「SDGs(Sustainable Development Goals)」とは、国連が定めた17の持続可能な開発目標のこと。経済合理性や環境負荷への対策など、より良い世界を目指すために必要な普遍的なテーマで、日本でもさまざまな企業や団体でサステナブルな取り組みが積極的に推進されています。
こと日本酒に目を向ければ、数百年の歴史を持つ酒蔵も数多く、地域に根ざし、人のたゆまぬ営みのなかで育まれてきた産業のひとつ。サステナビリティという概念が広がる以前から、その実践を行ってきたともいえるのではないでしょうか。
この連載「日本酒とサステナビリティ」では、日本酒産業における「サステナビリティ(持続可能性)とは何か?」を考えるために、業界内で進んでいるさまざまな活動を紹介していきます。
2020年に「エシカル・ジン・プロジェクト」を発足したエシカル・スピリッツ株式会社は、日本酒造りの過程で廃棄されてきた酒粕をリユースして生産したクラフトジンを発売し、業界内外から注目されています。
日本酒業界がSDGsに取り組むにあたり、課題としてたびたび取り上げられる、酒粕の再利用。エシカル・スピリッツ株式会社代表の山本祐也さんに、酒粕ジン開発の背景や、同社のサステナビリティに対する考え方をお聞きしました。
酒粕ジン開発のきっかけ
MIRAI SAKE COMPANY株式会社の代表でもある山本祐也さんは、コンセプトやストーリーを重視するSAKEのセレクトショップ「未来日本酒店」を運営するなかで、多くの酒蔵が酒粕の活用に悩んでいることに気がつきました。
「未来日本酒店のパートナーは、中小規模の酒蔵が多いため、大手酒蔵のように、酒粕をスーパーマーケットや粕問屋へ販売できていないところがほとんど。蔵の軒先で無料で配ったり、畜産農家に飼料として提供したりと、その一部は活用することができていますが、それでも相当な量が出るため、すべてを有効活用できているとは言えません」
山本さんの考えでは、「酒粕は『副産物』というよりも『製品』に近い」もの。現在の市場での扱われ方に納得がいかなかったことが、課題意識へつながりました。
「清酒として販売されているものと、酒粕として処分されるものには、液体か個体かの違いしかありません。アルコールも香気成分も同じものが含まれているのに、市場での価値に理不尽なまでの差があるんです」
アルコールが含まれ、香りもよい酒粕を、なんとか有効活用することはできないか?既存のマーケットでは、調味料や漬物の材料に使われることがありますが、「産出される酒粕の量に対してニーズは少ない」と山本さんは分析します。
「業者目線で、『酒粕がもったいないから食べてください』というのは、たとえ事実であっても押し売り感があります。消費者が自発的に『食べたい・飲みたい』と思えるものを作らなければ、供給過多になり、そもそもの問題を解決することはできません」
そこでたどり着いたのが、酒粕を原料にして蒸留酒のジンを造るというアイデアでした。
酒粕で造る蒸留酒といえば、日本には「粕取焼酎(かすとりしょうちゅう)」という伝統があります。酒粕には、約8%ほどのアルコールが含まれていて、このアルコールを蒸留して造るのが粕取焼酎です。焼酎製造の新規参入には、需給調整の観点から高いハードルが設けられていますが、スピリッツ用の酒類製造免許の取得はそれに比べて容易で、短期間で製造販売をすることができます。
「ラムだったらサトウキビ、ブランデーならブドウなどと原料が決まっていますが、ジンの定義はジュニパーベリーという木の実で香り付けをすることだけで、ベースとなる酒の制限はありません。ジンは、その自由さや編集性の高さから世界的に成長しているジャンルで、日本国内でもここ数年でまたたく間に人気に火がつきました。
イギリスでは、2010年にはウイスキーの売上の4分の1程度だったジンの市場規模が、2018年にはウイスキーを追い抜きました。ジンは全世界で同時多発的に成長している酒類であり、大きな可能性を持った市場なんです」
ジンのフレーバーを左右する酒粕の香り
日本酒業界の抱える課題意識と、ジンの市場性への期待から生まれたのが、酒粕を原料としたジン「LAST」シリーズです。
LASTという英語には「最後の」という意味のほか、「続く」という動詞の意味があります。酒造りの工程の最後に残ったもの(酒粕)が、次の命へと続いていくという意味を込めての命名です。
「酒粕で造るジンのおもしろさは、酒粕そのものが持っている香りからフレーバーが決まっていくことです。精製の過程で原料本来の風味が失われているニュートラル・スピリッツをベースとする一般的なジンは、例えるなら白紙の画用紙にボタニカルで絵を描いていくようなものですが、酒粕を原料とするジンは、あらかじめ色や模様のついた画用紙にボタニカルを載せていくような作業になります。
ピンポイントで狙った味を出す難しさはあるかもしれませんが、変数が多く、組み合わせ次第で想像もつかないような香りを作り出せるんです」
酒質設計を担当するのは、蒸留責任者の山口歩夢(やまぐち・あゆむ)さん。山口さんは、酒粕で造るベース・スピリッツは「元となる日本酒によって香りがまったく異なるところがおもしろい」とその魅力を語ります。
「ジンを造る以上、ジュニパーベリーの香りを立たせることは何よりも優先しています。そこから、それぞれの酒粕でできたベース・スピリッツの個性を光らせてあげるという考え方です」(山口さん)
「SDGs」という言葉には頼らない
酒粕を原料とした「LAST」シリーズに加え、廃棄処分される予定だったビールを蒸留した「REVIVE」を生産するほか、ボタニカルにもカカオの殻や果物の皮、コーヒー粕といった廃棄される素材を活用しているエシカル・スピリッツ。
サステナビリティの考え方が事業の根幹になっていますが、「SDGs」という言葉を強く意識しているわけではないといいます。
「私たちがやりたいことと、お客さまにとって価値があることを考えた結果、SDGsの文脈から離れていなかったというだけです。本当は魅力的で、活用価値の高いものが、『一般常識』によって機械的に不要とされてしまっている。現代の社会では捨てられてしまうものの価値を見出し、新しい生産へつなげるというのが、私たちの考えるサステナビリティです。
そういう意味で、『S(Sustainability)』と『D(Development)』は共有していますが、『G(Goals)』は私たちなりに独自のゴールを設定しているといえるかもしれません。もちろん、例えば従業員の男女比を50:50にするなど、重なる目標もいくつかあります。しかし、ルールやゴールありきではなく、根本的なサステナビリティを大切にしたいと考えています」
エシカル・スピリッツが目指すのは、ジン市場の中でのトッププレイヤー。世界最大のマーケットであるイギリスを中心に、ヨーロッパ進出の計画が着々と進んでいます。
「サステナビリティという特殊枠で評価されるのではなく、一番おいしいから選ばれるジンになりたいと思っています。例えば日本産のジンは、山椒や桜など日本らしいフレーバーを特徴とするものが多いのですが、日本文化に興味がない人にとっては、おいしいか、おいしくないかでしかありません。
サステナビリティも、イギリスや北欧では高く評価する傾向がありますが、それをきっかけに興味を持ってくれるのは3~4割ほどという手応えです。それよりも『おいしい』というグローバルな評価軸で、普遍的なシェアを取れるようになりたい。そのほうがマーケットが一気に広がりますし、再利用できる酒粕の量も増え、結果としてみんなが幸せになれるはずなのです」
そんなエシカル・スピリッツの「LAST」シリーズには、世界中からすでに注目が集まっています。
ウイスキー業界で最も権威のある品評会・WWAのジン部門「World Gin Awards 2021」で出品国別の最高賞を受賞するほか、「IWSC(International Wine & Spirits Competition)」のジン部門で日本史上最高得点である98点を獲得。サステナビリティという観点にとどまらない「味わいそのもの」への評価を得ています。
自社の蒸留所で、多様な商品を開発
2021年7月、エシカル・スピリッツは、東京・蔵前に世界初の再生型蒸留所として「東京リバーサイド蒸留所」をオープンしました。
「お客さまが訪れやすい都市型蒸留所にしたいという考えから、東京23区内でアクセスのよい場所を探していました。蒸留器を導入するためには、天井高が4メートル必要で、都内ではなかなか見つからなかったのですが、蔵前に理想の物件がありました。
偶然ですが『蔵前』という地名は、江戸幕府の米蔵があったことに由来しています。その後は問屋街となり、その建物をリノベーションしたカフェやショップなども多く、使われなくなったものの個性を活かして、新しい価値を見出すという風土にも親和性を感じています」
同年6月には1.4億円の資金調達を実現。その資金をもとに、現在、千葉県千葉市に2軒目となる蒸留所を建設中です。
「これまで、酒粕をベース・スピリッツに加工する一次蒸留は酒蔵に委託していたため、もともと蒸留器を所有している酒蔵としかパートナーシップを組むことができませんでした。新しい蒸留所ができれば、自社で一次蒸留が可能になるため、より幅広い酒蔵とパートナーシップを結び、多様な商品を開発できるようになります」
山本さん曰く、「エシカル・スピリッツが酒粕を求めるパートナーの条件は3つ」とのことでした。
一つ目は、エシカル・スピリッツのコンセプトに共感してくれること。二つ目は、蒸留器を回すうえで、酒粕にある程度の量が必要になるため、一定の供給能力があること。三つ目は、ジンにしたときにどれだけユニークな表現ができるのかという味わい。ベース・スピリッツをテイスティングして、そのポテンシャルを見極めます。
すでに酒粕を提供している酒蔵からは、「酒粕が有効利用できるだけではなく、ジンをきっかけにして定番の日本酒を購入してくれたお客さんもいる」というフィードバックを得ているとのこと。エシカル・スピリッツと協働することで、サステナビリティに取り組む酒蔵として評価してもらえるというメリットも生まれているそうです。
酒粕の持つ価値を最大限に引き出して、ジンという新たな酒に生まれ変わらせる。より多様な酒蔵の酒粕を再利用して市場のニーズを開拓し、世界中に販路を広げていくエシカル・スピリッツの活動は、日本酒業界の未来にも大きく貢献しています。
「サステナビリティ」と「おいしさ」を両立させ、飲み手がワクワクするジンを世界に届けようと日々前進するエシカル・スピリッツの未来に、期待が高まります。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)