文化、ファッション、アニメなど様々な日本のコンテンツを海外に発信している「クールジャパン」施策。内閣府知的財産戦略推進事務局が実施する平成28年度第2次補正予算 「クールジャパン拠点連携実証調査における実証プロジェクト」のひとつとして、「日本酒と関連分野を組み合わせた海外富裕層向けマーケティングモデルの構築」が採用されました。

今回SAKETIMESは、5日間にわたるプロジェクトのうち、2泊3日の茨城県・長野県の蔵元を訪ねるツアーに同行。前編では須藤本家(茨城県笠間市)、岡崎酒造(長野県上田市)、枡一市村酒造(長野県小布施町)の訪問や、長野県上田市での利き酒会などが行われた模様をご紹介しました。後編では、日本酒の未来について白熱した議論がかわされたシンポジウムの様子をご紹介します。

信州から世界へ日本酒を届ける――シンポジウム/長野市(3日目昼)

長野市の「信州地酒で乾杯の日」(毎月8日)でもある2月8日午後、「信州から世界へ:海外日本酒マーケティング」をテーマにしたシンポジウムが、ホテルメトロポリタン長野で行われました。

プログラムは2部制で、第1部の公開利き酒会では23蔵が出品。ゲストらが蔵元に対し、味わいやラベルについてひとつひとつ真剣にコメントしてまわった後に、第2部のシンポジウムが行われました。

シンポジウムの進行役として内閣府政府参与クールジャパン戦略担当・浜野京(みやこ)さん、パネラーとして、海外から招へいされた富裕層に影響力を持つゲストら4名、宮坂醸造社長・宮坂直孝さん、角口酒造店専務・村松裕也さんが登壇。阿部守一(しゅいち)長野県知事の挨拶の後、特に情報発信とインバウンド誘致に関して、時間ぎりぎりまで議論が展開されました。

SNSを活用し、印象に残るストーリーや外観で消費者の心を掴む

シンポジウムではまず、2泊3日の茨城県・長野県の蔵元を訪ねるツアーを通してゲストが感じた蔵元の情報発信について意見が述べられました。

酒蔵のホームページやパンフレットなどについて、Food&Wine誌がプロデュースするレストランChefs Clubのクリエイティブディレクター ダナ・コーウィンさんは「写真も交えて、どういう杜氏・蔵人が酒を造っているのか、水・米・造り方のこだわり、土地、歴史など 、酒蔵特有のストーリーを発信してほしいです」と話し、その例として、美しい写真が豊富な、料理研究家のマリア・シンスキーさんが運営するホームページが会場に映し出されました。


全米で100万部発行されているFood&Wine誌編集長を勤め、現在はニューヨークのFood&WineがプロデュースするレストランChefs Clubでクリエイティブディレクターを努めるダナ・コーウィンさん(写真左)と、料理研究家のマリア・シンスキーさん(写真右)

マリア・シンスキーさんからは「現在、ホームページまで情報を取りにくる消費者は減ってきており、SNSがとても効果的です。日本ではSNSが過小評価されているようですが、蔵元自ら情報発信できますし、関心を持つ消費者とのやりとりを通してファンになってもらうこともできます。お客様と対話することで販売機会と露出を増やすことができるのです」と、SNSの有効性を説いていました。


ザ・ペニンシュラホテル香港の日本食レストラン「今佐」のジェネラルマネージャー・ジャック謝さん

また商品のデザインについて、香港で活躍するジャック謝さんは「香港人は日本語が読めないので、顧客にあわせた見せ方や提供の仕方に変えていかなければなりません。例えば、日本酒の瓶は、みんな緑や茶色といった同じ色をしていますよね。海外をターゲットにするなら他の色も考えたほうがいいでしょう」と実際に顧客へサービスする立場から意見を述べました。

今回のツアーの中でも、とりわけ多く話題になった酒瓶のラベルについて、マリア・シンスキーさんは「海外のお客様も理解できるように、英語で説明文を書くのは重要なことです。銘柄 の意味やストーリー、味わい、おすすめの温度帯、酒蔵のURLなどが参考になります。ですが、これは小さい文字で十分かもしれません。なぜなら、日本語を残すことも”日本産”をアピールする上で大切だからです」と、アイコンとしての日本語の重要性が示されました。

さらにダナさんは「ラベルの要素は文字だけではありません。山、鳥、忍者……お酒の味わいや酒蔵の特徴・風土・こだわりなどを表した”絵柄”なども有効です。印象に残る外観であるだけで、再び買いたいと思った時、酒屋やソムリエに相談しやすくなります」と、デザイン要素についても指摘していました。

"体験"がキーワード。訪日観光客に日本酒ファンになってもらう工夫

酒蔵への訪日観光客誘致の可能性について、ワイナリーオーナーのロブ・シンスキーさんは「私たちが経営しているナパバレーでもワインのテイスティングツアーを行っています。しかし、単純にワインの試飲のみではお客様に満足していただくことはできません。ワインに合わせた料理も用意してペアリングを行うなど”体験する”・”楽しんでもらう”ことを大切にし、工夫しています。土地勘のない海外からのお客様をターゲットとするなら、複数の酒蔵を巡るガイド付きのパッケージツアーを用意したり、宿泊先、昼食の場所、バスや新幹線などの移動手段の案内も同時に行うと効果的だと思います」と語りました。


カリフォルニア州ナパバレーにある名門ワイナリー「Robert Sinskey Vineyards」のオーナー ロブ・シンスキーさん。マリア・シンスキーさんとは夫婦。

また国内側からの意見として、すでに海外展開を行っている宮坂醸造の宮坂直孝社長は、「インバウンドで酒蔵を訪れた方々には、日本酒ファンになって帰国してもらいたい」と発言。さらに、3つの具体的なアイデアを提案します。

「1つ目は、試飲会イベントに海外のお客様を招待することです。イベントで最高の日本酒を味わってもらってはいかがでしょうか。そして2つ目は東京の酒類総合研究所・赤レンガ酒造工場の活用です。国の協力のもと、重要文化財にも指定されている歴史あるこの建物で、東京に来た観光客に日本酒造りのテクニックを見学してもらってはどうでしょうか。最後の3つ目は、各県庁のコンシェルジュデスクに、英語や中国語を話すネイティブ人材の配置・活用です。
弊社も外国人の従業員を雇い、海外とのやり取りが年商の2割になるよう目指しています」

小さな蔵だからこそ届けられる"特別"こそ、アメリカでの強み

角口酒造店専務の村松裕也さんは、「長野県の酒蔵は、ひとつひとつは小さく、人的にも時間的にも限られているので、ひとつの蔵で何かをするのは難しいのが現状です。しかし、酒蔵の数は多い。これを武器にする取り組みが生まれれば、インバウンドにも対応できるのではないでしょうか」と小さな酒蔵の現状について説明し、蔵同士の連携を提案しました。

これに対してゲストから様々な意見が集まります。

ジャック謝さんは「規模の大小は関係ありません。問題は蔵の大きさではなく、蔵からの商品の調達方法がわからないということ。これはマーケティングの問題なのです。海外から1度取り引きすることさえできれば、購入量は増えていくと思います」と、海外からの購買機会がないことは規模の問題ではないことを指摘しました。

ダナさんは「小さい蔵の場合、そこでしか味わうことができない"特別なもの"としてお客様にとっての価値になります。また、造り手が見えることもメリットです。伝統的なものに対してもアメリカ人は惹かれますし、酒蔵が米を植える段階からコントロールしているということもアピールポイントになるでしょう。アメリカでは原産地がどこかということが重要になるからです」と、小さい蔵だからこそ、お客様にとってたった1つの特別な存在になれるというメリットを訴えました。

マリア・シンスキーさんも「アメリカは大きな市場と思われがちですが、本当は小さな市場の集合体です。アメリカ全体を考える必要はありません。特に大きな市場であるニューヨーク、カリフォルニア、テキサス、シカゴなどに狙いを絞って攻略方法を考えればいいのです。 日本で醸造したお酒を海外で提供する場合、多くはハイエンド向けのワインと同じ市場がターゲットになるかと思います。この市場はわずか2%。9割以上は7ドル以下の安いワインを求める消費者です。ハイエンド市場は、洗練された知識がある人たちに限られた、たった2%の特別で小さな市場なのです」と、売り先である市場も決して大きすぎるわけではなく、ターゲットを絞って日本酒を展開していくマーケティング手法を紹介していました。

シンポジウムを聴講に訪れた多くの日本酒関係者が最後まで熱心に耳を傾け、熱い議論は予定時間をオーバーしてしまうほどでした。

小規模の蔵元も、海外富裕層にチャレンジを

当プロジェクトの目的について、発案者である内閣府のクールジャパン戦略担当・浜野さんにお話を聞きました。

「日本酒の製成数量は昭和50年以降減少の一途をたどり、現在では3分の1にまで減少。日本酒の消費を増やすにも、国内だけでは人口も消費者数も減少傾向です。このように市場規模が縮む中、蔵元の中には生産量が少なく、販路を広げるネットワークを持っていないため『一部の人に売れればよい』と考えるところも少なくありません。今回の取り組みでは、そういった小規模の酒蔵でも、少量生産だからこそ届けられる付加価値を考え、海外富裕層に対してチャレンジしてもらうことを狙っています」と、シンポジウムを聴講しに来たたくさんの蔵元に期待を寄せていました。

「蔵元からの連絡を待っている」ツアーを終えてゲストたちが感じたこと

3日間にわたり、茨城・長野の蔵元と交流し、地元の特産品を見てまわった6名のゲストたち。ツアーを終えての感想を聞くと、「日本酒はもちろん、日本食や和菓子、器、伝統工芸品など、様々な日本文化を知ることができてよかった」「今回知った情報は、アメリカのシェフやソムリエたち、SNSを通じて多くのフォロワーたちに共有する」「知らなかった日本酒の味、造りなどについて詳しく知れてよかった。質問にも丁寧にたくさん答えていただいた」「私たちゲストと受け入れてくれた蔵元さん、お互いにとってベネフィットがあったと思う」「長野だけではなく、他の地域についても知りたくなった」と、声を揃えてツアーの有意義さを語っていました。

マリア・シンスキーさんは、「長野県の酒蔵は、輸出や富裕層への販路拡大など、30年前のナパバレーと同じ問題を抱えていることがわかりました。私たちにはそれらを乗り越えてきた経験があります。これらは、日本酒の海外展開にも活きると思います。このシンポジウムの聴講に訪れた蔵元さんたちは、みな情熱のある方々だと信じていますので、その方々から私にコンタクトが来るのを待っています。もしかしたら助けることができるかもしれません。情熱ある蔵元さんと、今後も仕事が出来たらと思います」と、熱意ある蔵元による海外ビジネス展開への協力意欲を、笑顔で語ってくれました。

情報伝達の重要性――日本酒を海外に広めるために

2泊3日の茨城県・長野県の蔵元を訪ねるツアーに同行する中で特に感じたことは、情報伝達の難しさです。言葉で伝えられない部分を、どうパッケージングし販促物に落としていくかは、日本酒の海外展開において、重要なポイントのひとつでしょう。あわせて、どのような背景、場所、人々が酒を造ったのかというストーリーを伝えることが、日本語や日本酒を知らない人たちに酒を印象付けるために大切な要素のようです。

また、試飲方法の工夫も必要です。ただ試飲するだけの反応と、食事を交えて試飲しているときの反応は、大きく違うように感じました。特にワイナリーオーナーであるロブ・シンスキーさんは「食を通してじゃないとメディアの取材は受けない」と何度も言っていたのが印象的。食と一緒に酒を提案する重要性を、経験値として持っていらっしゃるのでしょう。

こういった率直な意見、発見が多くなされたこと、そしてこのツアーを機に、多くの人のディスカッションがなされたことは、日本酒が海外に広がっていく上で、大いに意義があったと感じます。

(取材・文/ミノシマタカコ)

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