「信州醸熱タンク」、3年目の酒ができあがりました。
「信州醸熱タンク」とは、長野県の有力酒販店3軒が連携し、個性的で魅力ある日本酒を地元の酒蔵に造ってもらい、それを仕込みタンク1本まるごと買い取って、長野の地酒をアピールする取り組みです。
企画に携わったのは「酒舗清水屋」(小海町)の小山英浩さん、「地酒屋 宮島酒店」(上田市)の宮島国彦さん、「酒乃生坂屋」(千曲市)の若林数矢さんの3人。そして、彼らの求めに応じて、3年間お酒を醸してきたのは「古屋酒造店」(佐久市)の蔵元杜氏・荻原深さんです。
熱く醸す。それが、醸熱。
信州醸熱タンクは、酒販店と蔵元が「長野の酒をもっとメジャーにしたい。話題性のある酒を造ろう」と語り合う中で生まれたプロジェクト。一昨年から始まりました。
裏ラベルには、
熱く醸す。それが、醸熱。
その酒を、タンク丸ごと情熱で伝える。
ならば、熱く喰らおう!その酒を。
「冷やでもヤケドするぜ!」
という、たいへん熱いメッセージが書かれています。
造るお酒は古屋酒造店の限定流通品「和和和(わわわ)」で、まだ商品化されていないスペックを荻原さんが提案し、挑戦します。
「和和和の特徴である瑞々しさは守りつつ、そこにプラスアルファを加えた酒を造ってもらい、醸熱タンクとして売る。美味しいと感じた人が、次に和和和を手にとってもらうことが理想」と、酒乃生坂屋の若林さんは話します。
1年目は麹米と掛米に異なる酒造好適米を使って純米酒を造り、2年目は精米歩合49%の純米大吟醸酒に挑みました。
毎年、一升瓶換算で350本の酒ができあがり、それを3店で3回に分けて(3月:活性生酒、4月:無濾過生原酒、秋:一回瓶火入れ)売り切らなければなりません。
酒販店としてはリスクの大きい「タンクまるごと買い」ですが、話題性と販売力でみごとに売り切っています。3年目となる今シーズンも、どんな酒を造るかは荻原さんに一任されました。
長野県の酒造好適米「金紋錦」に挑戦!
金紋錦は長野県が開発した、山田錦とたかね錦を交配して生まれた酒造好適米です。山田錦の特性を引き継ぎ、かつ寒冷地でも栽培できる品種として誕生しました。
当初はあまり注目されませんでしたが、2000年頃から、長野の意欲ある酒蔵が金紋錦に着目。その後は、金紋錦が長野県木島平村でのみ栽培されていることから、「長野の米で醸した長野の地酒」の謳い文句とともに、使用する蔵がどんどん増えてきています。
荻原さんも「いずれ醸熱タンクで金紋錦を使ってみたい」と心に決めていたそう。
「金紋錦が長野を代表する酒造好適米になろうとしている今、どんな酒ができるのかワクワクしています」と、地酒屋 宮島酒店の宮島さんも新しい挑戦を歓迎している様子でした。
造ったのは金紋錦を原料にした、精米歩合55%の純米吟醸酒。
はじめて使う米ということで、荻原さんは親しくしている県内蔵の杜氏に意見を聞いたそうです。すると、長野県の酒造好適米「ひとごこち」で醸した「和和和」を呑んだ杜氏が「この造り方をそのまま金紋錦に当てはめれば、良い酒ができるはず」とアドバイスしてくれました。
実際に造ってみたところ、麹造りはやりやすく、三段仕込み後の醪管理も、今季は冬場の寒さが安定していたせいもあってか、それほど苦労しなかったそう。
「搾った直後の酒を飲んでみたら、すでにかなり味が開いており、良い感じでした。ところが、数日後に瓶詰めをしようとしたとき、開いていた味が若干閉じてしまい、少し硬くなった印象がありました。少し慌てましたが、その後の経過を見ていると、また徐々に味が開いてきたので安心しました。やはり、何年も使い続けて経験値を上げなければなりませんね」と、荻原さんは話します。
取材の日がたまたま活性生酒の発売日だったため、試飲させていただきました。
シュワシュワとした発泡感がある中に、しっかりとした甘味・旨味もあり、飲みごたえのある美酒といえましょう。
またこの日は、冷蔵庫に保管されている、4月下旬に出荷する無濾過生原酒と、10月に出荷する一回瓶火入れも味のチェックをしていました。いずれも、今飲んでもまったく問題がない素晴らしい状態で、「無濾過生原酒はあと1ヶ月経ったらもっと旨くなるに違いない」(宮島さん)などと、みな口々に絶賛。
さらに、これからあと半年寝かせる一回瓶火入れについても、
「生酒に比べて穏やかになっているが、あと2,3ヶ月置けば、じゅうぶんに味乗りするのではないか。あまり熟成が過ぎるのも良くないので、冷蔵庫でしっかり保管してほしい」と、酒舗清水屋の小山さんが荻原さんに要請する場面もありました。
古屋酒造店は今季限りで卒業。気になる来季の酒蔵は...?
(左から、小山さん、若林さん、荻原さん、宮島さん)
3店舗の店主は「企画がマンネリに陥っては意味がない」と、古屋酒造店への醸造委託を今季限りとしました。
「醸熱タンクは話題性で売れてしまう一過性の性質をもっていますが、3年間やってきて、『和和和』を指名する人が徐々に増えています。"『和和和』って美味しいよね。好きだな。"という声もよく聞くようになりました。そういう意味では目的は達成できたかなと思っています」と、小山さん。
3年間造りを担ってきた荻原さんも「いろんなことにチャレンジできて、スキル向上にもなったと思っています。3造りで卒業することになりますが、肩の荷が下りたという気持ちもありますね。もちろん、小さな仕込みとはいえ、1本がなくなるのはさみしいですが」と、話しています。
3人の店主は「次はどこの蔵に委託するか」で議論を交わしました。
3店は醸熱タンクを始める以前の2010年から、共同で長野酒の頒布会を開催。春から冬にかけ、7回に分けて、14蔵の美酒を会員に届けています。そこで「会員に、14蔵の中で一番おいしかった酒を投票してもらい、ナンバーワンになった酒蔵に次回を託そう」という名案が浮かびました。
600口の投票が集まった結果、長野県飯山市の「角口酒造店」が栄冠に輝き、来季の醸熱タンクを任されることになりました。蔵元杜氏の村松裕也さんは「前任の古屋酒造店さんに負けない素晴らしい酒を造ります」と抱負を語っていました。
いまから、信州醸熱タンクシリーズの4季目が楽しみですね。
(取材・文/空太郎)