火入れ(加熱殺菌)をしていない日本酒、いわゆる「生酒(なまざけ)」の魅力は、なんといってもそのフレッシュな味わい。日本酒ファンのなかでも、特に人気の高いカテゴリーのお酒です。そのおいしさは万国共通のようで、アメリカにも生酒の魅力に取り憑かれた日本酒好きがいます。

ポール・ウィレンバーグさんは、数ある日本酒のなかでも、生酒を専門に取り扱うオンラインストア「NamazakePaul.com」を立ち上げ、アメリカ・オレゴン州から全米に向けて生酒の魅力を発信しています。

"Namazake Paul(ナマザケ ポール)"という愛称で親しまれるポールさんの活動は、オンラインストアの運営だけにとどまらず、アメリカ中を飛び回って積極的に生酒のテイスティングイベントを開催するなど、多岐にわたります。

最新のトレンドを押さえた、生酒の品揃え

ポールさんを生酒の世界に誘った1本は、友人から紹介された徳島県・本家松浦酒造の「鳴門鯛 吟醸生原酒」でした。その衝撃を鮮明に覚えている彼は、「It blew my mind!(度肝を抜かれました!)」と話します。

この出会い以降、彼の心のなかから生酒が離れることはありませんでした。

「NamazakePaul.com」を運営するポール・ウィレンバーグさん

「NamazakePaul.com」を運営するポール・ウィレンバーグさん

「もっと多くの人に生酒のおいしさを伝えるには、どうしたら良いんだろう?」

そんなことを日々考えながら、オレゴン州の懐石レストランで酒ソムリエとして働くポールさんに、その後の人生を変えるできごとが訪れます。世界中を巻き込んだ新型コロナウイルスの感染拡大です。

このパンデミックにより、レストランは休業に。お客さんとの交流が制限されてしまいましたが、ポールさんは生酒で人々を楽しませることを諦めませんでした。逆境のなか、生酒専門のオンラインストア「NamazakePaul.com」を立ち上げたのです。

以降ポールさんはレストランの仕事から離れ、今では100%の情熱を「Namazake Paul」という活動に注いでいます。

「NamazakePaul.com」の商品ページ

「NamazakePaul.com」が取り扱う日本酒の種類は、約500銘柄。すべて、ポールさんが実際に味わって選び抜いた生酒です。

オンラインストアの商品ページには、英訳されたラベル情報や詳細なテイスティングコメント、和食以外のおすすめのペアリングやワインの好みに合わせた生酒の選び方など、有益な情報が満載です。

春の吟醸生酒セット

春の吟醸生酒セット

「春の吟醸生酒セット」や「菩提酛セット」など、テーマに沿ったセット商品が用意されているのもうれしいところ。もちろん、セットの組み合わせを考えるのはポールさんの仕事です。

オンラインストアにはたくさんの日本酒が並んでいますが、もし迷ってしまっても大丈夫。おもてなしが大好きなポールさんに、自分の好みや飲んだことのある日本酒を伝えると、自身のテイスティング経験をもとに、最高の1本を見つけてくれます。

「NamazakePaul.com」の売れ筋をたずねると、「最近の人気は、フルーティで香り豊かな日本酒ですね」とポールさん。

このような最新のトレンドにこたえるために、ポールさんは酵母の特徴に着目して、吟醸香を多く生成する「1801号酵母」や高知県で開発された「CEL-24酵母」などを使った、華やかな香りの生酒を豊富に揃えています。

もうひとつの売れ筋は、濃醇な味わいが特徴の生酛造りの日本酒。生酛造りの力強い味わいは、ジューシーなステーキとのペアリングが人気だそうです。

テイスティングイベントは生酒の魅力を伝える絶好の機会

新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着き始めたのを見計らって、ポールさんは、生酒のテイスティングイベントを再開しました。開催場所は、ポールさんの住むオレゴン州だけにとどまらず、全米中を飛び回っています。

テイスティングイベントで解説するポール・ウィレンバーグさん

参加者の多くは、日本を旅行で訪れたことがあったり、新しい飲み物に興味があったりするものの、日本酒の生酒についてはほとんど知識がありません。

ポールさんは、日本酒の基本的な造り方から説明を始め、生酒の保存方法やレストランでの日本酒の注文方法、ペアリングの楽しみ方などへと話題を広げていきます。和食だけに限らず、アメリカで手に入りやすいチーズやハムを使ったペアリングの事例も紹介しています。

ほかにも、日本の杜氏や蔵人と直接話ができるオンライン酒蔵見学はとても好評だそうです。

日本の蔵元と一緒に記念撮影するポール・ウィレンバーグさん

「アメリカで絶対売れると思うので、かわいい動物をラベルのデザインにした日本酒が欲しいです。生酒の味わいがアメリカで受け入れられることは間違いないのですが、ラベルのデザインにはまだまだ改善の余地があると思います」

日本の酒蔵へのリクエストをたずねてみると、ポールさんからは、このような回答が返ってきました。アメリカの日本酒ファンと日々向き合っているポールさんの分析と提案には、とても説得力があります。

テイスティングイベントのポール・ウィレンバーグさん

「生酒のフレッシュな味わいに大きな可能性を感じます。生酒を飲むと、ほかのアルコール飲料にはない季節感を感じることができるんです」と語るポールさん。

ポールさんの啓蒙活動によって、アメリカの生酒のファンは着実に増えているようです。

「日本で自分の生酒を醸して、それを輸入して全米中に届けること」を次なる目標に掲げるポールさん。生酒に魅せられたポールさんの歩みはまだまだ止まりません。

(取材・文:浜田庸/編集:SAKETIMES)

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