海外輸出の伸長など、少しずつ拡大している日本酒の海外市場。その流れの中で、海外で開催される日本酒コンテストも増えてきました。
その代表のひとつが、世界でもっとも影響力があると言われているワインコンテスト「International Wine Challenge(インターナショナル・ワイン・チャレンジ/以下「IWC」と略)」に、2007年に設立されたSAKE部門。
ワインの専門家を中心に世界中のプロフェッショナルがイギリスのロンドンに集まり、複数回にわたるブラインド・テイスティングを通して厳正な審査を行います。
SAKE部門は「普通酒」「純米酒」「純米吟醸酒」「純米大吟醸酒」「本醸造酒」「吟醸酒」「大吟醸酒」「スパークリング」「古酒」の9カテゴリーに分けられ、それぞれのカテゴリーの中で、審査結果に応じて「ゴールドメダル」「シルバーメダル」「ブロンズメダル」「大会推奨酒」の4つの評価が各出品酒に与えられます。
さらに、ゴールドメダルを獲得した中で特に優れた数点に「トロフィー」の栄誉が与えられ、そのトロフィーを獲得した中の1点に、SAKE部門の最高賞として「チャンピオン・サケ」の称号が与えられます。
日本酒のグローバル展開が進んでいる中で、IWCの権威性は年々強まってきています。受賞した酒蔵は、本コンテストのどのような点に魅力を感じているのでしょうか。過去、SAKE部門の最高賞であるチャンピオン・サケを受賞した酒蔵の方々に、IWCの影響力について話をお伺いしました。
鍋島(佐賀県)—受賞をきっかけに県全体の日本酒PRが加速
2011年に「鍋島 大吟醸」がチャンピオン・サケを受賞した、佐賀県の富久千代酒造。代表取締役の飯盛直喜(いいもり・なおき)さんによると、日本酒コンテストは全国新酒鑑評会などの限られたものにしか出品していませんが、IWCには毎年参加しているのだとか。
「当時、横浜君嶋屋(横浜市にある酒販店)さんから、世界的な品評会であるIWCに出品しないかという案内が、各地の酒蔵に届きました。私たちは佐賀県、ひいては九州を代表する日本酒になろうと地道に取り組んできましたが、他方では、日本酒を世界に広めるために努力している酒蔵がたくさんある。しかし、弊社は海外まで出向いて日本酒の魅力を広める余力がなかったため、海外コンテストへの参加で日本酒を盛り上げることができたらと考えて出品しました」
飯盛さんは「九州といえば焼酎」というイメージが強い一方で、佐賀県にも優れた日本酒がたくさんあるという事実が知られていないことに対して、努力不足を感じていました。
「私たちがチャンピオン・サケを受賞したことは、日本や世界の方々に佐賀県の日本酒を知ってもらうきっかけになりました。そのころは、佐賀県酒造組合に加入している酒蔵の若手メンバーを中心に『佐醸会(さじょうかい)』という団体が結成され、佐賀県の日本酒を全国に広めようと力を入れ始めていた時期でした。チャンピオン・サケの受賞によって、この動きが加速したと感じています」
受賞による大きな成果のひとつが、佐賀県が県産日本酒のPRに大きな予算を割くようになったこと。その一環として、2012年3月からは、県内有数の酒どころである鹿島市で酒蔵ツーリズムがスタートしました(現在は嬉野市も対象)。
酒蔵ツーリズム推進協議会の初代会長を務めるなど、佐賀県の日本酒の活性化を目指す飯盛さんは、「チャンピオン・サケは、『鍋島』ではなく『佐賀県の日本酒』が獲得したんです」と話します。
「1990年代は、酒類小売免許の規制緩和によってスーパーやコンビニなどでもお酒が販売できるようになり、多くの地方酒蔵が熾烈な価格競争の中に立たされた時期です。弊社では、そのころから『佐賀県、ひいては九州を代表する日本酒を造る』という目標を掲げていました。
2000年に入ると、東京都を中心に特約店さんとのお付き合いが始まりましたが、そのころは佐賀県の日本酒の知名度はまだまだ低く、売るのは大変だったはずです。
チャンピオン・サケを受賞した後、酒造組合の青年部のみなさんがお祝いをしてくれたのですが、他の酒蔵も自分のことのように喜んでくれて、非常にうれしく感じました。お客様を含め、みなさんの応援や努力があったからこそ得られた賞だと思っています」
酒蔵のある肥前浜宿の地域が江戸時代に宿場町だったという伝統にならい、最近はオーベルジュ(宿泊もできるレストラン)として「御宿 富久千代」をスタートした富久千代酒造。
「オーベルジュでは、『日本酒をきっかけに初めて佐賀県を訪れました』というお客様も増えています。鹿島酒蔵ツーリズムも合わせて、佐賀県にいろいろな人が来てくれるようになり、佐賀県の日本酒の魅力を発信できるようになりました」
当時は授賞式に参加するため、ご家族でロンドンを訪れたそうですが、そのころ中学生だった娘の日奈子さんが、2年前から酒造りに参加。日奈子さんが製造に関わった日本酒は、2022年と2023年の2年連続でゴールドメダルを受賞しました。チャンピオン・サケとしての『鍋島』の美味しさは、連綿と受け継がれています。
「会津ほまれ」—福島県の日本酒の品質を世界にアピール
福島県喜多方市にあるほまれ酒造は、2015年に「会津ほまれ 播州産山田錦仕込 純米大吟醸酒」でチャンピオン・サケを受賞しました。
代表取締役の唐橋裕幸(からはし・ひろゆき)さんは、IWCの授賞式について、「日本の授賞式のような、かしこまった感じではなく、ショーのような雰囲気で高揚感がありました」と当時を振り返ります。
「まったく予想していなかったので、チャンピオン・サケの発表を聞いた時は頭が真っ白になりました。会場はワイン醸造家の方々ばかりで、SAKE部門のテーブルは2つほど。紋付袴を着た蔵元が座るのですが、ワインの世界で日本酒を認めてもらうには最高の場だと感じました」
ワインと日本酒に精通した専門家が、真剣に議論しながら厳正な審査のもとに結果を導き出すIWCは、他のコンテストとは一線を画すと評価する唐橋さん。チャンピオン・サケの受賞によって、商品の売上も大きく向上したと話します。
「受賞酒はすぐに売り切れてしまい、次の年は仕込みの量を3倍ほどにしましたが、その翌年はさらに倍にする必要がありました。受賞酒に限らず、他の商品の売上にも繋がりましたし、海外からの引き合いも増えました。当時、輸出は全体の2〜3%ほどだったのですが、現在は15%ほどを占めています」
新聞やテレビなど、メディアの出演依頼のほか、セミナーなどの講演依頼も殺到。授賞式には福島県知事も参加していたそうですが、イベントの印象が強かったことも合わせて、県が日本酒のPRに予算を投じるきっかけになりました。
また、2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響で、世界的な風評被害を受けてきた福島県。先入観のないブラインド・テイスティングという手法で判断された2015年の受賞は、福島県の日本酒の品質を世界にアピールすることになりました。
「福島県産の食品の中でも、酒類は比較的規制がゆるいため、海外に輸出しやすいカテゴリーです。それだけに、私たち日本酒が福島県産の食品を引っ張っていかなければならないという気負いがあります。批判を浴びながらも、福島県で何があったのかを誠実に伝えた上で、安心・安全の理由を丁寧に説明することで、次第に応援してくれる人たちが増えてきました。台湾のインポーターが、『福島県の酒を優先的に扱う』と言ってビジネスを始めてくれた時は、本当にうれしかったです」
福島県の風評被害を払拭するためには、安心・安全を主張するだけではなく、「圧倒的においしいものを造っていかなければならない」と唐橋さんは強調します。
「IWCは、私たちを新しい方向へと導いてくれたコンテストです。それまでも付加価値の高い商品を造っていましたし、品質には自信がありましたが、外部からはなかなか理解してもらえない部分もありました。それが一気に花開いたきっかけがチャンピオン・サケの受賞だと思っています。
風評被害はまだまだありますが、福島県に住んでいる子どもたちが夢を持っていけるような土壌を、私たちが作っていかなければなりません。そういう未来につながるきっかけを与えてくれたという意味で、IWCにはとても感謝しています」
今年のチャンピオン・サケは、日本時間の7月5日に発表!
富久千代酒造とほまれ酒造の話からは、IWCの受賞が個々の酒蔵だけではなく、その地域にも良い影響を与えることがわかりました。過去にも、兵庫県(2017年)と山形県(2018年)がIWCを誘致して地元で表彰式を開催するなど、IWCを通して地域が活性化された事例があります。
日本酒の世界的な地位を向上させ、全国の酒蔵・地域に活気を与えてきたIWC。2023年のチャンピオン・サケの発表は、日本時間の7月5日です。今年は、どの地域の酒蔵に世界一の座が与えられるのでしょうか。
(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)