日本酒を知る

日本酒を楽しむ

日本酒を考える

特集

この世から桜というものがなくなったら──江戸っ子を魅了した花見

> > > この世から桜というものがなくなったら──江戸っ子を魅了した花見
このエントリーをはてなブックマークに追加

万葉集では桜よりも梅を題材に、多くの歌が歌われています。しかし古今和歌集になると、梅の29首に対し桜は53首と逆転します。万葉集時代の梅が早春を詠う代表的な花として、教養の深さを競う貴族の宴には欠かせない重要な花であったのに対して、桜は単に見るだけの花であったのです。ところが古今集になると、梅を愛でながらの宴は姿を消し、貴族の宴はもっぱら満開の桜の下へと移って行くのです。

美しくも儚い桜の魅力

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(伊勢物語 / 在原業平)

もしこの世から桜というものがなくなったら「いつ花が咲くのだろうか」とか、「花が満開に咲いたら咲いたで、すぐに散ってしまうのではないか」といったように、ヤキモキすることは無いだろうになあ。

散ればこそいとど桜はめでたけれうき世になにか久しかるべき(読み人知らず)

満開に咲いた桜は、美しいままですぐに散ってしまうからよい。この世の中に永遠に美しい花(もの)があるだろうか?ありえないだろう、と貴族たちは、梅と比べると格段に華やかな桜の美しさを讃えながらも、その美しさが一瞬のうちに散り果てる、虚しさのようなものを感じ取っていたのでしょう。

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに(古今和歌集 百十三 / 小野小町)

美しく咲く花もやがては散り果てるように、男たちが盛んに言い寄って来た、若く、美しかった日々はいつの間にか遠くへ過ぎ去ってしまった。
聡明であったのに加えて、美女で有名であった小野小町であるだけに、年とともに増す虚しさ、無常観を、散る花に重ねて歌ったのでしょう。花を愛でるための花見にもかかわらず、花に託して教養を競わされる、貴族的な雰囲気も感じられます。

農民文化と貴族文化の融合

町人文化が発達する以前の、17世紀半ばころまでの江戸の花見は、一本だけの桜の大木の下といった、よく知られた数少ない桜の木の下で行われていました。それが徐々に桜の木の数が多い場所へと移っていくのです。天和年間(1680年代)になると、早くから群植されていた沢山の桜が大きく育ち、満開の花が上野の山を埋め尽くすようになります。すると自然に多くの人が集まり、上野の花見人気はたいへんな盛り上がりをみせました。

その後、8代将軍吉宗の命により植えられたとされる飛鳥山・向島・御殿山なども江戸の桜の新三大名所となります。これらの場所は江戸の中核である御内府と周辺農村の接点に当たり、満開の桜に集う「花見」は、農民文化と貴族文化の融合の場として、それぞれが教養や宗教からも解放され、大勢の人々が花の下に集まって純粋に楽しむ一大イベントとなるのです。

江戸の花見の三要素

花の朝いやあと下女もほめられる(誹風柳多留 十二)

今日は待ちに待った花見の日だ。精一杯の化粧をした下女は、「よお、きれいになったな!見違えるようだ」と冷やかされるも、まんざらではない。

このように、花見は下女にとっても楽しみのひとつであった。老若男女、地位や身分などにも関係なく、満開の桜の下ではすべての人々が対等と見なされる花見は、江戸っ子たちには待ちに待った重要な行事となっていくのです。それは、江戸の花見というものが、

  • 群桜:山一面を覆い尽くす満開に咲く桜
  • 飲食:花の下での無礼講の飲み食いと談笑
  • 群衆:不特定多数の人々が一ヶ所に集まる

という、かつて誰も経験をしたことがない3つの要素から成り立っているからと考えられます。

群桜

花の山幕のふくれるたびに散り(誹風柳多留 七)

山中が満開に咲く桜の下、たくさんのグループがそれぞれ万幕を張り、その中で酒を飲み、持参の料理を食べ、歌ったりおしゃべりをしながら楽しんでいる情景が浮かびます。さっと吹く春風が万幕を揺らせるたびに、ひらひらと散り落ちる桜の花びらが、人々の顔に降りかかったり盃の中に浮かぶのがなんとも言えません。

飲食

花に背を向けて団子を食っている(満 二)

花見が始まった最初の内こそ「美しい」などと桜の花を褒めているが、宴もたけなわとなると、まさに花より団子。女子どもはおしゃべりや食べるのに忙しく、一杯呑んだ男共は飲めや歌えのお祭り騒ぎとなるのです。

群衆

上野へ花見に行ったら大変な人出で、満開の花の元に張りめぐらされた幕の中からは、それぞれ音楽や、にぎやかな談笑があふれ出し、どこにも空いた場所が見つからない。それでもなんとか、傍らの松の木の下に場所を見つけて、ささやかな花見をした旨の前書きをして

四つごきのそろはぬ花見心哉(芭蕉)

大変な数の群衆がにぎやかに花見を楽しんでいるそばで、数さえ揃わない四つ五器(携帯用の食器セット)の貧しい弁当を食べながら、ささやかな花見を楽しんでいる。
当時はトップクラスの教養人であった芭蕉でさえ、多くの群衆で賑わう桜の花見には無関心では居られなかったのだろう。

<参考文献>

  • 『花見と桜』 (白幡洋三郎/PHP研究所)
  • 『万葉集にみる酒の文化―酒・鳥獣・魚介』 (一島栄治/裳華房)
  • 『江戸川柳を楽しむ』 (神田忙人/朝日新聞出版)

(文/梁井宏)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます

このエントリーをはてなブックマークに追加

ライター募集中!

梁井 宏

金沢の創業1625年の老舗酒蔵で、40年余りにわたり、酒造管理、商品開発、市場開拓などに携わってきました。同社を退職後は、酒関連の情報収集と併せ、現役時代からこだわってきた、「熟成古酒」の啓蒙活動に力を入れています。