーマルタンクが登場したおかげで、木桶や木樽で貯蔵していた時代にくらべて遮光性と密封性が増加しました。しかしながら、どうしてもタンクの上面に空隙ができるのでそこに入った酸素がお酒を変化させます。

そこで、お酒が酸素に触れる場面でドライアイスを有効活用したり、Co2バブリングと言って、二酸化炭素を注入することも考えられました。しかし、二酸化炭素が食品添加物扱いになるために、清酒を名乗れなくなるなど、困ったケースが出てきます。

また、タンク容量が大きいのにお酒をちょっとしか入れない端桶(はおけ)を出さない事も貯蔵時の酸化を防ぐ工夫のひとつですが、やはり発酵という自然の力を相手にすると毎回、綺麗に収まるとは限りません。

瓶詰め後のボトルの写真

そこで主流になってきたのが「瓶貯蔵」です。確かに空隙は小さいですし、そのままラベルを貼ってしまえば出荷できます。

瓶に詰めて蔵の冷蔵庫で保管してたものを、そのまま蔵の販売コーナーで売ったりクール便で発送したりすれば、常に冷蔵温度で管理できます。もちろんフレッシュ感はタンク貯蔵に比べて格段に良いです。

飲み口付近の空気は「ヘッドスペースガス」と呼ばれ、ここに酸素が多いと酸化が進み意図しない熟成、つまりは劣化が進みます。このヘッドスペースガスを窒素や二酸化炭素に置き換えることで酸化を防ぐという技術も開発されています。たかがその程度の空気の組成を変えるだけでも日本酒の劣化は防げるようです。

鮮度を保つ「1回瓶火入れ」

瓶火入れの写真

昨今増えているのが「1回瓶火入れ」です。火入れとは簡単にいうと低温殺菌のことで、通常は2回行います。さらに、その方法には大きく、タンク火入れと瓶火入れの2タイプがあります。

2回火入れの一例を簡単に紹介すると、冬にできたお酒をタンクで貯蔵し、ある程度味がのった晩春に、瞬間湯沸かし器のようなプレートヒーターを通して殺菌。火入れ酒として密封したまま夏を越します。そして開封の儀である「呑み切り」を行い、味がよければ「熱酒瓶詰め」といって、もう一度火入れ行い、今度は熱いまま瓶に詰めます。

瓶火入れのイラスト

一方で1回瓶火入れという方法は搾られた生酒を瓶に詰め、その後すぐに瓶ごと火入れします。水を張った酒燗器という湯沸かしのできる水槽を使います。追い炊き機能のある風呂みたいなもので、冷たい水に酒瓶を入れ、湯を沸かします。そして、中のお酒が63度から65度になると残存酵素が失活し、密栓を確認したら火入れ完了となります。

一気に終わらせる事ができる通常の火入れに比べると時間はかかるのですが、酒へのダメージが少なく鮮度が保たれます。

火入したお酒を、冷水やパストクーラー、氷水にどぶ漬けしている場面

火入れ作業のあと、冷水やパストクーラー、氷水にどぶ漬けするなどすると更にダメージは少なくなります。今では「全量瓶火入れ」をうたう酒蔵も出てきました。手間はかかるもののタンク火入れに比べて鮮度は格段に良いんです。

クール便はたいへんだけど...

蔵で造ったお酒はお店に向かって出荷しますが、火入れをしていない生酒の需要の高まりとともに増えたのがクール便での出荷です。

低温をキープして運ぶのは蔵で造ったお酒の品質保証でもあります。普通の送料にクール便の追加運賃も足されると「あれ?送料でもう1本買えるかも」と思うこともありませんか?確かに「お客様負担」というのは蔵側としても心苦しいのですが、一番良い状態でお家でも飲んでもらうならクール便一択です。

酒販店に行く場合も、もちろん生酒はクール便です。お酒は都会の景色を見る間もなく、冷蔵庫に並びます。町の酒屋さんでも大きな冷蔵庫でお酒をディスプレイしているところが増えたように思います。ワンフロア全て冷蔵倉庫にしている酒販店もあるくらい、生酒需要は高まっているんです。もちろん火入れ酒であっても冷蔵管理しているところもあります。

お店で店主がお酒を提供しているイラスト

酒販店から今度は居酒屋など飲食店に運ばれると、ここでも冷蔵ショーケースに並んでいる風景をよく見ます。

冷蔵ショーケースの中に並ぶお酒の写真

もちろん「鮮度」「フレッシュさ」だけが日本酒の良さの全てではありませんが、鮮度をキープするということは、酒蔵が表現したかった味を楽しめることに繋がります。そして、それは酒蔵をはじめ、酒販店や飲食店、流通業者のただならぬ努力によって支えられているのです。

全国から届けられたフレッシュなお酒をぜひ楽しんでみてくださいね。

(文/リンゴの魔術師)

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