近年の日本酒業界では、新しいトレンドが次々と生まれ、日本酒を取り巻く状況は目まぐるしく変化しています。

その中でも、日本酒の売上を長年支えてきた普通酒などの定番商品の落ち込みは激しく、特に地元を中心に定番商品で勝負してきた"地方大手"の酒蔵は、変革の時を迎えています。

SAKETIMESは、そんな"地方大手"の中で、変革の一歩として新しいブランドを立ち上げた酒蔵に注目し、その背景を紐解く連載をスタートします。

第1回は、新潟県の吉乃川。地元で愛されてきた「厳選辛口 吉乃川」や「極上吉乃川」といった定番商品に加え、2019年から「みなも」という新ブランドを展開しています。吉乃川が新たにブランドを立ち上げたのは、なぜでしょうか。代表取締役社長の峰政祐己さんに話を聞きました。

新潟県最古の酒蔵「吉乃川」

新潟県長岡市に蔵を構える「吉乃川」。創業は1548年と、約90軒もの酒蔵がある新潟県の中でもっとも長い歴史を誇ります。

吉乃川の外観

敷地内の地下深くから湧き出る信濃川の伏流水を使って醸される吉乃川の日本酒は、淡麗辛口の酒質。すっきりとした口当たりの飲み飽きしない味わいが特徴です。1950年代の半ばからは、最新の設備を導入した大規模な生産体制に移行し、品質が高く、それでいてリーズナブルな日本酒を造ることに注力してきました。

代表銘柄は「厳選辛口 吉乃川」。新潟県内では、日々の晩酌の定番として知られ、現在も蔵の主力を担っています。

その一方で、1985年には、酒質をさらに磨いた「極上吉乃川」を発売。もともとの透明感はそのままに、さらに上品な旨味を兼ね備えた味わいで、こちらも地元の定番酒となりました。

厳選辛口 吉乃川

近年では、ファミリーマート限定の日本酒カクテル缶の販売や、酒ミュージアムのオープン、クラウドファンディングを使った商品開発など、時代の流れに合わせた新しい挑戦にも取り組んでいます。

吉乃川には、地酒専門店で売れる商品が必要だった

2019年、そんな吉乃川にとって30年ぶりとなる新ブランド「みなも」が発売されました。コンセプトとして掲げたのは「いまの毎日を豊かにするお酒」。商品開発の背景には、どのような思いがあったのでしょうか。

峰政さんが吉乃川に入社したのは、2008年。当時、日本酒の消費は普通酒などのレギュラー酒から、純米酒などの特定名称酒へのシフトが進んでいました。吉乃川も、日本酒ファンにアプローチするために地酒専門店で取り扱われるようなお酒を目指すのか、それとも、日常酒を安定して供給するためにスーパーやコンビニで気軽に買えるお酒を目指すのか、会社としてのバランスを考え始めていたのだとか。

吉乃川 代表取締役社長の峰政祐己さん

吉乃川 代表取締役社長の峰政祐己さん

「その時は『いつでもどこでも安心して飲める』という価値が重要だと考え、スーパーやコンビニを主軸とすることにしたのですが、それでもやはり、いつかは地酒専門店でも売れる商品を造りたいという思いがありました」

2018年、社長に就任した峰政さんは、新たなブランドの検討に本格的に着手します。

しかし、地酒専門店で売れている日本酒を調べてみると、吉乃川と比べて製造量がかなり少なく、手造りのイメージが強い銘柄ばかり。さらに分析すると、あることに気が付きました。

「これまで、商品の評価が私たちに返ってくることは、あまり多くありませんでした。スーパーのお客様は、味が好みでなければ次は買わない。大きな異常があった場合はクレームになりますが、品質管理は徹底されているので、そのようなクレームはほとんどない。酒蔵の将来を考えた時に、本当にそれでいいのかと感じました。

地酒専門店のように日本酒ファンのお客様との距離が近ければ、酒屋さんを通してさまざまな意見がフィードバックされてくる。そういう接点が少ない私たちは、お客様の重要な情報を持っていないのだと危機感を抱きました」

自分たちが地酒専門店と組む意味を見出し、新ブランドの検討が本格的に始まりました。その時すでに、峰政さんの中には挑戦したいことがいくつかあったと言います。

ひとつ目は「ブレンドをしない商品をラインナップすること」。それまでの吉乃川は、酒質を安定させるために複数の原酒をブレンドして造る商品が多かったのですが、単一のお酒で勝負してみたいと考えました。

ふたつ目は「自社の日本酒を蒸留したアルコールを添加した商品をラインナップすること」。純米酒の人気が高まっている中、吉乃川がこだわり続けてきた"アル添酒"の魅力をもういちど伝えたいという思いがありました。添加するアルコールも自社蒸留することで、付加価値を高めようという狙いもあります。

そして最後は「全ラインナップが吉乃川らしさを残していること」です。

「吉乃川の特徴は淡麗でキレが良いこと。だからこそ、飲んだ後に食べた物の味を感じやすく、食中酒として評価されてきました。しかし、最近のトレンドの日本酒は、味のパンチ力が強く、飲んだ瞬間に美味しいと感じるものが多い。新しいブランドは、そうしたインパクトも大事にしながらも、飲んだ後の印象は吉乃川らしく、飲み飽きしないものにしたいと思いました」

こうして誕生した新ブランド「みなも」。その名称には、地元を流れる信濃川の穏やかな水面(みなも)ような何気ない毎日を大事にしてほしいという思いが込められました。現在は、純米大吟醸酒や大吟醸酒、純米酒などの7種類がラインナップされています。

川の流れをイメージした涼やかなデザインのラベルも目を引きますが、前面にはしっかりと「吉乃川」の文字が刻まれています。

吉乃川「みなも」

「私としては『みなも』を入口に、定番の『厳選辛口 吉乃川』『極上吉乃川』も飲んでいただきたいと考えています。だからこそ、まったく新しいブランドとして提案するのではなく、あくまでも『吉乃川』のシリーズとして『みなも』を発売しました。

これは、私自身が創業家の出身ではなく、19代目と20代目の間をつなぐ"19.5代目"のような立ち位置であることが大きいかもしれません。私の役割は、吉乃川の価値を最大限に伝えられるようにすること。ですから、まったく新しいブランドで挑戦することはいっさい考えませんでした。『みなも』を通して、既存の商品も含めた吉乃川の魅力を伝えていきたいと思っています」

定番商品で培ってきた経験が「みなも」で活きる

「みなも」を発売した後、最初の1年間は百貨店を中心にアプローチし、手応えを感じたという峰政さん。翌年、満を持して地酒専門店を訪ねますが、「新潟県の淡麗辛口の日本酒はもうブームじゃないから」「吉乃川はスーパーでも販売しているから」と断られることも多かったのだそう。しかし、営業マンが粘り強く売り込みを続ける中で、「吉乃川って美味しいんだね」「吉乃川が変わろうとしていることを評価したい」という、うれしい声にも出会いました。

現在、目標としていた地酒専門店での取り扱いは80軒まで増えています。飲食店での評判も好調とのことで、東京都内の一流料亭や高級ホテルでも取り扱いが始まりました。ある飲食店の方からは、「『みなも』のような飲み飽きしない食中酒はありがたい。10人中9人が納得してくれる味わいで、安心して提供できる」ということばもいただきました。

そのことばに対して、峰政社長は「これまで定番商品で培ってきた経験が活きている」と胸を張ります。

吉乃川 代表取締役社長の峰政祐己さん

「最近は、生産量の少ない一期一会のような日本酒もたくさんありますが、吉乃川が大事にしているのは、美味しいお酒を安定して造り続けること。いつも身近にいてくれる存在でありたい。

だからこそ、飲んで美味しいと思ったら、2回目も3回目も手に取ってもらえるお酒でありたいんです。そして、決して1番になる必要はありません。いくつかお酒を買う時に『みなも』も入れておこうと思ってもらえるような、そんな安心感のあるブランドに育てていきたいです」

吉乃川「みなも」

峰政社長の取材の後、昨シーズンに醸造された「みなも」の中から、「みなも 中汲み 山田錦 大吟醸原酒」「みなも 中汲み 純米大吟醸原酒」「みなも 中汲み 大吟醸原酒」をSAKETIMES編集部が試飲しました。

「山田錦 大吟醸原酒」は、華やかな吟醸香とともに青々しさを感じます。透明感のある酒質ですが、旨味のバランスが非常に優れた一本でした。

「純米大吟醸原酒」と「大吟醸原酒」は、使用している酵母が異なる2種類ずつ(合計4種類)をテイスティングしました。「純米大吟醸原酒」は「新潟S-9」と「TR-8」が、「大吟醸原酒」は「きょうかい1801号」と「広島吟醸」が使用されています。

「新潟S-9」は、新潟県が開発した、穏やかな吟醸香が特徴の酵母。パイナップルのような爽やかな甘みを感じますが、口当たりはなめらか。全体的に穏やかな酒質ですが、米の旨味をはっきりと感じられます。

「TR-8」も、同様に新潟県が開発した、バナナ系の香りを生成する酵母。バナナをイメージさせるわかりやすい吟醸香が印象的ですが、ほど良い酸味も感じられ、絶妙なバランスの味わいです。

「きょうかい1801号」は、全国新酒鑑評会の出品酒によく用いられる酵母で、華やかな香りが特徴。同じ酵母を使用した他の日本酒と比べると香りは穏やかですが、甘みのほか、旨味・酸味の調和がとれています。

「広島吟醸」は、広島県が独自に開発した、リンゴのような吟醸香と軽快な味わいが特徴の酵母。すっきりとした甘みの中に、ユリなどの白い花を思わせる上品なニュアンスも感じました。

吉乃川「みなも」

いずれも峰政社長が「第一印象のインパクトを大事にしたい」と話していたことに納得しました。注いだ時にグラスから立ち上がる、高揚感をもたらすような吟醸香は、吉乃川の定番商品とは一線を画しています。

しかしその一方で、それらの香りは決して強すぎることはなく、心地良く穏やかな印象。そして、口に入れた時の透明感のある味わいとキレの良いドライな後口。これらは、定番商品とも共通する"吉乃川らしさ"です。

飲み手を第一印象で惹きつけるトレンドの味わいを押さえつつも、飲み飽きしない食中酒として魅力をもったこの「みなも」は、これまでとは異なる入口を提案しているものの、「厳選辛口 吉乃川」「極上吉乃川」と同様に、"吉乃川らしさ"を伝える役割を持ったブランドだと感じました。

「みなも」の新しいラインナップとして、スパークリングなどにも挑戦したいと話す峰政社長。吉乃川の新しい挑戦は、まだまだ続いていきます。

(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)

sponsored by 吉乃川株式会社

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