SDGs(Sustainable Development Goals)」とは、国連が定めた17の持続可能な開発目標のこと。経済合理性や環境負荷への対策など、より良い世界を目指すために必要な普遍的なテーマで、日本でもさまざまな企業や団体でサステナブルな取り組みが積極的に推進されています。

こと日本酒に目を向ければ、数百年の歴史を持つ酒蔵も数多く、地域に根ざし、人のたゆまぬ営みのなかで育まれてきた産業のひとつ。サステナビリティという概念が広がる以前から、その実践を行ってきたともいえるのではないでしょうか。

この連載「日本酒とサステナビリティ」では、日本酒産業における「サステナビリティ(持続可能性)とは何か?」を考えるために、業界内で進んでいるさまざまな活動を紹介していきます。

2021年6月、2019年に設立された日本酒学の学術団体「日本酒学研究会」が「令和2年度総会・年次大会(※)」を開催し、「地域資源の護り手としての酒蔵を考える─SDGsへの取り組み」をテーマとしたパネルディスカッションが開かれ、地域における酒蔵の役割が議論されました。

パネリストとして出演したのは、「福寿」を造る兵庫県・神戸酒心館の安福武之助さん、「蓬莱泉」を造る愛知県・関谷醸造の関谷健さん、イタリア食科学大学の非常勤講師・小林もりみさんです。異なる環境で酒造りをするふたつの酒蔵が、それぞれの取り組みを紹介しました。

今回は、地元・愛知県設楽町(したらちょう)の活性化を目指して「SDGs」を体現する、関谷醸造の取り組みをお伝えします。

※ もともと2021年3月に開催される予定だった会が延期になったため、令和3年度ではなく、令和2年度となっています。

地域の課題を解決するために始めた米作り

関谷醸造の外観

関谷醸造の本社がある愛知県設楽町は、人口4,600人の町。その半分以上が65歳以上という少子高齢化の問題を抱えています。

「2005年に設楽町が隣接する津具村(つぐむら)と合併し、現在の設楽町になったころは、人口は7,000人ほどでした。それが年々減少しており、このままだと2045年には現在の半分ほどになってしまうという研究データもあります。当時は1,200人ほどいた農業人口も、約半分に減ってしまいました」

関谷健さん

そう話すのは、関谷醸造の代表取締役社長・関谷健さんです。かつて、地元の農家との意見交換会に参加した際、厳しい高齢化の現状を目の当たりにし、将来的に地元産米を確保できるかどうか、不安を覚えたと言います。

「年齢ごとの人口区分を見ると、高齢者が多いだけではなく、若い世代、特に14歳以下が極めて少ないことがわかります。将来的な農業の担い手がどんどん減ってしまっているのが町の現状です」

そのころ、ドイツのワイン醸造家と交流していた関谷さんは、「どうして、日本の酒蔵は自分でお米を作らないのか?」と質問されて、米作りの必要性を感じ始めました。

時を同じくして、当時の国の政策として、株式会社の農業参入が可能になります。こうした課題意識や条件がそろって、2006年から関谷醸造は自社での米作りを開始しました。

最新のスマート農業の技術を活用

自社田での酒米作りの様子

初めは0.7ヘクタールから始まった自社田ですが、現在は約50倍の34.5ヘクタールまで広がりました。リタイアした米農家の水田を引き受けるうちに次第に増えていったといいます。酒造りに使用しているお米のうち、自社栽培しているものは全体の約2割にあたります。

水田は枚数にして257枚。総面積に対して枚数が多いのは、山間地という地形上、1枚あたりの水田の面積が狭いからです。さらに小さな水田がいくつも散在していて、中には10キロも離れている水田があります。車で移動するにしても15分ほどかかってしまうのだとか。

そこで、少しでも効率よく作業を行うため、関谷醸造では、産業機械メーカーのクボタが開発したKubota Smart Agri System(KSAS)を導入。スマートフォンやパソコンによってデータを収集・活用しながら、水田の管理を行っています。

そのほか、「水田ファーモ」というクラウド型水管理システムによって、それぞれの水田の水位を確認したり、施肥の状態を近赤外線スペクトルカメラによって分析する実証実験に協力したりと、最新のスマート農業に積極的に取り組んでいます。

自動水門

「水田の保全は、地元の農業を守るだけではなく、環境の保護につながります。水田には水を溜めるダムの役割があり、土砂崩れや川の増水といった水害を防いでくれるほか、地下水が枯れてしまわないように保ってくれているんです。景観を維持したり、暑さを和らげたり、子どもたちへの食育や体験学習の場になったりと、水田にはさまざまな利点があります」

酒造りの工程で出た酒粕やぬか、籾殻などは、牛の飼料として再利用し、その牛の糞を堆肥として水田に撒くという循環型農業も行っている関谷醸造。こうした取り組みにより、世界基準の農業認証である「グローバルGAP」や農薬や化学肥料に頼らない生産者に与えられる「JAS有機認証」の2つの認証を得ています。

ほうらいせん酒らぼ

「2021年5月、道の駅『したら』に、酒造りを体験できる『ほうらいせん酒らぼ』という施設を建設しました。米作りや酒造り体験をサービス化することで、設楽町を訪れた人々に『自分たちが育てたお米でお酒を造る』というストーリーを提供しています。『モノ消費』から『コト消費』へと転換することで、付加価値を高めながらファンをつくり、近くの観光施設などにもお客さんを呼んで、地域振興の一助にもなるような取り組みを行っています」

女性が働きやすい職場づくり

関谷醸造は、過疎化の進む地方の企業として、地元の人々の雇用を守ることを使命として考えています。

「弊社の社員は、半数以上を設楽町と隣の豊田市の出身者で占めていて、近隣エリアまで含めると社員の3/4が地元の出身者と言えます。隣町の豊田市に大手の自動車メーカーがあるので、我々の地元では『自動車メーカーに勤めるか、関谷醸造に勤めるか』という選択がよくある話です。みんなが豊田市に行ってしまうと弊社で働く人がいなくなってしまうので、それなりの労働環境を整えようと努めています」

女性の従業員が働いている様子

そのひとつが、女性にも働きやすい職場づくり。現在、関谷醸造には、アルバイトやパートも含めて105名の従業員が在籍していますが、そのうちの約5割にあたる53名が女性社員です。

「弊社では、行政から要請される前から産休や育休を推進していました。また、高齢のご家族を介護している社員のために、フレックスタイム制も導入しています。さらに、女性の気持ちを理解している人に女性従業員を束ねてもらうために、女性管理職を積極的に登用しています」

洗米浸漬

醸造の現場についても、機械化を促進することで、重いものを持ち運ぶ必要がない酒造りができるような環境を整えています。

「力仕事などのきつい作業は、女性に限らず誰にとっても魅力的ではありません。つまり、女性にとって働きやすい職場は、みんなにとって働きやすい職場とも言えるんです」

「やっていたことが結果的にSDGsにつながった」

「今回、日本酒学研究会からSDGsというテーマで講演してほしいとご依頼いただくまで、SDGsという言葉を意識したことがありませんでした。我々のやっていることが、結果的にSDGsの考え方に通じていただけなんです」と説明する関谷さん。

関谷醸造の農業に関する取り組みは「緑の豊かさを守ろう」、女性にも働きやすい職場づくりは「ジェンダー平等を実現しよう」というSDGsの目標に当てはまります。

さらに、町の人々に自社商品から出たアルミキャップを集めてもらい、地元の高齢者施設や医療機関に車椅子を寄付することは「すべての人に健康と福祉を」に。太陽光発電やバイオディーゼル発電機を導入し、電力使用量を削減することは「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」に。障害者施設に商品の首掛けや緩衝材づくりといった業務を委託したり障害者アートをラベルに採用することは「働きがいも経済成長も」というSDGsのそれぞれの目標につながっています。

アルミキャップを集めて車いすをもらおうキャンペーン

「施し型の地域貢献ではなく、地域が困っていることと、我々ができることをうまく組み合わせて収益を出すという考え方なんです」

町外や県外の酒販店や飲食店に日本酒を卸すことで、関谷醸造は設楽町の窓口のような役割も果たしています。町の外部から得た売上は、日本酒の原材料であるお米や、果実酒のフルーツ、そして名古屋市にある直営の飲食店の食材などを購入することで、地元の経済に還元しています。

「蓬莱泉」の商品たち

設楽町の工業製品出荷額の1/3を占めるまでになった関谷醸造。関谷さんは「地元の牽引役を務めるのは自分たちの宿命だ」と感じていると話します。

「行政に任せっきりにしてただ待つのではなく、少しでも地元へ人がやって来るように、能動的に動いていかなければなりません。これからも、地域が元気になることをどんどん率先してやっていくだけです」

「日本酒学研究会」のパネルディスカッションの招待を受けるまで、「SDGs」という言葉を意識したことがなかったという関谷さん。過疎化する地元の存続を目指すその懸命な取り組みは、持続可能でよりよい世界を実現するための目標を自然と体現していました。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

連載「日本酒とサステナビリティ」記事一覧

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます