こんにちは、SAKETIMES編集部、酒匠の山口奈緒子です。
みなさん『虎穴(こけつ)』という日本酒をご存知でしょうか?

漫画『へうげもの』と山形県鶴岡市の冨士酒造がコラボして造られた無濾過純米生原酒です。
今回は、どうして漫画と日本酒をコラボさせたのか、『虎穴』の魅力などなど、商品を企画された講談社「モーニング」編集部の藤沢学さん冨士酒造の米山茂朗さんにお話をお聞きしました。 【トップ画 : 題字/川尾朋子】

 

◎『へうげもの』紹介
『へうげもの』とは、戦国武将・古田織部(ふるたおりべ・1544~1615)を主人公にした本格的歴史長編ギャク漫画です。物語はフィクションですが、主なキャラクターはすべて実在の人物です。
古田織部は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた武将であり、茶人としても大活躍した人物です。千利休が大成させた茶の湯を継承しつつ、大胆かつ自由な気風を好み、茶器制作・建築・作庭など多岐にわたって「織部ごのみ」と呼ばれる一大流行を桃山時代にもたらしました。
ちなみに「織部焼」の「織部」とは、古田織部にちなんだ名称です。
本作は、茶の湯と物欲に心を奪われた古田織部を中心に、桃山時代に爆発した豪快な価値観に注目した作品です。タイトルの「へうげる(ひょうげる)」とは「ふざける」「おどける」の意味です。

 

武将茶人・古田織部の世界に通ずる「器(うつわ)」の世界と日本酒

 ◎そもそも、なぜ漫画と日本酒が今回コラボすることになったのですか?

 

藤沢:
『へうげもの』の主人公・古田織部は、「織部ごのみ」による「やきもの革命」を通じ、日本の食文化、酒文化にも大きな足跡を遺した人物です。「作品の主題である焼き物とのつながりを深めたい。作品の世界観を立体化させたい。」そういった想いで、織部が組織したという陶工集団を真似て、気鋭の陶芸家諸氏によるスピンオフ「激陶者集団へうげ十作」を企画しました。現在では結成から8年目を迎えています。作家には酒好きが多く、彼らの酒器に注ぐ「オリジナルの酒をこしらえてしまえ」と思ったわけなんですね。
一度は挫折しかけましたが、織部没後400年を迎えて「酒づくり欲」が再燃。作品とできるだけゆかりの深い土地や酒蔵をと、主要登場人物である加藤清正の子孫の蔵、山形県鶴岡の冨士酒造にダメもとでオファーしたところOKをもらいました。そして、清酒「虎穴」誕生に至りました。

 

◎「茶の湯」と日本酒の共通点はあるのでしょうか?

 

藤沢:
『へうげもの』は一応「茶の湯」漫画でもあるんですが、テーマとしては「焼き物」がメインとなります。茶席に酒はつきものです。日本酒の歴史をひもとけば、中世では、それまでの「にごり酒」から、現在の「清酒」により近い澄んだお酒が興隆しました。にごりのないお酒は、清酒の語源でもある「澄酒(すみさけ)」といい、「清酒」と「茶の湯」の隆盛が軌を一にしていることがわかります。

「お茶」と「お酒」と「焼き物」の発展は三位一体。その陰に利休、織部といった茶人群像があったことは確実かと思われます。作者の山田芳裕は織部同様「ないものが欲しい」主義ですので、日本酒においても、オンリーワンが欲しかったんです。

 

焼き物と日本酒、ものづくりに共通する想いを味わいで再現

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◎3種類のお酒はそれぞれ、モチーフとなる登場人物が異なります。
お米や特定名称も全て違いますが、どのように決定されたのでしょうか?

 

米山:
「コラボ酒」をつくる際も、通常と同じく、純米酒・純米吟醸・純米大吟醸と大別されます。

主人公をモチーフにしたお酒を造るのであれば、一般的には最上位酒である純米大吟醸が選ばれることでしょう。
しかし、山田芳裕さんが描く『へうげもの』の古田織部は、甲乙丙丁(こうおつへいてい)の二番目である「乙」を至上としています。そこで、織部にふさわしいのは中庸の純米酒であろうと考え、「乙澄酒」と名付けました。また、「織部焼」といえば、鮮やかな緑色のうわぐすり〜緑釉(りょくゆう)が代名詞なので、瓶の色は緑色としました。

純米吟醸は織部の師である利休をイメージしました。
黒を好み、華美な装飾を排除し、『へうげもの』の中でも「花は一輪あれば良し」とありますので、黒瓶・黒ラベルに。さらには、派手になりがちな純米大吟醸ではなく、しかも師ということで、織部よりも一段上の純米吟醸にしました。

純米大吟醸のモチーフは、弊社冨士酒造当主の祖先である加藤清正公です。コラボに際し、絶対に外せませんし、あえて最上位の純米大吟醸とさせてもらいました。最初はラベルを虎柄にしようかとも思ったのですが(笑)、最終的には、黒瓶に黄色系のラベルに落ち着きました。
ちなみに『虎穴』の基本コンセプトは編集部担当者、命名は作者の山田さん、ラベルデザインは単行本装丁者のシマダヒデアキさん(L.S.D.)という、『へうげもの』の総力を挙げてできあがった「コラボ」にとどまらぬ日本酒です

 

 

◎3種類のお酒を造る際にはどのようなことに心を配りましたか?

 

米山:
第一に、日本酒を飲み慣れていない方にもひと口目からおいしく飲んでいただける飲みやすさ。第二に、なるべく広い範囲でお食事に合わせてお楽しみいただける汎用性のある味わい。第三に、3種飲み比べた時に酒質の違いが明確に分かりやすい。
この3つに心を配りました。

さらには、メディアとの「コラボ」を超えて、古田織部の生き方や姿勢を強く意識し、酒造りをしました。お酒も焼き物も漫画も同じ「ものづくり」ですから、その根底にある信念とのコラボにしたいと思ったからです。
一般的に日本酒は搾られてから瓶詰めまでに、加水・濾過(ろか)・火入れ(殺菌)などさまざまな工程を経ています。『虎穴』はあえて、焼き物にたとえるなら、陶芸家の手びねりによって造り出された器を窯(かま)出ししたそのままの状態、つまり搾ったままの「無濾過生原酒」という状態での商品化、というコンセプトで造りました。

 

◎漫画とのコラボでありがなら、あえてビジュアル的には漫画のキャラクターを押し出していませんですが、どのような意図がありますか?

 

藤沢:
なにしろお酒ですから、ターゲットは大人限定です。いわゆる漫画ファンではなく、お酒が好きな大人のための商品を意識しました。青年誌の作品とはいえ、ラベルに漫画のイラストを使うと、お酒以外の情報に「味わい」が埋もれてしまいます。ゼロから造られた本格的なお酒であることをわかってもらいたいというのが作者山田の強い希望でした。

米山:
作者の山田さんから、キャラクターを前面に出さないでほしいと要望がありました。たとえばこんなのがいいと、ひと昔前の清酒のラベルが見本として示されたので、かなり意表を突かれましたね。ふだん漫画に触れていない層や、『へうげもの』を知らない方にとっても魅力的なお酒、雑誌での連載終了後も長く愛され続けるお酒を目指し、あえて漫画のビジュアルに依存しないデザインをと、デザイナーのシマダヒデアキさんにお願いしました。

ちなみに、冨士酒造のある鶴岡市には、普段は目立たずとも地道に力を養い、いざというときに、その力を大いに発揮する堅実さを意味する「沈潜の風(ちんせんのふう)」という気風・気質があります。そのような気風を引き継ぎ、「人気漫画とのコラボのお酒です!」とひけらかすのではなく、「実はコラボのお酒だったのです」と後で語るのが素敵かなとも思いました。

 

【後編】に続く。>>
後編では、虎穴の味わいにフォーカスしてお伝えしていきます。

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