みなさんはいつも、日本酒をどのような器で飲んでいますか?何気なく食器棚にあるお猪口やぐい呑、大切な人から贈られた酒器、最近ではワイングラスで楽しむ人も目にするようになりました。

先日、「日本酒を嗜む器」に特化した展示販売会が香港で開催されました。このイベントを主催したのは、東京・神楽坂に6年前からお店を構える和食店兼ギャラリー「ふしきの」。日本酒と伝統的な会席料理、さらには現代陶芸家の作品や骨董の酒器と合わせることでひと皿ごとに物語を作り、至高の時間を提供し続けています。

ふしきののオーナー宮下祐輔さんは、日本酒のサービスに関してさまざまなノウハウを積み上げてきました。今回のイベントは、そのノウハウを広めていくことをひとつの活動としている宮下さんの、香港での3回目の酒器展。しかし、日本でも珍しい「日本酒×器」のイベントを、なぜ香港で開催したのでしょうか。また、香港のお客さんの反応は、どのようなものだったのでしょうか。

世界中の文化が集まる"アジアの入口"香港

香港は、1997年の中国返還までイギリスの植民地でした。今なお街のあちこちに、イギリスの影響を色濃く受けた文化が息づいています。公用語は広東語に加え英語が用いられ、湾岸に立ち並ぶ格式高いホテルではアフタヌーンティーが楽しめます。街中では2階建ての路面電車が走り、ビルの1階表記はイギリスと同じG(グランドフロア)。

異国の文化に触れることに抵抗があまりなく、アジアの入口と呼ばれる港にはヨーロッパ、オーストラリア、アジアなど世界各国の多彩な食材が集まり、美食の地域としても知られています。

そんな香港で、4,5年前から日本酒人気が高まっているようです。国税庁の調べによると、2016年の香港への輸出金額は第2位の26億円、前年比115.3%と伸びています。

世界中のバラエティー豊かな美味しい食材が集まる香港で、日本酒はどのように捉えられているのでしょうか。現地で開催されたイベントを取材する中で、香港の食や酒の楽しみ方、さらには輸出元である日本のマーケットの課題と可能性が見えてきました。

香港で人気を博した「日本酒×器」イベント

イベントの正式名称は「Fushikino Japanese Sake and Ceramic Art Exhibition in HK ~The special way to enjoy Japanese Sake~(ふしきの 日本酒と酒器展 in 香港~日本酒を楽しむ特別な方法~)」。2017年8月25日(金)~27日(日)の3日間にかけて開催されました。

本イベントは「酒器展」を中心とした3部構成。

ひとつは、いち早く予約申し込みで満席になったという日本酒・酒器セミナー。今年4月にオープンした酒販店兼日本酒バー「一合Ottotto」を会場に、テイスティングの基本から酒器の違いによる味わいの変化、それぞれの温度に適した酒器の選び方など、一杯の日本酒をより美味しく飲むための方法論が伝えられました。

次に、3日間を通して開催されていた酒器展&日本酒バー。

日本の有名陶芸家、漆芸家、ガラス作家の計48名が手掛けた酒器の展示販売を行う企画展で、購入した酒器で実際にお酒のテイスティングができる日本酒バーも併設されていました。

そして中華料理と日本酒・酒器のペアリングディナー。

中華料理の名店「大都淮揚(Empire City Huaiyang)」にて、器による日本酒の味わいの違いに解説を交えながら、広東料理コースとのペアリングが行われました。

日本の酒器が香港の人たちを魅了している理由

今回SAKETIMESでは、「酒器展&日本酒バー」「中華料理と日本酒・酒器のペアリングディナー」のふたつを取材。

酒器展&日本酒バーが開催された会場は、観光客で賑わう香港の中環(セントラル)エリア。通りがかりで酒器展に立ち寄る方も多く、ときに会場内が人で溢れかえるほどの人気でした。

有田焼の器を購入したフュスさんは、今年3月に香港で開催されたふしきのの酒器展にも足を運んだという日本酒×陶器ファン。角打ちをしている酒販店に通ううちに、日本酒を好きになっていったそうです。

「もともと中国の陶器や茶器が好きでした。中国の陶芸家はオリジナリティーを強く打ち出した作品が多いですが、日本の陶芸家は伝統を守りながら、その中でオリジナリティーを加えている点が素敵だと思います」と語るフュスさん。パートナーの男性と2人で、お気に入りの酒器で日本酒を楽しんでいるそうです。

欧米から訪れた方も酒器に強い興味を抱いているようでした。香港観光中に、たまたま通りかかって酒器展に立ち寄ったというご夫婦。昨年、日本を訪れた際に出会った唐津焼や福岡で見つけたガラス細工に惚れ、今回のイベントでも木工の片口や伊賀焼の器を購入していました。

「この器の、自然に寄り添ったデザインがとても気に入りました。内側の色合いもとても美しいんです。まるで作家の魂を感じるようです。とてもバランスのよい器で、昨年購入した唐津焼の徳利と合わせて酒を飲むのが楽しみです」と、満足そうに買ったばかりの器を見せてくれました。

酒器が並んだ会場の奥には日本酒バーが。実際に購入した器で酒をテイスティングすることができます。

バーの担当は日ごとに異なり、香港の日本酒事業で活躍するインポーターや酒販店の方から説明を受けながら、復数の銘柄の飲み比べができます。

私たちが訪れた日に担当していたのは、香港で飲食店向け日本酒専門輸入業を営むトニーさん。酒質や輸入量によって、保管方法や販売先は変わると話し、それぞれの酒にもっとも適した状態で消費者に届けるために「酒諺」「酒海」「酒庭」という3つの卸会社を経営して使い分けているそうです。

「この日本酒バーは、料理とのペアリングではなくお酒単体を楽しむ機会なので、日本酒の味がもっとも分かる常温18℃~20℃で美味しいものを用意しました。どれも旨みがしっかりとしていて酸味がまろやか。穏やかな味わいが楽しめます」

若い方からご年配まで、幅広い層が来場していた酒器展&日本酒バー。日本の伝統文化のひとつである酒器の魅力を香港の方々が理解し、その器で酒を楽しんでいる姿に、日本文化がそのままの形で世界に受け入れられてく未来の一端を見た気がしました。

器はどれも日本の有名陶芸家、漆芸家、ガラス作家から厳選された作品で、決して気軽に手にとれる価格ではありません。それでも、魅力あふれるものを生活の中に取り入れ、美味しいお酒や料理、上質な時間を友人・知人とともに楽しもうとする香港の人々の中に、日本以上に美しい時間が流れているように感じました。

器の形状によって驚くほどに変わる日本酒の味わい

中華料理と日本酒・酒器のペアリングディナーでは、参加者たちはオープニングでまず大きな衝撃を受けました。料理とのペアリングを行う前に、器の形状による1本の酒の味わいの変化を実体験したのです。

用意された器は4つ。ワイングラス、浅く口が広がった平杯、お椀型の器、そして小ぶりの器。高知県アリサワ酒造の「文佳人 純米吟醸」でその違いを味わいます。

まず、ワイングラスに注いで飲んでみます。グラスから立ち上る綿菓子のように穏やかな甘味の香りが特徴的でした。次に平杯。ふんわりと優しい香りが鼻をくすぐります。先ほど飲んだワイングラスよりも酸味をしっかりと感じ、全体的にすっきりとした味わいの印象です。お椀型の器は、香りや味わいのバランスが最も良く、食事に合わせるなら最適な器のようです。そして最後に小ぶりの器。口が小さいため、底にたまった香りが舌に凝縮されて乗ってきます。米の甘味が濃厚に感じました。

参加者たちは、何度も自らの鼻と舌で4つの器の酒を比較。1本のお酒が、器によってこれほどまでに香りや味わいに影響を与えることに驚き、その違いを楽しんでいました。

その後、中華のコース料理が日本酒のペアリングとともに提供されました。香港で主に食されるのは広東料理。あっさりとした味わいが特徴で、海鮮料理も多く提供されています。

香港で酒販店を営んでいるというアントニーさんは、この日提供された料理とお酒について、次のように話してくれました。

「蟹爪の唐揚げと秋鹿(大阪府秋鹿酒造「秋鹿 純米吟醸 槽搾直汲 超辛口」)とのペアリングが衝撃的でした。香港では蟹料理が人気で、お客様からもよく、蟹料理と合う日本酒のおすすめを聞かれます。これまで私は、蟹料理には甘いお酒しか合わないと思っていました。しかし、辛口の秋鹿にとてもよくマッチし、ペアリングの幅が広がりました」

「酒器」と共に世界に伝えることで変わる10年後の日本酒

日本酒と酒器の組み合わせによって、香港の人たちにさまざまな驚きや楽しみを提供したふしきの。今回のイベントを香港で開催した理由について、宮下さんは次のように語ります。

「ここ数年間で日本酒の酒質は飛躍的に向上しました。今ではどこでも美味しいお酒を気軽に飲めるようになり、飲食店や自宅で日本酒を楽しむ方が増えてきています。

しかし、"器によってお酒をさらに美味しく味わう方法がある"ということをほとんどの方はご存知ありません。さらに、長い歴史の中で培われてきた日本の陶芸や漆芸、ガラス工芸は非常に素晴らしく、文化的側面も持ち合わせています。芸術品とも言える酒質の日本酒を、美しい日本の器を用い、総合的な日本文化として世界中の方に楽しんでいただきたいと思っています」

欧米各国では、生活の中に芸術を取り入れるのは特別なことではなく、それはイギリスの影響を受けている香港でも同様です。今回のイベントで販売された器は、気軽に手に取れる価格でないにも関わらず、若い方も含め多くの方が購入していました。"日本酒を日本の芸術とともに楽しみたい"という香港の意識の高さがうかがえます。

「日本ではワイングラスの方がおしゃれだと思っている方が多いのですが、海外では決してそうとは限りません。むしろ日本の器こそおしゃれだと思っている方が多くいるんですよ。日本の器が海外で評価されていることを私たち日本人自身が知ることにより、日本国内において日本の器を見つめなおすきっかけ作りができればと思っています」と宮下さんは話します。

「ワイングラスは、ワインを美味しく飲むために発展してきた器なので、必ずしも日本酒が美味しく飲めるとは限りません。

単に日本酒をアルコール飲料として輸出するのではなく、器を含めた楽しみ方も輸出していかなければ、その魅力は半減してしまうと思うんです。日本酒そのものと、日本酒の魅力を最大限に引き出す酒器。この文化も一緒に世界に伝えていくことで、10年後、20年後、まったく違う世界が待っていると考えています」と、未来への展望を話してくれました。

日本の伝統文化である酒器で日本酒を飲むことは「美しく、美味しく酔う」という、日常を超えた上質な時間を過ごす体験価値だと思います。時間や空間そのものが芸術ともいえるような日本酒の世界の存在。日本国内に対しても、世界に対しても、酒器によって拓かれる日本酒の新たなるポテンシャルが見えてきました。

(取材・文/古川理恵)

中華料理と日本酒・酒器のペアリングディナーで提供された料理と酒一覧

  • 文佳人 純米吟醸(アリサワ酒造・高知) / 前菜5種
  • 天遊琳 手作り純米酒 牡蠣限定<酸度三>(タカハシ酒造店・三重) / 海老、玉葱、ピーマンの蜂蜜炒め
  • 秋鹿 純米吟醸 槽搾直汲 超辛口(秋鹿酒造・大阪府) / 蟹爪の唐揚げ、チリソース
  • 北鹿 生もと本醸造(北鹿・秋田)  / 豆腐のスープ
  • 花巴 山廃純米原酒 木桶仕込・木樽貯蔵(美吉野酒造・奈良) / 北京ダック
  • 金鼓 山盃本醸造原酒 15BY(大倉本家・奈良) / ほうれん草、しめじのトマト煮込み
  • 天の戸 醇辛 純米酒(浅舞酒造・秋田) / 蟹とレタスの炒飯
  • ひこ孫 純米吟醸 槽口酒「未来」5BY(神亀酒・埼玉) / マンゴーシャーベット

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