「富久長」を醸す広島県・今田酒造本店では、「GENKEI」と「HENPEI」という、同じ米を使い精米方法が異なる日本酒を造っています。

斬新なデザインのラベルには精米歩合は書かれているものの、特定名称の表示がありません。これは、特定名称のグレードではなく、精米方法そのものに目を向けてほしいという考えから。画家の河合浩氏によるイラストは、「原形精米」と「扁平精米」をした精米後の米の形に由来します。

そもそも、なぜ日本酒造りでは米を削る必要があるのでしょうか。

それは、米粒の外側に多く含まれているタンパク質がお酒の雑味の元になってしまうから。このタンパク質の割合を、米を削って減らすことで日本酒の繊細な味わいを生み出すことができます。

今田酒造本店の代表取締役社長・今田美穂さん

今田酒造本店 代表取締役社長の今田美穂さん

この記事では、精米方法にこだわった日本酒「GENKEI」と「HENPEI」について、今田酒造本店の造り手であり、代表取締役社長でもある今田美穂さんにお話をうかがいました。

米を平らに削る理由

精米方法にはいくつかの種類がありますが、現在、多くの蔵で採用しているのは「球形精米」という方法。米を丸く削るやり方です。ですが、「球形精米」は、本来であれば削らずに残しておきたい部分も一緒に削り取ってしまうというデメリットがあります。

そこで考えられたのが「扁平精米」と「原形精米」です。

精米方法の違い

「扁平精米」と「原形精米」は、上から見ると玄米と同じ形ですが、横から見ると側面だけを平らに削られていることがわかります。米に含まれるタンパク質はふっくらとした両サイドに集中しているので、扁平状に削るのが効率的な方法だからです。

しかし、「扁平精米」は砕けやすいため、従来の精米機では難しく、本来であれば削らずに残しておきたい部分も一緒に削り取る精米方法(球形精米)を取らざるを得ませんでした。もっとも、従来の精米機でも扁平精米は可能なのですが、米が砕けやすく精米作業に長い時間がかかるため、現実的には実用的ではなかったようです。

そこで、今田酒造本店が2018年に取り入れたのが、機械メーカー・サタケの新型精米機を使った精米です。これにより、従来の「球形精米」よりもやや長いくらいの時間で「扁平精米」が可能になりました。そのタンパク質の削減具合は、精米歩合40%の「球形精米」と精米歩合60%の「扁平精米」で、ほぼ同じです。

また、「扁平精米」のほかに、米粒の外側を満遍なく削り取って元のお米と同じような形に仕上げる「原形精米」も可能になりました。

「扁平精米」と「原形精米」の違いは、横から見た時の厚みの違い。比べてみると、「原形精米」の方がややふっくらとしていて、「扁平精米」の方が薄くなっています。軟らかい米では米が砕けやすくなる「扁平精米」の特徴を改善したのが「原形精米」で、タンパク質の削減具合としては「扁平精米」と同等です。

精米方法の違いが、味わいの違いを生む

この新しい精米技術「扁平精米」「原形精米」を使って、今田酒造本店が2019年に発売したのが、「GENKEI」と「HENPEI」です。精米方法以外のスペックは同じ。精米方法の違いから生まれる味わいの違いを楽しむお酒です。

「原形精米や扁平精米を使うと、お米を多く削ることなく、雑味のないきれいなお酒に仕上げられることがわかりました。『富久長』が求める酒質を実現できるのなら、精米の形や既定の枠組みにこだわる必要はないと思っています。お米の形による優劣ではなく、球形、原形、扁平と、それぞれの精米方法の良さや特徴を活かした精米方法の選択肢が広がったことが、蔵にとっては何よりも画期的なことなのです」(今田杜氏)

昨年度、今田酒造本店では試験的に「扁平精米」と「原形精米」の酒をそれぞれタンク1本ずつ仕込みました。将来的には、「扁平精米」や「原形精米」が中心の酒造りにシフトしていく可能性もあるようです。

広島酒の新たな可能性を広げる酒米「八反草」

今田酒造本店

新しい精米方法での試験醸造では、18BYには「山田錦」を、19BYには「八反草」が採用されています。

「八反草」は、酒造好適米「八反錦」などをはじめとする、広島県内で広く使われている「八反」系酒米のルーツにあたるお米ですが、現在は酒造好適米としての登録はありません。1875年に誕生したものの、栽培の難易度が高いこともあり市場から長らく姿を消していた幻の米です。

2001年、広島県農業ジーンバンクに保存されていたわずかな種もみを今田酒造本店が契約農家とともに復活させ、以来、「富久長」の主要原料として酒造りに使われています。全国的に見ても、「八反草」を使っているのは今田酒造本店だけという極めて特殊なお米です。

「八反草は造り手泣かせな米だ」と語る今田杜氏。約20年間、契約農家とともに試行錯誤しながら「八反草」で酒造りを続ける中で、世界中の飲食のプロたちからのフィードバックをもとに改善し、徐々に酒の個性が定まってきたのだそうです。

「八反草の麹造りは手ごわいですね。名前の通り米よりも草に性質が近いせいか、ものすごく硬くて溶けにくいんです。特に浸漬や麹造りは、気長に植物を育てているような感覚に近いですね。

扁平精米の米は超薄型なので、菌糸が米の中心に入り込む余地がない点で麹米には不向きと判断しました。そのため、19BYの試験醸造では、麹米に従来通りの球形精米を使いましたが、これから毎年経験を積むことで、より最適な方法がわかっていくと思います」

軟水醸造法を開発した三浦仙三郎

軟水醸造法を開発した、広島県を代表する醸造家・三浦仙三郎の像

今田杜氏の「扁平精米」と「原形精米」への取り組みは、特定名称酒の枠に収まらない新しい価値を創造するという意味で、広島酒の新たな可能性を切り開いていると言えそうです。

華やかさと軽快な飲み心地の「GENKEI」と「HENPEI」

HENPEI GENKEI 商品

「GENKEI」と「HENPEI」は、精米方法以外のスペックが同じというだけあって、開けたてはどちらもジューシーなメロンのような香りを感じました。さらに「GENKEI」はマンゴーのような香り、「HENPEI」は洋梨のような香りも感じます。

味わいは、「GENKEI」の方がリッチでまろやか。反対に、「HENPEI」は酸味があり、ハーブのようなさわやかさとシャープな後味があります。どちらも、華やかな純米大吟醸のような軽快な飲み心地です。

今田杜氏によれば、ハーブのような野性味こそが八反草の持ち味なので、食事と合わせるならハーブや野菜を添えると風味が一層引き立つそうです。気になる方はぜひペアリングも試してみてください。

「扁平精米」や「原形精米」のような新しい精米技術の登場によって、日本酒の味わいの幅や奥行きはさらに広がります。近い将来、米の品種だけでなく、磨いた米の形で日本酒を選ぶ時代がやってくるかもしれません。今田酒造本店の新しい挑戦は、日本酒の未来をも切り開いていくことでしょう。

(取材・文/沼田まどか)

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