日本酒が私たちの手元へ届くまでには、実にさまざまな工程があります。
お酒を造る杜氏や蔵人、生産ラインで瓶詰めや梱包をする人、店頭に置いてもらえるよう営業する人など、たくさんの人々の活躍によって「美味しい」が成り立っているのです。
今回は、日本酒にまつわる仕事のなかから「ブレンダー」にスポットを当てます。
お酒の味がベストになるよう、絶妙なバランスの調合を行うブレンダー。特にウイスキーの世界では注目されることが多いのですが、日本酒に関しては表立って取り上げられることはほとんどありません。
ブレンダーとはどんな仕事で、ブレンドの技術は日本酒においてどのような意義があるのか。京都伏見の酒造メーカー・月桂冠のブレンダーに話を伺いました。
"いつものお酒"をちょっと特別に── ブレンダーが向き合った商品
創業380年を超える長い歴史とその過程で培われてきた高い技術をもって、新たな挑戦を続けてきた月桂冠。
同社を象徴するブランドのひとつに「上撰」があります。これぞ日本酒という米の旨味を感じるスタンダードな味わいで、一升瓶や300ml瓶のほか、パックに詰めた「上撰さけパック」など、幅広いラインナップで広く支持されています。
2017年2月に登場した「上撰さけパックプレミアム」は、上撰のワンランク上の商品。華やかでフルーティな香りの大吟醸酒をブレンドし、ふわりとした香りが華やぐプレミアムな味わいに仕上がっています。
この商品の開発にブレンダーとして携わったのが、技術部技術課の大霜清典さんです。
2012年に入社し醸造部に配属された後、技術部技術課で生産計画や在庫管理を担当。また、異なるタンクのお酒をブレンドし、味わいを整える仕事も担当しています。現在、ブレンドの仕事は大霜さんがメインで担っています。
あるとき、「上撰にさらなる魅力をプラスした商品を出したい」という営業本部からのリクエストを受けて、大霜さんは「上撰さけパックプレミアム」の開発に着手します。
「何種類かある自社の大吟醸酒から、上撰に合うものを選定していきました。私にとって上撰は、"古き良き日本酒らしい味"のお酒。日本酒といえば上撰の味を思い浮かべるんじゃないかと思うくらい、米の旨味を残したスタンダードなお酒です。上撰らしい風味を残しつつ、ふわっと大吟醸酒が香るようなお酒を目指しました」(大霜さん)
ブレンドする大吟醸酒が決まったら、次はどんな割合でブレンドするのか判断するためのサンプルづくり。大吟醸酒の割合を5%刻みで変えていきながら、「上撰の良さを引き立たせ、かつ邪魔しない割合」を求め、舌や鼻を使う官能評価でベストなブレンド割合を探っていきました。最終的に4~5種類のサンプルを作成し、大霜さんは10%という割合を導き出します。
「最初は『20%ぐらいかな』と思っていたのですが、実際に試してみると、たった15%でも大吟醸酒の主張を強く感じました。10%であれば、大吟醸酒の華やかさもありながら上撰らしさも残る。当初想定していたよりも、大吟醸酒の割合が少なめになったのは意外でした」
こうして完成した「上撰さけパックプレミアム」。大吟醸酒のブレンドによる華やかな香りと上撰本来の旨味が絶妙にマッチし、発売以降、好調な売上が続いているといいます。メインターゲットは、上撰を以前から愛飲しているお客さん。「ふだん上撰を飲んでいる人が『いつもよりちょっと良いものを飲みたい』と思ったときに手にとってほしい」と大霜さんは話します。
100点の酒をブレンドして80点にならないように
日本酒におけるブレンドの工程は決して珍しくありませんが、「上撰さけパックプレミアム」は、既存商品をブレンドするという画期的な商品。さらに「大吟醸10%ブレンド」を大きく打ち出し、ブレンドを付加価値として見出しているのも特徴です。
「既存商品をブレンドするので、割合によってそれぞれが喧嘩しないよう気をつけました。すでに世の中に出ている100点の商品をブレンドして結果80点になってしまったら、意味がありませんから」
上撰と大吟醸酒のベストな割合を探るため、官能検査を重ねた大霜さん。分析値としてアルコール分、日本酒度、酸度、グルコースの量など数値化できるデータもある一方、数字では表せない味わいや香りも重要でした。
また、タンクごとにわずかな風味の違いがあり、「どのタンクとどのタンクをブレンドすれば良いか」を判断するためには、正確な感覚が必要だと話します。
みずからの舌と鼻が頼りになるブレンダーの仕事。何か特別なケアをしているのか尋ねると、「ストイックにやっていることはないですね」と大霜さんは答えます。
「ウイスキーのブレンダーはコーヒーなどの濃い飲み物を避けるという話も聞きますが、私は特に何もやっていないというのが正直なところです。大事なのは、現場で場数を踏むことですね。私の場合、最初に配属された醸造部では搾ってすぐのお酒を、技術部に異動してからは製品となるまでの各工程のお酒をきき酒しています。搾ってから製品になるまでの経過でどんな風にお酒が変化していくのかを感じられたので、当時の経験が現在のプラスになっています」
特別なことはしていないと話す大霜さんですが、原酒や、日々仕上がってくる製品など、毎日20~30ほどのサンプルをきき酒しているのだとか。他にも、自社と他社の製品を飲み比べながらその違いを勉強する社内のきき酒会を実施し、自身も参加しているそうです。小さな経験値が、知らず知らずのうちに大霜さんに蓄積されているのでしょう。
"いつもと同じ味"を提供し続ける
「上撰さけパックプレミアム」は、ブレンドの技術があらためて月桂冠の資産になった商品。一方で、大手酒造メーカーの一員として、新しい商品ばかりではなく、既存商品を変わらない味わいで提供し続けていくことの大切さを身に染みて感じていると大霜さんは話します。
「どのお酒も細心の注意を払ってブレンドしています。それでも、お客様から『いつもと味が違う』という意見をいただくこともあるんです。同じ日本酒でも、環境や条件によってできあがりに微妙な違いがあるので、『お酒は生き物だからそういうものだよ』と言う人もいます。ただ、同じお酒を買い続けてくれる方々は、いつもと変わらない味を求めている。その差異をできるだけなくして、いつもと同じ味を届けていくのが、私の目標です」
ブレンドのわずかな違いが月桂冠の味を左右する。責任の重い仕事を任されている大霜さんですが、「ブレンドによって、普通酒や大吟醸酒という枠にとらわれない新しい日本酒が生まれるかもしれない」と、ブレンドの可能性には大きな期待を寄せています。
「月桂冠だけでなく、他の酒蔵にもブレンダーの役割を担っている人はいるはず。ところが、他の業界と比べてブレンダーが表に出てくることはあまりありません。そういう人たちが注目され、ブレンダー発信の商品が出てくると、もっとおもしろくなるのではないでしょうか」
いつもと変わらない味を提供し続ける。そんなブレンドの仕事に誇りをもっている大霜さん。お酒の味を決めるブレンダーの方々は、製造現場に欠かせないキーパーソンです。
ふだん何気なく飲んでいるお酒にも、ブレンダーの技術が活かされているのかもしれません。
sponsored by 月桂冠株式会社
(取材・文/芳賀直美)