日本酒ファンの間で高い人気を誇る「風の森」を醸す、奈良県御所市の油長(ゆちょう)酒造が、3月の出荷分から一升瓶の取り扱いを中止し、すべての商品を四合瓶に統一しました。

近年、四合瓶の需要が増えてきて、将来的には日本酒の主役が四合瓶になるという見通しもあったようですが、最大の理由は、"時間の経過とともに味わいが変化する生酒を、より最適な状態で飲んでほしい"という、蔵元社長・山本嘉彦(よしひこ)さんの強いこだわりでした。

風の森を醸す油長酒造の蔵元、山本嘉彦さんの写真

風の森がデビューしたのは、1998年。これまで、搾ったばかりのお酒を濾過せずに、生酒として年中販売することを商品戦略の柱に据えてきました。搾りたての生酒には、多くの人が素直に美味しいと感じる魅力がありますが、その反面、弱みもあります。それは、火入れをしたお酒に比べて、飲み頃の期間が短いことです。この弱点を克服すべく、油長酒造は早い段階から、生酒の飲み頃の期間をできるだけ長くしようと、努力を重ねてきました。

ポイントは「お酒が空気(酸素)に触れる機会を減らすこと」「お酒に圧力をかけたり、撹拌したりするのを最小限に抑えること」。この2点に徹底的に注力することで「シュワシュワで美味しい」「瓶を開けた後も、フレッシュさが持続してくれる」など、高い評価を獲得してきたのです。

それでも、山本社長はさらなる高みを目指して、オール四合瓶化という英断に踏み切りました。そこには、どんな理由があったのでしょうか。

油長酒造が張り出しているチラシの写真

「火入れしたお酒には出せない、生酒のもっとも大きな特徴は、触覚的な質感だと思っています。わかりやすく言えば、料理の"とろみ"みたいなもの。生酒を口に含むと、その味わいがボンと一気に広がる一方で、舌の上でゆっくりと転がるので、滞留時間が長いんです。

たとえば、火入れしたお酒を『美味しい』と感じる時間が1秒だとすると、生酒はその1秒にプラスアルファの時間が上乗せされるのです。これこそ、生酒がより多くの人に喜ばれる理由だと思っています。逆に言えば、飲み頃を過ぎた生酒は、火入れしたものよりも違和感のある時間が長くなってしまうのです」

生酒の魅力を"触覚的な質感"だと語る山本社長。特徴として、フレッシュで若々しい味わいが挙げられることの多い生酒を、彼は独自の視点で捉えているんですね。

「私たちは長年、飲み頃の期間ができるだけ長くなるように、自社で考案した設備を導入するなどの努力を重ねてきました。おかげさまで、『美味しくない』などのクレームをいただいたことはありません。それでも、造る量が増えて、これまでよりもさらに多くの方々に楽しんでもらっていることを考えると、『ひょっとして、飲み頃を過ぎてしまったお酒を飲んでいる方もいらっしゃるのではないか』という不安が、むくむくと膨らみ始めてしまったんです。そこで、美味しい風の森をより確実に飲んでいただくためには、小さい容量の四合瓶に統一したほうが良いのではないかという結論に達しました」

風の森を通して、生酒の美味しさを発信し続けてきた油長酒造が、生酒と真摯に向き合うなかでたどり着いたのが、オール四合瓶化だったのです。

続けて、四合瓶への移行を決断した理由をさらに話してくれました。

油長酒造の山本さんが風の森を飲んでいる写真

「この10年、風の森の出荷に占める四合瓶の割合が年々増えてきています。毎年3~5%のペースで四合瓶のシェアが増加し、昨年は本数ベースで一升瓶の1.5倍を販売しました。日本酒を飲むシーンで、四合瓶が主役になりつつあるように感じています。それも、オール四合瓶化を決断した理由のひとつです。日本酒に興味をもった人たちが、ワインのように気軽に四合瓶を買って、その生き生きとした味わいに感動してほしいと願っています」

日本酒、風の森の瓶詰め風景の写真

「一升瓶のお酒は、量でいうと四合瓶の2.5倍ですが、値段は一般的に2倍。割安感があります。風の森を自宅で愛飲していただいているファンの方からすると、実質的な値上げと受け止められてしまうかもしれません。

その点については、たいへん申し訳ないと思います。飲食店で提供する場合も同様です。私たちの思いを理解していただいたとしても、購入するのをためらってしまう方もいるかもしれません。ですから、目先の売り上げが落ちることは覚悟しています。それでも、ひとりでも多くの方々に良い状態の風の森を確実に飲んでいただきたく、とても辛い決断をさせていただきました」

油長酒造の蔵元,山本嘉彦さんと杜氏の松澤一馬さんが並んでいる写真

写真右は、杜氏の松澤一馬さん

実質的には値上げになってしまうものの、生酒の魅力をより多くの人々に届けるために、オール四合瓶で勝負するという苦渋の決断をした山本社長からは、品質への並々ならぬこだわりが感じられました。

これから先、日本酒が進化し続けていくために、私たち飲み手も"日本酒は生鮮食品と同じ"という認識のもとで、より良い品質の日本酒を楽しもうとする姿勢をもつことが大切なのかもしれません。

(取材・文/空太郎)

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