創業380年を超える京都の老舗酒造メーカー・月桂冠は、JAや米農家と協力した循環型の農業と酒造りに力を入れています。コンセプトは「米から酒へ・酒から米へ」。プロジェクトの発足から20年以上が経過した今も変わらず継続し、この取り組みによって誕生した日本酒は商品化もされました。
農家の米作りと月桂冠の酒造り。双方の知見と技術を活かしたこの取り組みには、どのような意義があるのでしょうか。プロジェクトに懸ける思いに迫ります。
酒粕で米を作り、できた米で酒を造る
月桂冠が携わる循環型農業とは、JA東びわこ・稲枝地区(滋賀県彦根市)の協力のもと行っている「酒粕有機肥料」を使った米作りのこと。滋賀県の各地域では、琵琶湖への水質の影響を少なくするために、従来から有機質肥料の割合を高めるなど、環境への配慮に取り組んできました。
稲枝地域においては、日本酒の製造工程で生じる酒粕を主体にした有機質の肥料を使い、稲を育てて収穫。その米で酒を造り、酒粕を肥料として再び使い、稲を育てる。この一連のサイクルを継続して行っています。
循環型農業への取り組みが始まったのは1996年のこと。その当時、1994年に日本政府から公布された食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)の影響で、それまでの農業のやり方に変化が起こり始めていました。
政府によって米の流通が管理・規制されていたのが、食糧法により米などの作物の流通や販売が緩和されるように。競争力も高まり、より独自色を出した商品が生産者に求められるようになったのです。
「JAや米農家が独自色を出していこうと考えていたのと同様に、月桂冠も酒造メーカーとして独自の商品を造っていかなければいけないと考えていたころです。協力することがお互いのメリットになると思い、酒粕を活用した米作り・酒造りへの挑戦が始まりました」
そう話すのは、生産管理部資材課・課長の嘉屋正彦(かや・まさひこ)さん。
資材課とは、酒造りに使用する米などの原料や、キャップや瓶などの包装材を調達する部署のこと。循環型農業と酒造りのプロジェクトの立ち上げには嘉屋さんの先輩社員が携わっていました。
製造工程で生じた酒粕は、多くが食品として利用されていますが、一部は家畜の飼料などに利用されたりしていました。この酒粕を活用した「米から酒へ・酒から米へ」の循環は、月桂冠と農家に独自色をもたらすだけではなく、酒造りにより発生する副産物活用の幅を広げ、環境保全にも貢献していたのです。
「当初は非常に苦労したと聞いています。最初の年は生の酒粕をそのまま田んぼに撒いていましたが、均一に撒くことが難しく、肥料としての効果も不十分でした。翌年は乾燥させて撒いてみたものの、風で飛散して失敗。最終的に、粒状に加工することで農家さんも扱いやすく、肥料としての効果も得られるようになりました」
こうして完成した酒粕有機肥料は、現在、20軒近い農家で使われています。しかし、酒粕は分解がゆっくりで、栄養素になるまでに時間を必要とするもの。田んぼによって土質や水はけなど個性も異なるので、それぞれの農家でタイミングを微調整しながら撒いているといいます。手間暇はかかりますが、即効性のある化学肥料を使用した場合と比べても、遜色ない品質の米を作れるようになったのだそう。
1999年には、酒粕有機肥料使用米100%の純米酒を商品化。年に一度、田植えの時期にしか肥料のテストができないこともあり、プロジェクト発足から商品が完成するまでに5年の歳月がかかりました。
2004年からは「厳選素材純米」として販売開始。しっかりとした味わいの純米酒で、米の持ち味や個性を活かしたお酒に仕上がっているといいます。
「酒粕有機肥料で米を作っていることが農家やJAの方にとってブランドになり、米作りへの意欲を高めていただければうれしいですね。私たちにとっては良いお米を作ってもらうことで『良いお酒を造らなければ』というやりがいになるし、良いお酒ができれば農家さんにとっても『良いお米を作ろう』というモチベーションにつながる。お互いに切磋琢磨できていると感じます」と、嘉屋さん。
2015年2月には循環型農業と酒造りの活動が評価され、京都市主催の「第12回 京都環境賞」で特別賞(企業活動賞)を受賞しました。
大切なのは「農家との信頼関係」
酒粕有機肥料の取り組みのほか、月桂冠はさまざまな形で農家の方々との結びつきを深めています。そのひとつが、兵庫県加東市藪地区産の山田錦の購買契約です。
播磨地方の酒米産地と、特定の酒造家・酒造業者との間で結ばれる酒米取引制度が「村米制度」と呼ばれる一種の契約栽培。月桂冠は、全国新酒鑑評会へ出品するお酒に、契約農家が作った村米をはじめとするこだわりの山田錦を用いています。それらの製品は高く評価され、鑑評会の最高峰である金賞を出品した4蔵がすべて3年連続で受賞。月桂冠と米農家との絆もこの快挙に関わっているのです。
また、滋賀県の稲枝地区で定期的に行っているのが、お客さんを招いての稲作体験。取引しているスーパーマーケットのお客さんとその家族を招待し、春に田植え、秋には稲刈りと、農家の方々に米作りを教えてもらうイベントです。
嘉屋さんもこのイベントに関わり、農作業を楽しみながら農家の方々と交流を図っています。初めての農作業となる参加者も多く、「楽しかった」「いい体験だった」など好評の声が届いているそう。
循環型農業による酒造りをはじめ、酒造メーカーと米農家とがうまく協力していくためには、どのようなことが大切なのでしょうか。
「いちばん大事なのは、信頼関係。農家の方と収穫量の契約をして春に作業がスタートしますが、夏の天候によってはお米が獲れる年も、獲れない年もある。それを見越して目標の収穫量を決めるので、お互いの信頼関係をしっかり作ることが大切なんです」
また、農家の方々とコミュニケーションを取ることは、月桂冠で働く若い世代の刺激にもなっているのだそう。稲作体験イベントには製造や営業の若手社員も参加し、お酒の原料となるお米が作られる場所に立つことで、「自分たちが見えていなかったことが見えるようになる。これは大きな一歩」と、嘉屋さんはその意義を語ります。
「新入社員が入社後に工場で研修したときは、数トンもの米が目の前で蒸し上げられていく様子を見ても、特に思うところはなかったそうなんです。ところが、稲作体験で農家さんとコミュニケーションを取って、農業の大変さや農家さんが米作りに懸ける思いを感じると、『工場で目の前を流れているお米は"モノ"ではなく、みんなの思いが詰まった"お米"だと見る目が変わった』といいます。
その話を聞いて、参加してもらって本当によかったと思いましたね。各自のなかで、日々の仕事が"作業"から"果たすべき役割を自覚した業務"に変わったのだと思います」
米作りを肌で感じることで、「農家のみなさんが育てたお米で、自分たちは酒造りをしている」と実感できるようになり、仕事への意識やクオリティー向上にもつながる。嘉屋さんは、確かな手応えを感じています。
「共存・共栄」が、より良い未来をつくる
「農家の方々とのつながりと信頼関係を自分たちの代で切らさず、次の世代にバトンをつなげていきたい」と話す嘉屋さん。柔軟な未来志向を持つ嘉屋さんは、資材課のトップとして、また月桂冠を支える一員として、さらに興味深い話を聞かせてくれました。
「農業の時代、工業の時代、情報産業社会の時代を経て現在の社会が形成されてきた」という話を聞き、「じゃあ、次はなんの時代なんだろう」と考えた嘉屋さん。そのときに導き出したのは、周囲の人と共に考えて協力しながら生活する「共存・共栄の時代」というものでした。
「狩猟から農耕へ移り、食が満たされた後には労働が楽になって、今を楽しむ物やインフラが発展し、生活レベルは上昇を続けてきました。幸せで満ち足りた生活を手に入れたとき、人々が次に求めるのは、その幸せな状態の維持・継続ではないかと思ったんです。
何年も前から地球温暖化が問題視されていますし、2015年の国連サミットで採択された『持続可能な開発目標(SDGs)』をみんなで達成するために協力する動きも活発になっていますが、環境破壊が非難される時代の到来は、必然の流れであったと感じます。今後も豊かな生活を続けたいなら、周りと協力しなければ環境を維持できません。そう考えると、今後は『共存・共栄』を重要視する社会になると思うんです」
さらに、情報産業社会を生き残っていくためには、これからも消費者が求める情報を付加価値として商品でアピールすることが大事で、特に「共存・共栄の時代」につながる価値は重要だと嘉屋さんは指摘します。
たとえば、「厳選素材純米」なら「環境に配慮した商品」といった情報をきちんと伝えていくことが大切です。今後、「企業が環境保全に取り組むことは当たり前」という認識はますます高まることが予想されます。
「メーカーの従業員でありながら、自分は酒造りの直接の作業に関わってはいませんが、みんながいい仕事ができるような情報提供や環境作りをすることで、会社としてのクオリティーが上がればうれしいです。それが私なりの"ものづくり"かもしれませんね」
循環型の農業と酒造りのプロジェクトに携わるようになってから、農家の方々とも深く話ができるよう、農業の勉強に取り組んでいるという嘉屋さん。「最近、ようやく話が噛み合うようになってきました。学ぶのは楽しいです」と、微笑みながら話します。
お互いをリスペクトし、より良い米作りと酒造りができる未来のために協力していく。そんな信頼関係を続けていくことによって、笑顔のサイクルも次世代へとつながっていくことでしょう。
sponsored by 月桂冠株式会社
(取材・文/芳賀直美)